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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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7.雪宮家と『穂実』




~*~



先程の事の原因を、まとめるとこうだった。

大量にあるという、稀莉の祖母が作成した道具の数々。それらは稀莉が整理整頓して蔵の中にしまっていた。

しかし、それを勝手に持ち出すのが稀莉の母親なのだという。

持ち出すなとも、使うなとも言ってはいないが、せめて周りの人に迷惑にならないように一言何か言ってから使用してほしいと言っているのだが、効果はないとのこと。



「すみませんでした…」

「もういいってば… むしろちょっとくどい」



穂香を部屋に案内した後、稀莉は電話越しで自身の母親に説教を始めた。

稀莉の母親は、稀絵と同じくらいぽやっとした人だった。穂香も数回会った程度なのに、いつか何かをやらかすだろうという印象を持っていたくらいだ。

しかも本人に悪気はない。良かれと思ってやっているのにほぼ裏目に出てしまう。余計にたちが悪かった。

だからといって穂香にはあまり関係のないこと。今回の原因がそうであっただけで、むしろ穂香的には得るものの方が大きかった。

なので気にしないことにして、穂香は資料を読み漁っていく。稀莉が蔵から持ってきた大昔の資料だ。

昔のものなので紙も色褪せて、字もぼやけたりしていて読めないものも多かった。壊したりしないように丁寧に扱っていたが、いろいろな感情が募ってつい力が入ってしまう。



「けっこう昔のものもあるんだねぇ…」

「雪宮家自体が千年以上も歴史があるみたいで… でも妖事を生業にし始めたのは、何代か前の当主がある人に師事を願い出て、力がものになってからだっておばあちゃんから聞きました」

「ある人って…?」

「千年前の… えぇと、どの資料だったかな…」



話を聞いただけでなく、その資料も目にしたことがあるようで、稀莉は思い出そうとしながらその資料を探していた。

そこで穂香はあるものを見つけた。

手に取って見てみると、それは日記のようだった。書かれていることがちゃんと読めることから、厳重に保管され、手入れも受けてきたのだと推測できた。



「あ、それですよ穂香先輩。当時、ある人に師事を受けた雪宮の先祖の日記です」



穂香の持っている資料に気づいた稀莉がそう言った。

稀莉が見たことある資料もそれだった。

でも途中までしか見てないうえに、まだ幼かったので詳しくは覚えていないという。

でも覚えていることもあった。日記の内容のことではないが、当時祖母に言われたことを覚えているのだと。

日記の状態が他の資料と比べて綺麗なのは、術を使って保護しているからだった。

一体、何代前の雪宮の者がそうしたのかまでは伝えられていないが、術をかけてまで後世に残したかったのだろうということは穂香にも分かった。

けれどもう1つ、可能性があった。

この日記が、自分に向けて残されたものだと思うほど自惚れているつもりはないが、少なくともこれは穂積山に、文月丸に関わりを持つ者に向けたものではないかと、どうしてか穂香はそう思ってしまった。

さっと目を通しつつ、引っかかる単語がないかと、全神経を集中させる。あの人、という単語がよく出てきた。

その日記の大部分はなんてことない、ささやかな日常のものだった。けれどいきなり不自然にその内容は途切れ、再開したかと思ったらその文字はどこか歪んでいて、滲んでいる文字も多かった。

涙だろうか、と穂香は思った。

少しすると文字は安定しあの人という単語が消え、とある名前が頻繁に出てくるようになった。



「…穂実……」

「えっ?」

「……」



穂香のつぶやきが聞こえた2人は、それぞれ違う反応を見せた。

予想外だったのか、稀莉はキョトンとしていて、黒羽はどこか分かっていたかのように、黙ってはいるがその目は真剣そのもの。



「クロ、知ってたの?」

「いや… ちゃんと知っているわけじゃないよ。俺も当時はたかだか300年生きただけの若造だったし」



穂香は一瞬、若造の定義が分からなくなった。でもその考えはそっと頭の隅っこの方へと移動させた。

そんな穂香をよそに、黒羽は覚えていることを淡々と話していく。

穂実には弟子が1人いたこと。

弟子の少年が雪宮の先祖なこと。

村人たちによって命を奪われる直前に、少年に何かしたこと。

その何かまでは分からないらしい。



「俺は穂実さんにほんの数回しか会ったことがない。会話もさらに少なかった。少年のことも、会ったことないし人伝に聞いただけだから」

「誰に聞いたの?」

「穂実さんに話を聞いていた文の兄貴から」



文月丸なら当時のその少年の事を覚えているかもしれないと穂香は思ったが、同時に辛い記憶も思い出させてしまう可能性もあったので思いとどまった。

結局この日記からは有益な情報は得られなさそうだった。少なくとも、穂香が知りたがっていたようなことはなかった。

術や霊力に関する資料でも探そうかと思った時に、日記の最後のページにたどり着いた。

このページも所々文字が滲んでいる。泣きながら書いていたのだろうと安易に想像できた。

弟子であった彼の、師である穂実を思っての涙。

悲しみながらも何かを決意したかのような意思を、その最後の日記から読み取ることができた。



「…いつか、穂実様が望まれたことを、文月丸様を守り、助けとなる術を残すべく、我が一族、認められし者のみに受け継がせていこう。どれほど時がたとうとも、必ず」



その日記の最後の部分を穂香は読み上げた。

穂実が望んだことが何なのか、穂香はなんとなくだったけど分かる気がした。

でもそれが文月丸を守ることにどうつながるのか、そこだけはいまいちピンとこなかった。天狐様と呼ばれていたことが関係あるのではないかと穂香は考える。

ふと穂香が稀莉を見ると、稀莉は何やら難しい顔していた。



「雪宮に受け継がれている…? で、でもそんなの聞いたことないですし、母だって……」

「稀莉?」



言いかけて何かに気づいた稀莉は、そのまま黙り込んでしまった。

穂実が弟子に託したもの。現在までそれが続いているのだとしたら、認められし者とは。

穂香はその人物に心当たりがあった。偶然か必然か。稀莉と同じ人を思い浮かべていた。



「母が知るはずがなかった。きっと母は、認められし者じゃないから…」

「でも、静流(しずる)さんなら」



穂香がそう言うと稀莉は頷いた。

その判断に2人共絶対的な自信があった。雪宮静流という人は、それほどまでにすごい人だったのだ。

でも、彼女はすでにこの世にいなかった。4年前に亡くなっている。

稀莉は勢いよく立ち上がり部屋を飛び出した。向かうは祖母が生前使用していた部屋。

きっと何かしらの形で残しているはずだ。あの人なら絶対にと穂香もそう思った。

部屋を飛び出した稀莉に穂香と黒羽も付いて行く。この家の奥の方へ行くほどに、暗さと静けさが増していく。そして一番奥ともいえる部屋に3人は辿り着いた。4年前も前と言えど、こんな最奥の場所に人がいたのかと穂香は疑いたくなる。

この部屋で稀莉の祖母は何かをしていたのだろう。その何かが穂実に関する何かかもしれないし、違うかもしれない。

でも調べてみるには十分な情報が揃っていた。



「さすが静流さん… 資料いっぱいあるね」

「妖専用の部屋だったのかもしれないですね。…今思えばですけど」



そう口にした稀莉は、ほんの少し悲しそうな顔をした。

雪宮家の者はその霊力の高さから、幼い頃からでも妖を見ることがあった。

稀莉の祖母も、稀莉も稀絵もそのタイプで、ゆえにたくさん悩まされてきたし、多くの縁もあった。



「私は、妖たちが自分に関わることを拒否したんです。でも、それをしなかったら… もっと、おばあちゃんといろんな話ができただろうし、手伝えることがあったかもしれない」

「子供の頃なら怖いって思っちゃってもしょうがないんじゃない? 稀莉ちゃんのおばあちゃんも、分かってあえてそうしたんだろうし」

「……でも…」

「…クロの言う通りかもね」

「え?」



穂香は手にしていた一冊のノートを稀莉に渡した。

そのノートは別に古い物というわけではなく、普通に穂香たちも使っているような普通のノート。

けれどその内容は、穂香が知りたがっていたことも少しだが記されていた。



「この字…」



様々な人が書いてあるものの中でも、稀莉は祖母の字だとすぐに分かった。

稀莉の祖母の字であるけども、内容は何かを書き写したか、何かについての考察のようなものも多かった。

一部は先祖から伝えられたことに対する考察。そのまた一部は孫娘についての日記みたいな内容。

穂香は、稀莉の祖母は色々と抱え込む性格だったことを思い出した。

優秀であったがゆえに生じた孤独。疲弊していたはずなのに自分以外を優先させていた。

稀莉が言ったとおり、もっと何かが出来ていたかもしれない。



「穂香先輩、一徹くらい平気ですよね」

「上等っ! どこから手をつけたらいい?」

「じゃあその辺りから… クロはそこの資料の山からね」

「あれ、俺も?」

「え、暇でしょ?」



そう言って稀莉はニッと笑った。

穂香はその言葉の意味がすぐに分かった。悔やんでも意味がないのでもう前のめるしかないのだ。

穂香はおろしていた髪をひとまとめにし、深呼吸してから資料の山へと体を向けた。




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