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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
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11.視える人




~*~



目が覚めた時、外はまだ暗かった。

日が昇るのが遅い冬だからもあるけれど、身体は疲れているはずなのに、穂香は頭がスッキリした感覚で目が覚めてしまった。

枕元で丸まって眠る白雪と、机の上に置いたミニクッションに止まって休んでいるネロ。あんなにバタバタしていたとは思えないくらい、その空間は静寂に包まれていた。


穂香は上着を羽織ってそっと部屋を出る。階段も静かに下りた。

ホットミルクでも飲もうとリビングのドアに手をかけたところで気配を感じ、ピタリと動きを止めた。

どうやら先客がいるようだ。



「どしたの? 姉ちゃん」



キッチンにいたのは孝平だった。その右手にはマグカップ。

孝平は穂香の姿を目にして自分と同じで目が覚めてしまったのだと察し、今自分が作ったホットミルクを穂香に差し出す。

穂香はそれを受け取り、もう一度作り始めた孝平の手元をじっと見る。

入れる砂糖の量が同じくらいとか、混ぜ方とか。

しぐさの1つ1つにいつもの孝平を感じて嬉しくなった。


でも、変わってしまった所もあった。

穂香は左手でマグカップを持ち、孝平の方に右手を伸ばす。

指先で髪に触れる。

一部、色が変わってしまった部分の髪。元々の黒髪に銀と薄紫のメッシュが入ったようになっている。

これはこれで悪くないと、穂香は個人的に良く思っている。

だけどそれは一部とはいえ、妖と混ざってしまった証。身体の内に妖の力があると証明しているようなモノ。

普通の人には見えないけれど、見える人には見えてしまう。



「気になる?」

「私は別に。かっこいいなぁってくらい」

「父さんにも母さんにも見えてなかった。試しに町に出てみたけど、何もなかったから… 変わったと言われてもよく分かんねーな」

「体の調子はどう?」

「大丈夫だと思う。感じるほどの不調は今のところない」



なら良かったと、穂香はミルクを一口飲んだ。

とりあえずはいつもの日常に変化がなければそれでよかった。孝平の体調を第一に考えていた穂香としては、今の一言で安心できた。

でも、落ち着いてばかりではいられない。

今後を見据えて、孝平は自身の中の力の制御訓練をしなければならない。

それを経てどのようなことになるか、想像がつかなかったけれど自分のことでもあると穂香は思った。

穂香もまた、修行中の身。

まずは自分がしっかりせねばと密かに気合を入れ直した。



「文月丸様、一週間は様子を見たいって言ってた」

「学校始まるんだけど…」

「あの人なりに責任を感じてるんだと思う。いくら穂実のことがあったとはいえ、チコを気にかけてあげられなかったことをすごく後悔してたから」

「………いや、あれは仕方ないと思う」



チコの記憶で見てしまった孝平。あの光景は、今思い出しても気分が悪くなる。

孝平に責める気がなかった。だって、誰も責めていないのだから。

穂香といることで過去の傷が癒えているなら、穂香との関係に口は出さないと決めた。

反対はしないけど、若干の不満はある。それは大好きな姉を取られた嫉妬(ジェラシー)という形になっていた。



「様子を見て大丈夫そうなら、穂積山行く前に家で出来る霊力調節(コントロール)教えようか?」

「うん、やってみたい」

「慣れてきたら稀莉の家で少し規模を大きくしてやらせてもらおう」

「そういや、あの家そういう家だったな」



様子見を続行しつつ、今後の予定を軽く決める。

穂香は不思議な感覚にふわふわしつつ、もう少し眠ろうとミルクを一気に飲み干した。






~*~



2日後。

穂香は稀莉を家に呼んだ。いつもは自分が行く側なので、稀莉が自分の家にいることが新鮮だった。



「…どう?」

「…………っ!!」

「あ、出来た」



両親は仕事なので、リビングで思いっきり練習中。とはいってもとりあえずだから初歩も初歩の内容だけど。

霊力を集中させて、物を浮かす。小さい物から順に大きくしていく。

そういう家に生まれた子供が家でよくやる練習方法だと稀莉が言うので、ちょうどいいからとやらせてみたところ、孝平はものの数分でコツを掴み椅子や机なども浮かすことができていた。



「センスの塊とはこのことですね~。さすが先輩の弟くん」

「兄弟姉妹って、そういうの関係するんだね」

「まぁ、ないことの方が少ないらしいですけど、珍しいケースもたまにありますからね」

「それって?」

「基本的に“視える人”って血筋なんです。両親のどちらかが視える人であれば、高確率で視える子供が生まれる。力の差は個人差あるし、絶対ではないですけど…」

「じゃあ俺や姉ちゃんは珍しいケース?」

「そうなるね。その場合は魂が関わってるんだって」



魂、と言われて穂香は納得した。

穂実の生まれかわりであるから、たとえ穂実が狙われるような存在でなくとも、自分は視えていたかもしれなかった。

その穂実も、父親が視える人だった。

さらに、妖事に巻き込まれて、その影響で後に視えるようになる人もいると稀莉は続けた。



「(なら、私が知らないだけで、視える人は近くにいるかもしれない…)」



穂香はそう思った時、それを知った自分が何をしたいのか考える。

かつての自分のように、何も知らなくて不安を抱えている人がいるかもしれない。

でも… と穂香は思い出す。自分には差し伸べられた手があったことを。

できるなら、あの人のように手を差し伸べられる側の人間になりたいと思った。






~*~



「うーん… すごいねぇ…」



夜、寝る前にやっていた穂香の日課の霊力操作に孝平も加わった。

自分で作った折り紙の鶴を器用に、そして素早く動かしている孝平の様子に、穂香は思わず感嘆の声を漏らす。

孝平の部屋に浮かぶ無数の鶴。纏う霊力の色は2種類ある。



「触れずに霊力操作で鶴を折る姉ちゃんに言われてもなー…」

「始めたばっかでこれだけできれば孝平もすぐ出来るようになるよ」



見ただけで、特に時間をかけずにやれるようになった孝平も似たようなモノだと思いつつも、穂香はこれなら連れていっても大丈夫なのではと思った。

文月丸が言った1週間より全然早い。

でも早くて損はないとも思っていた。きっと孝平は、冬休みが終わる前に少しでもちゃんとしたいと考えているのだ。

不安なままで、学校という集団生活の場には行きたくないと。



「……明日、行く?」

「…! いい、の?」

「大丈夫じゃないかな。一応、先触れは出しておくし」



穂香は、文月丸はそんなことで怒るような人ではないことを知っている。

出会った頃より大分丸くなった彼につい甘えてしまうけども、その優しさが本来の文月丸なわけで。

むしろ頼りすぎるくらいでちょうどいいのかもしれなかった。


穂香は練習とは別の、集中して霊力を込めた鶴を外に向けて飛ばした。

文月丸に向けて。きっと起きている自分の恋人は、すぐに返事をくれるかもしれないと思いながら。

本当に、10分もしないうちに返ってきた。



「早っ…」



文月丸が返してきたソレは蝶の形をしていた。触れると伝わる温かな霊力。

「待っている」とたった一言だけだったけど、とても嬉しい気持ちになった。



「…どれだけの男が嘆くことになるかな……」

「え、何?」

「別に」



穂香は、家の外では基本的にクールな人だった。

放課後や休日に遊ぶような仲なのは稀莉しかいない。表情が崩れるのも家族か、稀莉がいる場でだけ。

周囲の人間は、穂香の笑った顔を見ることはめったにない。

“幸せそうな”笑顔はなおさらで。

そんな穂香が笑うことが増えた。ふとした瞬間に、無意識に笑うのだ。


幸福度いっぱいの笑み。

そんな笑顔を見かけるようになった時に広まった、穂香の恋人の話題。

嫌でも結びつく事柄。

穂香に好意を寄せていた男たちの嘆く姿が、孝平には容易に想像ができた。



「お父さんたちが仕事行ったら私たちも行こうか」

「そんな早くていいの?」

「私たちが可能なら、今からでも大丈夫って言う人だよ、文月丸様は。まぁ、行けないけどね」



旅行のお土産も持っていかなければと、穂香は他に何を準備しようかと考える。

一応、稀莉にも連絡は入れておく。人間側の協力者、理解者はいるにこしたことはないからだ。

言うほど荷物はない。必要なのは心構えだろうか。

……何の?

何故か穂香の方が少し緊張している。



「……」

「孝平?」

「なんか、今唐突に思い出した。小学生の時に会った“視える奴”」



旅行中に孝平が話してくれた思い出。イベント会場で会った、同じ歳くらいの男の子。

落ち着きがあって、視えている世界が()()()()()()()かのような。

その当時の孝平は、そんなことを考える余裕なんてなかったけど、自分を理解した今だから思い出すことができた。



「どこにいるんだろうとか、今どんな奴になってるんだろうとか」

「気になるんだ?」

「だって、じじいかってくらいの落ち着きようと貫禄だったよ。今思うとだけどさ。たぶんだけど、アイツは俺たちと同じ珍しいケースだと思うんだ」

「…魂?」

「まぁ、たぶんだけど」



あくまでもたぶんだということを念押す孝平。穂香はそこまで言わなくても、と思ったのは内緒にすることにした。

けれど、穂香的にも視える人というのはとても興味深かった。穂香の周りの視える人は、人だと雪宮家の人間だけだったので。

できるなら視える人の友人、もしくは知り合いが欲しい。もちろん、人間の。

穂香の中に、年齢差のこだわりはない。



「アイツは今… 何してんだろ」



これから先、会うようなことがあるかもしれない。

その子が今どうなっているかは穂香も気になるし、会ってみたかった。

こちら側の世界に関わっていれば、何か分かるかもしれない。穂香は修行しつつも、もしものその時に思いをはせていた。






~*~



ちりん

ちりりん



「文月丸様」

「…!!」



一瞬だけ、文月丸の表情が驚きに染まった。

でもどこか納得した様子で目を閉じる。やはり、お前だったかというように。



「随分と顔を見せるのが遅かったようだな、朱珠」

「噂は出回ってたと思いますが?」

「……用件は?」

「まぁ、大きくは様子見です。あの子が懸念していたことが終わったようでよかったなぁって。後は… あの子がもうそろそろ動き出すとのことなので、文月丸様には穂香ちゃんたちの手助けをお願いしますね」

「朱珠はどうするつもりじゃ?」

「のらりくらりとしますよ。私はまだ、なんで。たまには寄らせていただきますね」

「まったく、おぬしたちは… 来るのは全然かまわぬが…」

「私以外にも来る(もの)がいると思いますよ。穂香ちゃんの影響ですかね」



朱珠の言葉に思うことろがあるのか、文月丸の目がすっと細められた。




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