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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
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10.孝平にとってのチコ




「2人とも、少しよいか?」



少し落ち着いたであろう時を見計らい、文月丸は2人に声をかけた。

文月丸の顔を見て、安心した様子を見せた穂香と、驚いた様子を見せる孝平。聞いてはいたけど、自分の目で実際に姿を見るのは初めてだったから。



「2人に、謝らねばならぬことがある。…といっても、我も先程そうだと気づいたばかりで、些か戸惑っておるのじゃが…」

「文月丸様。私は、その事に関しては文月丸様が謝る必要はないと思っています。だって、文月丸様も被害者で、傷を受けた者の1人。傷つけたのはそれらを行わせた者たちです」

「……やはり、穂香は気づいておったか。あの妖の憎しみの大部分が、我の憎しみであったことに」



元々は本人も言ったとおり、小さな小さな種だった。

何故だか抜け落ちた文月丸の憎しみ。それはとても大きく、それだけで意思を持ち、失意の中にいた小さな妖を呑み込んだのだ。

文月丸の憎しみは、二重人格という形で小さな妖に定着してしまった。

自分が拾い、穂実と共に保護していた妖だったと気づいてから、文月丸は後悔と申し訳なさの気持ちでいっぱいだった。

穂香もまた、文月丸や穂実がどういう思いだったのかを知っているので、あまり多くは言えずにいる。

そんな中で口を開いたのは孝平だった。



「あいつは… チコは怒ってなんかない。ただ、悲しかっただけなんだ。相談も何もなく、手伝うこともできなかったのは自分が小さく弱かったからで、誰のせいでもないって分かってた。ただ自分の、大好きだった居場所が失われてしまったのが悲しかったって…」

「…話したのか?」

「最初で最後の… 本当のあいつとの会話だった気がする。そう長くは話せなかったけど」

「チコ、というのは?」

「名前が欲しいって、言ってたから。たぶん、あんたが羨ましかったんだと思う。名前という概念がない妖たちの中で、特別感を感じたんだと思う。最後に… 消える前にそれだけでも欲しいって言ったから…」



望むことをしてやれなかったと思っていた。

自分は、あの小さな妖にとってどういう存在だったのだろうかと文月丸は考える。

その当時は、興味の大きさは穂実以外はたいして差は無かった。

けれど少しは気にするようになった今、その妖、チコの気持ちが余計に気になるのだ。

もう、聞けないのだけれど。



「それって、孝平がその子に与えたってことになるんですか?」

「一応、そうなる。じゃが穂香が(おこな)ったような契約にはならん。…実体が、ないからの」

「それよりも文の兄貴。孝平くんの今後、考えないと…」



孝平の今後。その言葉に穂香はズキリとした。

事を起こした責任が孝平に全くないとは言えなくて、でも孝平の状況から何もしないということもできなかった。

何よりも、ほっとくことのできない状況になっていたのである。

致し方なかったとはいえ、実体がなかったとはいえ、孝平の中に何年もいたのが原因だった。

ほんの少し、混ざってしまっていた。



「人間じゃが、妖寄りの存在になってしまっておるということじゃな」

「どうなるんですか?」

「人として過ごすことはできるじゃろう。しかし、孝平の中に残っておるチコの力は孝平の力となり、身体と共に成長し馴染んでいく。そうすると一般の人間とは決定的に違う所が出てくる」

「それは…?」

「寿命… つまりは老いの速さが違う。多少の差はあるが、妖や神は普通に千年は生きる。孝平もそうなってしまったということじゃ」

「あと、身体の頑丈さというか、生命力も強くなる。その辺に関しても自覚して、力の調節(コントロール)ができないと霊能協会の人が出てくる。そうなると、孝平くんにとっては非常に厄介なことになりかねない」



確かに、人にとって脅威となりうるとみなされるのかもしれないと、穂香は思った。

これからどう生きるか。

選ぶのは孝平だが、どのみち調節(コントロール)の訓練はしないといけない。

そう、くしくも穂香と同じような状況になったのである。



「あの、1つ聞きたいんだけど」

「なんじゃ?」

「その調節(コントロール)、あんたに教わることはできる?」



穂香や文月丸にとってその質問は意外でしかなかった。した本人も、何故そんなことを聞いたのか分からなかった。

けれど、孝平が何年も1人で耐え忍び考えてきたのは、姉を守りたい、助けになりたいという思いが根底にあったから。

自分で選択し、行動することでそれを実現できるのなら、孝平としてはやらない選択肢はない。

何を信じるか、何を頼るかは自分で決める。

それで何か失敗した時は、自身で責任を取ればいい。



「可能、じゃが…」

「よかった… あんたなら、信用できるし。それに、なんか… チコの影響かな、あんたの声聞いてると落ち着くんだ」

「…孝平、我からも1つよいか?」

「何?」

「孝平にとって、チコは何だったのじゃ?」



文月丸の質問に、孝平は目を閉じて『チコ』を思い浮かべる。

自分の中にいて、会話だけで姿が見えなかったのもチコ。

ネロの能力(ちから)によって見た光景の中の小さなチコ。

どっちも、孝平の大切な…



「友であり、相棒です」



迷いなく、そう答えた。

たとえ利用されていたのだとしても。そう思っていたのが自分だけだったのだとしても。

孝平にとっては、長い時間を一緒に過ごしてくれた友達だった。

文月丸の瞳から涙が一粒零れ落ちる。

懺悔、あるいは安堵。

あの時、自分が助けたくせに、いつのまにか存在が薄れていた。

大切、だった。



「そうか……」



文月丸は小さな声で、その一言だけ口にした。







~*~




「…少し、意外でした」



あれから。

孝平は僅かに残るチコの影響か、崩れるように倒れ、意識を閉じた。

周囲に緊張が走るが、聞こえてきた小さな寝息に全員が同じようにほっとした。

音のことは後日ということになり、黒羽は稀莉を送っていき、文月丸は孝平を背負い穂香を送るついでに、歩きながら少し話をしていた。

転移もできたけど、2人は少し歩きたい気分だったのだ。



「弟のことか?」

「それもありますけど… なんていうか、文月丸様もというか」

「む?」

「勝手ですけど、文月丸様と孝平の相性は、あまり良くないんじゃないかって思ってたんですよ。孝平の性格はよく分かっているので。だから会いたいと言った時は内心、冷や汗かいてました。勝手ですけど」

「何故2回言うた…」

「文月丸様も、人に対してまだあまり関心を持っていない。だけど孝平に対しては違っていた。私の弟だからですか? チコのことがあったからですか?」



責めているわけではなく、ただ純粋な疑問だった。

挨拶を交わすくらいには仲良くなってくれたらいいなとは思っていた。

思っていたのとは少し違ったけど、結果的には良い方向に進んだ。

だから今とても嬉しいのである。



「どちらも両方、という答えしか思い浮かばぬな。穂香は我を被害者と言ったが、加害者でもあると我自身は思うとる。意図していないこととはいえ、傷つけたのは事実じゃ。我の力不足が招いたこと。申し訳なさしかない。じゃが、孝平は我の声を落ち着くと言った。チコを友だと言ってくれた。我や穂実がチコにしてやれなかったことを、代わりにやってくれた」



贖罪と感謝。

文月丸の顔に小さく笑みが浮かぶ。



「それに、我は孝平のことを気に入った。孝平自身をな。じゃから孝平が望むのなら叶えてやりたいと思う」

「姉弟共々、お世話になります」

「どうした、急に」

「だって、私も孝平も、こちら側で生きていくことは確定ですから」



軽い感じで言うようなことではないはずなのだが、穂香はさらりとそう言った。

こちら側。神や、妖たちが住まう世界。

人間とは生きる次元が違う世界。

ひょんなことから片足を突っ込んでしまった世界。今は両足ともズブズブに埋まっているけれど、穂香は細かいことは気にしていなかった。

なるようになって今があるのだと受け入れている。そして孝平も同じ気持ちだろうと確信している。

最終的に、自分が納得して決めたことならそれでいいのだ。



「ある意味これでよかったんです。進む方向性が見えてきましたから」

「そうか… ……」

「どうしました?」

「たいしたことではないのじゃが…」



文月丸はごにょごにょと口ごもる。

何か、言いにくいことなのだろうかと、そう思いながら穂香は言葉を待った。

ちらりと文月丸の顔を見ると、若干、顔が赤みをおびているように見えた。

意外な、そしてあまり見ることのない表情。見ておかねばと、少し食い入るようにじっと見る。

その視線に気づいた文月丸は、塞がっていて使えない両手の代わりに、尻尾でかるーく穂香をぺしっとした。



「穂香は、その… かしこまった話し方しかせぬな…と……」

「ん…? 敬語ってことですか?」

「それが悪いとは言うておらんぞ。孝平の話し方の差というかなんていうか…」

「つまりは…?」

「以前に1度だけ、()()()()話し方をしていたが、それが少し新鮮だったなというだけじゃ」



文月丸は、変えてほしいわけではないと念を押す。

ただ少し、その時のことを思い出したというだけで。

はて、そんなことがあったかと穂香は首を傾ける。全く覚えていない。

あるのだとすれば、夏のあのごちゃごちゃしていた時期だが、覚えていないし思い出せなかった。



「感情が高ぶっていた時ですかね」

「……」

「そうですか、新鮮なのがお好みと…」

「だからそうは言うておらん。…その表情(カオ)、からかっておるな?」

「バレました?」

「だんだん分かってきたぞ」



2人顔を見合わせて小さく笑う。

ふと、穂香の頭の中に白く、小さな姿が浮かぶ。

在りし日の、穂実と文月丸の傍にいた存在こそがチコであると確信する。


穂香は、文月丸に背負われ眠る孝平に手を伸ばし、頬を指でつつく。

起きはしないが小さな反応があった。

自分の時でさえ信じられない思いをしたのに、まさか孝平までこんなことになるなんて。

納得していて受け入れてはいても、思い切りぶつけたい言葉はあるのだ。



「…チコって、このくらいの白い妖でした?」

「そうじゃが… どうした?」

「穂実の記憶で見たんですけど、別のとこでも見た覚えが。どこだったかなぁ…」

「小さき姿は、何かの妖の幼体、ということもある。言われてみれば、我も何か感じたから手が伸びておったのじゃった。我の方でも調べ直してみるか」



穂香も落ち着いたら調べようと思った。

心当たりはすでにある。妖関連で何かを見たなら雪宮家にある資料しかないから、きっとその中にあるものを見たのだ。

ただ、どの資料で見たことあるのかまでは覚えていなかった。ということは、あの大量の資料の山からもう一度探さないといけない。

非常に目をそむけたくなる話である。



「(…ま、どんな存在だったとしても、孝平にとってはどうでもいいことなんだろうな…)」

「今度は何を考えておる」

「んー… 穂実やチコのことに関係したカミサマたちを一発ぶん殴りたい、ですかね」

「穂香なら本当にやりそうじゃな…」



呆れたように言いながらも、文月丸は楽しそうに笑う。

自分もそうしてやりたいという気持ちが元からあるのと、スッキリハッキリとした、神なら思わないようなことを言う穂香は見ていて気分がいいからだ。

似たようなことを言う人なら他にも…



「そういえば穂香、気になっておったのじゃが。…その左耳の飾りはなんじゃ?」

「…え……? あれっ、ホントだ。いつの間に!?」

「……奴め!」

「えぇ…?」

「穂香、後で詳しく聞かせてもらう!」

「私こんなの着けた覚えありません~!」



季節に反した桜のピアス。

いたずらに、からかうように。けれども友を守るようにと(まじな)いを込めた。

その力は、持ち主とその周囲を守るように広がっていた。





~*~


「お! ようやく気づいたか!」

『主様?』

「くっくっく…… “やきもち”というやつかの」

『(またこの人は…)』



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