第七話
「おはよう、結衣ちゃん」
「おはようございます」
「歩なら上で寝てるわよ〜」
「分かりました」
結衣は慣れた様子で階段を上っていった。
◇
コンコン。
「歩ー?」
「……」
「……」
「……寝てるわね」
「入るわよ」
◇
「……」
「……」
「……」
ベッドの上。
歩は気持ちよさそうに眠っていた。
今日は、もこもことした動物の着ぐるみパジャマ。
フードには耳までついている。
「……」
「……」
「……可愛い」
「……」
「……じゃなくて!」
「起きなさい!」
「あと五分……」
「ダメ」
「……」
「歩」
「……」
「……」
「……け・ん・と」
「……けん、と」
「……」
「……!」
「やべっ!」
勢いよく起き上がった。
「だから起きなさいって言ってるでしょ」
「……」
「……って、おい」
「ん?」
「それやめろよ」
「何が?」
「健斗の名前出すのはずるいだろ」
「だったら自分でちゃんと起きなさい」
「……」
「……善処します」
「まぁとりあえず顔洗ってきなさい」
「…はーい」
歩は欠伸をしながら部屋を出ていった。
◇
「ほら」
「ん?」
「包帯巻くわよ」
「おう」
歩は制服のシャツを手に取った。
「これぐらい?」
「平気」
「苦しくない?」
「大丈夫」
「動いてみて」
「ん」
歩は腕を回した。
「……問題ないな」
「ならいい」
「サンキュー」
「別に」
「そういえば」
「ん?」
「なんで今日は着ぐるみだったのよ」
「あー」
「おばさんね」
「正解」
「抵抗しなさいよ」
「したぞ?」
「じゃあなんで着てるの」
「元々の俺の服、ほとんど入れ替えられてんだよ」
「は?」
「気付いたら全部女もんの服」
「……」
「……」
「……おばさん」
「だから俺に言うなって」
「まぁ実際、可愛いしな」
「……え?」
「自覚あったの?」
「んー、まぁ」
歩は少し考える。
「鏡に写ってるやつ可愛いなって思う」
「……」
「いやそれ歩なのよ!」
「そうなんだけどさ」
「なんか、鏡に写ってる可愛い子と自分が結びつかない感じ?」
「……」
「それに外ではちゃんと男の格好してるしな」
「胸も隠してるし」
「制服だって着てるし」
「ちゃんと男として振る舞ってるつもりだし」
「……」
「……まぁ、それはそうなんだけど」
「だろ?」
「その可愛さで周り振り回してるのは自覚しなさいよ」
「いやそれは意味分かんねぇ」
「だから!」
「俺、何かしたか?」
「……」
「……」
「……」
「何もしてないのが問題なのよ」
「意味分かんねぇ」
「はぁ……」
◇
「じゃあ行くか」
「おう」
二人は部屋を出た。
◇
「おう」
待ち合わせ場所には、すでに健斗がいた。
「おはよう」
「おう」
「結衣もおはよう」
「おはよう」
三人は並んで学校へ向かった。
◇
昼休み。
「購買行ってくる」
「またパン?」
結衣が呆れたように言う。
「たまには違うの食うかもしれんだろ」
「どうだか」
歩は軽く手を振って教室を出た。
◇
「うわ……」
購買は今日も混雑していた。
「相変わらずだな」
人混みを抜けながら、パンの棚へ向かう。
「あ」
最後の一個。
メロンパンだった。
「ラッキー」
歩が手を伸ばした、その時。
「あ……」
一歩早く、別の手がメロンパンを取った。
「……」
「あー」
「まぁ、しょうがないか」
歩はあっさり引いた。
その様子を、メロンパンを手にした先輩はじっと見ていた。
「……」
「……」
「……」
「これ」
「え?」
「食うか?」
「え、いいんですか?」
「ああ」
「俺、別のやつ食うし」
「……!」
「ありがとうございます!」
歩は慌てて財布を取り出した。
「あ、お金……」
「いいって」
「でも」
「俺の奢り」
「……」
「……マジですか?」
「ああ」
「……!」
ぱあっと顔を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「めっちゃ嬉しいです!」
「……」
「……」
「……」
「じゃあな」
「あ、本当にありがとうございました!」
「おう」
先輩は軽く手を上げ、その場を後にした。
◇
「優しい先輩だなー」
歩は大事そうにメロンパンを抱える。
「今度会ったらちゃんとお礼言わないとな」
◇
「……」
「……」
(可愛すぎだろ)
歩きながら、さっきの笑顔を思い出す。
『ありがとうございます!』
ぱっと咲くような笑顔。
「……」
「……」
(あんな嬉しそうにするか、普通)
無意識に口元が緩む。
「……」
「……」
「……あ」
「パン買うの忘れてた」
◇
「おかえり」
「ん」
「メロンパン買えたの?」
「おう」
「最後の一個だった」
「へぇ」
「よかったじゃない」
「だろ?」
歩は嬉しそうに席へ着いた。
「いただきます」
「昼休み終わる前に食べなさいよ」
「分かってるって」
そんなやり取りをしながら。
歩はいつも通り、昼休みを過ごしていた。
自分の知らないところで、誰かの心を大きく揺らしたことなど。
知る由もなかった。
◇
放課後。
「じゃあ帰るか」
「おう」
鞄を肩に掛け、歩は立ち上がった。
「悪い」
健斗が思い出したように口を開く。
「職員室寄ってくる」
「あー」
「ちょっと時間かかるかも」
「どれぐらい?」
「二、三十分ぐらい」
「んー」
歩は少し考えた。
「じゃあ、その辺ぶらぶらしてる」
「終わったら探す」
「分かった」
「じゃあ、また後で」
「おう」
健斗は軽く手を上げ、職員室へ向かった。
◇
「二、三十分か」
「暇だな」
歩は校内をのんびり歩く。
掲示板を眺めたり。
窓の外を見たり。
特に目的もなく廊下を進んでいた。
「……ん?」
少し先。
一年生らしき女子生徒が、案内板と手元の紙を何度も見比べていた。
「……」
「……」
「どうした?」
「ひゃっ!?」
「あ」
「悪い」
「驚かせたか?」
「い、いえ!」
女子生徒は慌てて首を横に振った。
「えっと……」
「第二資料倉庫ってとこ探してて…」
「あー」
歩は納得したように頷いた。
「あそこ分かりにくいよな」
「え?」
「俺も昔迷ったもん」
「……」
「こっち」
「案内するよ」
「えっ、でも……」
「ついでだし」
「ありがとうございます!」
◇
「ここ」
「あっ!」
「本当だ……!」
「だろ?」
「ありがとうございます」
「助かりました」
「おう」
歩は軽く手を振った。
「じゃあな」
「あ、あの!」
「ん?」
「本当にありがとうございました!」
「おう」
歩はそのまま歩き去っていった。
◇
「……」
「……」
困っていた自分を放っておかず。
自然に案内してくれて。
気負った様子もなく、当たり前みたいに手を差し伸べてくれた。
「……」
「……」
「……」
「可愛い先輩だったな」
◇
翌日。
「ねぇねぇ!」
「ん?」
「昨日、すっごく可愛い先輩に会ったの!」
「えー!」
「どんな人?」
「第二資料倉庫まで案内してくれて!」
「優しい!」
「そうなの!」
「しかも、すっごく可愛かった!」
「へぇ〜!」
「名前は?」
「聞いてない……」
「えぇ!?」
「なんで聞かなかったの!?」
「だ、だって……」
「そんな余裕なかったんだもん」
「もったいない〜!」
「うぅ……」
「でも、また会えるかもよ?」
「……うん」
「今度会ったら、絶対名前聞く」
「頑張れ!」
「う、うん!」
◇
その噂は。
まだ、ほんの小さなものだった。
「購買にいた可愛い後輩」
「第二資料倉庫まで案内してくれた可愛い先輩」
別々の場所で。
別々の誰かの記憶に残った、その存在は。
少しずつ。
確かに、噂となって広がり始めていた。




