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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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8.雪宮静流とゆきちゃん




~*~



「こほっ こほっ…」



ほんの少し薄暗く、資料だらけのその部屋にいた女性が2度ほど咳をした。

自分の命が後どのくらいなのかを悟った上で、その人は資料にかじりつき、必死な様子でノートに自身の考察を書き起こしていた。

その女性の傍らで、一点の曇りもない綺麗な毛並みの白い猫が不安そうに主人である女性を見上げる。



「…静流様、少し休まれた方が…」

「これくらい、大丈夫よ。時間が足りないの。どこまであの子たちに残してあげられるか分からないから」



そう言って自分の体に鞭を打つかのようにして資料とノートに向き直る。

自分は、千年前から続く雪宮家においての「選ばれし者」。次の選ばれし者の為に、できるだけ分かりやすく多くの資料を残しておかねばと静流は焦っていた。

自分の娘は「選ばれし者」になることはなかった。静流はそのことにひどく安堵した。

けれど孫はどうだろうか。静流の予想は的中してしまい、2人の孫が選ばれし者になってしまった。



「でも何故、稀絵様もなのでしょう。才能的には稀莉様の方が…」

「…おそらくは、将来あの子はこの家を出る選択をするのでしょう。…それがどういう状況なのかは見届けることはできそうもありませんが」

「静流様…」



その言葉に白猫は悲しそうに瞳を揺らす。静流が悔しく思っていること、その命がもう少しで終わってしまう現実の両方の意味を含んでいた。

いずれはそうなることだと覚悟していたはずだったのに、いざその時が来るとなるとどうしても心が乱れてしまう。

自身の体を大切にしてほしいと心配しているが、静流が焦る気持ちもよく分かるので、2つの感情の板挟みになっている状態だった。



「それに、気にかけるべきなのは稀莉ちゃんたちだけじゃない。あの子も… もしかしたら、あの子が一番…」



静流が少し前から関わるようになった女の子。

その子に初めて会った時から静流は感じていた。彼女は、自分の孫以上に難儀なことに関わっていくことを。

彼女… 管原穂香は自分よりも霊力が高く才能もあるが、妖を見ることはなかった。

見えていてもおかしくない能力値なのにと、静流はまずそこから疑問に思った。

何回も会って、言葉を交わして、そして確信する。穂香に、(まじな)いと言う名の封印がかけられていることを。

一体誰が、何の為に。穂香の為にもその封印を解くことを静流は考えたが、今は時期じゃない、と見送ることにした。



「でも、穂香ちゃんのあの霊力の感じ… まさか…」

「どうされました?」

「…ゆきちゃん、少し調べたいことがあるの。協力してくれる?」

「それはもちろんですが… あの娘の霊力は確かに引っかかる所はありますけれど、別段何かあるというわけでは…」

「穂香ちゃんは私の遠い先祖、雪宮清(ゆきみや しん)が書き残した“例の人間”に当てはまるのかもしれない。もしそうなら… 千年たってようやく、ということかしら」



使い魔として契約している白猫に静流はそう言った。

この時に静流は、穂香の中のとある可能性に気づいたのだった。






~*~




「う~… 妖の資料が多すぎて何がなんだか…」

「まぁ、見慣れないものだしね。大丈夫?」



午前2時をまわった頃。

文字の見過ぎと慣れない内容のダブルパンチで、稀莉だけでなく穂香も少し参っていた。

意気込んだ通り、眠いわけではなかった。慣れていないものは精神的に少し辛いだけ。

けれどこうやって集中的に見続けることで、どれが静流が作成したものかとか、どれが昔の人のものなのかとか穂香にも分かるようになってきた。

静流がきちんと整理整頓していたので、自分たちが今知りたいことだけ見ることができた。

自分の仕事以外に、静流が何をしていたのか。

雪宮静流は「こちらの世界」でどのような人だったのか。



「おばあちゃんは霊能協会にいたんですよね。けっこうな重役だったみたいなんですけど…」

「そもそも霊能協会って何よ」

「さぁ… そこまでは…」

「あのね…」

「妖の間でも有名な組織だよ。表向きはただの派遣会社か何かだったと思うけど、所属している人は全員霊能力者だっていうし、全員スカウトなんだってさ」



資料を見ることに無理矢理付き合わされている黒羽が、2人の会話に割って入りそう言った。

霊能協会という組織の存在を知ってはいたが、組織概要を知らなかった穂香と稀莉は、2人そろって首を傾げ分からないといった表情を浮かべた。

その2人の顔を見た黒羽は「俺も詳しくは知らないよ」と苦笑しながら、何かを誤魔化すように言うのだ。もう少し知っているけどそう簡単に言えるようなことではないらしく、穂香もそれ以上は今は聞かないことにする。

静流の事や霊能協会のことなど、知りたいことが一気に増えた。

そんな中で穂香は静流とのことで1つ思い出した。



「…稀莉、あの子は?」

「え?」

「ほら、静流さんと使い魔契約をしていたゆきちゃん、だっけ?」

「…あの猫って妖だったんですか!?」

「んん?」



予想外の稀莉の言葉に穂香も困惑する。どういうことだと2人で顔を見合わせ訝しんだ。

互いの認識はさておき、使い魔ゆきちゃんは静流の葬儀の翌日から、雪宮家では姿を見せなくなっていた。

穂香はゆきちゃんなら静流のやっていたことを知っているだろうし、教えてくれるかもしれないと思っていた。

けれど今はいないということなので諦めざるをえなかった。



「ゆきちゃんって、真っ白い猫のこと?」

「そうだけど…」

「穂積山で見たな。真っ白すぎる白猫。同一の存在かどうか分かんないけど」



意外と近くにいた(かもしれない)ゆきちゃん。穂積山にいるらしいという話だが、穂香は見かけたことがない。

文月丸や、お社に集まる妖たちなら見たことあるかもしれない。そう思った穂香は次行った時にそれとなく聞いてみようと思った。

穂香が頭の中で考えをまとめた時に稀莉が何かを見つけたらしく、「あっ!!」と大きな声を出した。



「穂香先輩! これ、おばあちゃんが一番最近まで使用していたノートです!」



稀莉が資料の山、もといノートの山から一冊のノートを抜き出した。

静流のノートは表紙に年と日付が書いてあり、書かれた順番を示すナンバーも表記されていた。

穂香は稀莉と一緒にノートを開いて中を見る。



「わ… すごい… 昔の資料より断然見やすいし理解できる」

「昔の物を自力で解読するのも勉強になりますけど、すぐに見たい時は便利ですね。…!」



稀莉がある一文を目にして息をのんだ。

そこには静流から稀莉へ宛てたメッセージ。代々選ばれし者が受け継ぐことを。

静流から稀莉へ。稀絵には稀莉から伝えるようにとも記されていた。

そしていくつかある事柄の1つに、それはあった。



「私が… 穂実の生まれかわりの可能性…?」

「で、でも! 可能性ってだけで違うかもしれないし。ねぇ! クロ…」

「…………」



動揺するのを抑えるかのように、稀莉は黒羽にも意見を求めた。けれど黒羽は一言も言葉を発さない。

まるで自分はそれを知っていたことを証明するかのような沈黙。

実際、黒羽は分かっていた。穂香の霊力の波長が穂実と同じだと気づいたあの日から。

そう、穂香にかけられていた封印が解かれたあの日から。

かつて静流が気づいた穂香の中のとある可能性は、穂実を知る全ての妖が気づいたのだ。



「基本的に俺ら妖は、己以外の生命を霊力の波長で判断するんだ。似ていれば血縁者、同じであれば生まれかわりって感じでね」



黒羽は穂香たちにそう説明した。

その説明を聞いた穂香は頭では理解できたけれど、受け入れるには心が追いついていなかった。

穂香は自分が本当に穂実の生まれかわりだと仮定して、今までのことを繋げて考えてみた。そう仮定すれば色々と納得できることがあることに気づく。

稀莉とお守りを探しに行った時に見た幻。偶然見つけた穂実の墓の前で襲われたこと。そもそもあれは本当に偶然だったのか。

そして、穂香が最近よく見る夢。



「それにしても稀莉ちゃんのおばあちゃん。本当に色々調べてたみたいだね。穂実さんが何で狙われていたのかも書いてあるよ」



黒羽は見ていたノートを穂香に手渡した。

穂香は受け取ったその流れでノートを開いて中を見る。

そこには伝え聞いた穂実の人柄、霊力の量と質。妖による魂のランク付けなど。

そもそも本来妖に人を狙う理由はなく、基本的に互いに干渉することはありえないはずだった。

けれど遠い昔、1つの例外が起きてしまったことが全ての始まり。

それがある時は穂実であり、それが今では…



「ねぇ、クロ… 1つ聞いていい?」

「ん?」

「妖の生命維持方法って?」

「あー… 確かに人間みたいな食事はとらないから…」

「霊力… じゃない?」

「なんらかの形で霊力を取り込む…ってことですか? でも、それなら人を襲うことも方法の1つということなんでしょうか」

「人間が食べ物などで栄養を摂取することで生命を維持するのなら、妖は霊力を取り込むことが生命維持とされているんだ。だけど基本、人を襲う(そんな)ことは誰もやらないしやってはいけないんだよね。霊力っていうのは人間だけじゃなく、妖はもちろん、草花や石なども少なからず放出しているものなんだ。イコールこの世界は霊力に満ちているようなものだからわざわざ襲う必要はない。そんなことするのは欲深い奴だけだよ。そういう奴らに狙われるのは決まって霊力が高く、妖を見ることができた人だけなんだ」



なるほど、と納得する一方で分からないこともあった。

どうして自分は妖を見れるようになったのだろうという疑問が残る。少なくとも穂香がこの夏の始まりまで妖の姿を目にしていなかったことは確かなのだから。



「(あれ、でも… 私、ゆきちゃんのことは見えてたよね? あの頃はまだ文月丸様と会う前… っていうか存在も知らなかったし… 一体どういうこと?)」



自分が何か、とてつもないことに巻き込まれているのではないかという不安が穂香を襲う。

それが何か分からない。分からないことは不安だし怖い。

怖く思うけども、穂香には1つだけ心当たりがあった。自分に変化が起きた瞬間の心当たり。

穂実の墓があるあの場所で。穂香がゆきちゃん以外で初めて見た妖は、自分を襲ったあの妖。穂香が妖だと認識した存在。

あの、墓石に触れてから。



「そういや話は変わるんだけど、穂実さんのお墓周辺での目撃情報が多いらしいよ」

「え、何が…」

「ゆきちゃん」

「あぁ…」

「何かあるのかもね。俺も何であそこにお墓を置いたのか知らないんだけどさ。この場所が重要、だとしか教えてくれなかったな、文の兄貴」



そんな重要な場所に、ゆきちゃんは度々現れて、そして目撃されている。

穂香はゆきちゃんのことを探し出そうと決意した。彼女を探し出してでも聞きたいことができたからだ。

ゆきちゃんは使い魔としても非常に優秀で、とても賢い妖だった。そんなゆきちゃんが用もなく穂積山にいるなんて、穂香はどうしても考えられなかった。

静流のことを、強く、強く信頼していた。直接話したことは一度もなかったが、そう感じさせる雰囲気が静流とゆきちゃんの間には存在していたのだ。

その時にふと、穂香の脳裏に1人の少年の姿がよぎった。

知り合いでもなんでもない見知らぬ少年の姿。たまたまだろうか、面影が稀莉に似ている気がした。

心の奥がざわつきだす。穂香はそのざわつきに、ほんの少しの不安を感じながら手にしているノートのページをぱらぱらとめくる。

疑問に思うことが増えていく一方で、たいした解決策は見つからない。そんな状況に穂香の中では焦りが少しずつ大きくなっていった。




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