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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
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9.愛することと憎むこと




「あなたのしたことに穂実は気づいていたんだよ」



気づいていたのに穂香に伝えなかったのは、その妖が孝平の中にいたから。穂香を気遣ってのことだった。

穂香も、言ってくれなかったことを今更どうこう言うつもりはない。

理由はなんとなくだが感じていたし、理解もしているから。ただ、それだけではないだろうとは思っているけれど。



『だとしても、今更、それが何だ? 許しているから俺も悪いことは止めろとでも言うか?」

「言ったところで止まらないでしょう」



言うだけ無駄だと言うように、穂香は言葉を吐き捨てる。

予想外の返しだったのか、その妖は一瞬だけ動きを止めた。

その妖は、穂香から思ったほど怒りの感情が感じられないことに疑問を抱いた。

穂香がどれだけ孝平を大切に思っているか。その妖は一番近くで見てきたはずだった。

それこそ孝平が自分を認知する前から。孝平が生まれたその時から。


それなのに。

その妖は、穂香のことについてたった1つだけ知らないことがあった。



「あ、ヤバい…」



ぽつりと稀莉が呟く。

知っている稀莉は顔色が青くなる。

この場で知っているのは稀莉だけ。知らない文月丸や黒羽たちは疑問符がたくさん頭に浮かぶ。

穂香はスタスタとその妖の方へ歩いていく。

そして胸倉をガッと掴む。その身体が孝平のものであろうが、今の穂香にはどうでもよく思えた。

体力強化、身体強化などなど。自分が今使える術を全部使って、胸倉を掴んでいる右手に更に力を込める。



「だったらとことん付き合ってやるわよ!!」



そして思いっきり、ぶん投げた。

術を使って強化しているとはいえ、十代女子が人を1人ぶん投げるとは思わなかったので、稀莉以外の全員が唖然としている。

乗っ取られているとはいえ、自分の弟の身体を。

穂香は最高にブチ切れた時は容赦しなかった。

それが誰が相手であろうが。



『なっ… な、何を…」

「何? 怖気づいた? 悪いけど止めないからね?」



偶然にも投げ飛ばした先は、文月丸たちが用意していた陣の中心。

そして穂香の勢いにのまれ、若干放心状態のその妖。

好機(チャンス)には変わりないので、文月丸、黒羽、稀莉の3人はそれぞれ呪文を唱え始める。



「あなたがどうしてこんなことをしようと思ったのか分からないし、分かろうとも思わない。けどね、気づいてる? あなたの言動と時折見せる反応がちぐはぐなんだよ。一致しないんだよ。だから余計に分からない。何がしたいの? どうしたいの? 例えば私を害して、孝平の身体を手に入れたとしてその後はどうする気? なあなあに生きる? 目的もなく? きっと全てを終えて、あなたに待っているのは虚無。何をしても全部が空しくなるだけ。そんなの悲しいじゃない…!」



掴みかかるように、勢いそのままに穂香は思っていることを吐き出す。

言っている途中で悲しくなって、穂香の目から涙がこぼれて止まらない。

今、文月丸たちが何をやっているか。大まかにだが、穂香は稀莉から聞いていた。

大きな、そして複雑な“3つの呪文”をそれぞれ唱える。

間違ってはいけない、一発勝負。

止まってしまえば、陣を描く所からやり直しで、もちろんそんなことできないので文月丸たち3人は集中が凄かった。

陣に描かれた文字が浮かび上がり、孝平の身体にまとわりついていく。

まるで自由を奪う縄のように。



『誰だ… 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ!!!」



突然、壊れた機械のようにその妖は取り乱し始めた。

何かがいるのか。又はその妖の知らない事態でも起きたか。

穂香にとってはどちらでもよかった。

自分の両手で孝平の顔を包み、少し乱暴に額を合わせる。距離が近いので、必然的に互いの目と目が合った。



「…≪眠れ。そして、我に示せ≫」



大事な孝平(家族)を傷つけたことは変わらず許せない。

でも、消えてほしいとまでは思っていない。どうしても()()()()()()()()はできなかった。

だからといって、何かができるわけでもなかった。だからこそ穂香は知ろうと思った。


穂香の頭上を飛んでいたネロが穂香の頭にとまる。目を閉じて、流れ込んでくるのは穂積山と名が付く前の、その場所の風景。

誰か目線の景色であることはすぐに分かった。

消えそうな自分を助け、触れてくれた大きな手。覗き込んでくるその顔は、穂香もよく知るその人。



「(文月丸様…)」



その手に包まれ、連れていかれた先はとある人里。とても霊力の高い、人間の女。

その女が穂実というのは周りの呼ぶ声で知った。


それから、妖にとっては少しの間。穂実の元で過ごした。

妖のことは文月丸から、人の事は穂実から。色々な事を教わった。

一緒に過ごすうちに、1つ、また1つと感情が増えていく。

その1つが“愛すること”であることは、すぐに分かった。

だって、2人と同じだと思ったから。

次第に欲しいと思うように。でも自分では無理だということも分かっていた。

手に入れられない。文月丸には勝てない。

悔しいけど、別に憎くはない。

だって、()()だから。



「(あなたの中の“愛”情は… 2人に向けてのものだったんだ…)」



身体の傷も癒えて、心身共に少し丈夫になってきた頃。

2人と一緒にいられればいいやと思うようになり、たまにその場を離れていった。

いつものように穂実の家から離れ、散歩していた時。村人たちの話をたまたま聞いてしまう。


奪われてしまう。

そう思った小さな妖は帰路を急いだ。

急いだのになかなか辿り着けなかった。何故だか身体が重く、動いてくれなかったのだ。

どのくらい時が過ぎたか。

やっとの思いで辿り着き、目にした光景は、大好きな人の命が途絶える瞬間だった。


“ごめんね”


穂実の口が、そう動いた気がした。

文月丸の悲痛な叫びが、自分の心と共鳴する。これが悲しみかと気づく。

放たれた衝撃波によって、小さな身体だったその妖は吹っ飛ばされた。

もう、なにもかもが分からなくて。知ろうと努力してみてもやっぱり分からなくて。

ただ1つ、分かるのは失ったということ。自分が信じていた愛情がもうどこにもないということ。

愛する感情がとても小さくなっていった。



「憎んだのは… 人…?」



自分から奪った村人を。

要らぬモノを与えて、自分を置いていなくなってしまった(穂実)を。

けれど、だからといって何ができるか。この憎しみを向ける相手はどこにいるか。

その妖はふと、思い出す。穂実が密かに使っていた術の先にいた少女のことを。

魂が、同じ―――



「…っ!」



突然、穂香の両手が掴まれる。

穂香は一瞬怯んだが、その妖は術の効果で身体はそれ以上動かせずにいた。

ゆっくりと開かれる目。その目にはさっきまでのような勢いはなかった。

むしろどこか安心している様子でもあった。



『浄化の力が流れ込んでいる… 俺は、消えるのか?」

「……」

『動けないこの状況では… 消えるしか、ないんだろうな。結局、俺って、何だったんだ」

「あなたは、あなただよ」

『…ふ、前にも、同じこと言われたな」



自嘲気味に笑う。

なんだかその様子が“らしくない”と穂香は思った。

言うほど彼を知っているわけではない。でも時間をかけて、ここまでやってきておいて勢いが沈下するのが早すぎると思った。

まるで憑りつかれていた何かから解放されたかのような落ち着きよう。

これが本来の彼なのかもしれない。



『…今になって、思い出した。始めは小さな、小さな種だったんだ。小さくても“それ”は確かに俺のものだった。すぐに大きなものに呑み込まれ、それは俺であって俺じゃなくなった」



穂香にだけ聞こえるような小さな声で、その妖は少しずつ話し始めた。

何故こうなったか、自身のことを話してくれていると分かっているのに、穂香は何のことを言っているのか分からなかった。分からなくても、言葉を紡ぐその妖の声に耳を傾ける。今聞かなければ、二度と聞けないと思ったからだ。

言葉のピースを聞きながら組み立てていく。



「(あれ…? そういえば…)」



途中で違和感を覚えた。

違う、今じゃない、もっと前だと記憶を遡っていく。

夏の日の、いつだったかの文月丸との会話で。

度々思うことがあったが、そのことを穂香はたいして気にしていなかった。気にするほどのことではないと思い込んでいたのだ。


スッと穂香の後ろから手が伸びた。小さく、綺麗な手。

穂香が振り返って見たのは男の子。小学校低学年くらいの少年。

こんな子、この場にいただろうかと疑問に思ったが、誰なのかすぐに分かった。



「…ネ、ロ……?」



さらりとした短い黒髪。幼い外見なのに、その瞳はどこか大人びていて。

その小さな手は孝平の身体に、その妖に触れた。



『カンジョウニ、ノマレタ… トテモ、カナシイ。トテモ、ツライ。ホントウ、アナタ、ドウシタイ?』

『……」



片言の言葉で問いかけられ、迷いを見せた。

穂香からすれば、その妖の変わりようとか、ネロが何故人の姿なのかとか色々あるけれど。

ネロがさっき言ったように“本当のあなた”というのに戻ったのなら、どうしたいのかという問いの答えは聞きたいと思った。



『消えたくなかった。一緒にいたかった。……それに… ――――――――」

「え…?」



最期の部分だけ聞こえなかった。

けれどもその妖の声がネロには届き、聞こえたネロは、何かの術を発動させる。

人の姿のネロの背中に、大きな蝶の羽。漆黒の綺麗なネロの羽。

これも幻魔蝶の能力なのか。幻想的ともいえるその光景に穂香は見入っていた。



「っ!!」



大きな光が収まったと思ったら、孝平の身体がぐらりと傾いた。

穂香がその身体を抱きとめると、身体を縛っていた文字の縄が浮かんで消えていく。

その妖の気配もあまり感じられなくなっていた。



「うっ……」

「! 孝平…?」



孝平が小さく呻き声をあげたので呼びかけてみる。

身体に力が入らないようで、穂香によりかかったままではあるけど、孝平はゆっくりと目を開けた。

けれど意識はまだハッキリしていないようだった。



「………! チコっ!?」



ばっと起き上がり、誰かの名を呼んだ。

それが誰の名であるかは分からなかったけれど、いきなりのことに穂香は驚き、目を数度瞬かせる。

でも、いつもの孝平であると分かったら急に愛おしくなって。手を伸ばし、孝平を力いっぱい抱きしめた。

泣くでもない、怒るでもない。何も言わない姉に、今度は孝平が驚き狼狽えた。

「姉ちゃん」と小さく呟く孝平の声に、穂香の孝平を抱きしめる腕に更に力がこもる。



「…孝平?」

「うん」

「…っ! よ…かった… よかったぁ…」

「心配かけて、ごめん」

「ほんとだよ… もう…… ばか~…」



声を聞いて安心し、穂香は緊張が解けてぼろぼろと大泣きする。

孝平も張っていた気が抜けて、久々に姉にすがりつくように泣き始める。

そんな2人の様子を見て、安心で表情をほころばせる文月丸たち。周囲の小物妖たちも事態が収まったのを感じて、草陰から出てきた。



「あれ…? 気配がまだ…」



稀莉の呟きが聞こえ、穂香は孝平の顔を見る。

肯定の意を表すように、孝平はゆっくりと頷き、自分の胸に手を当てた。

まさか、失敗したのかと思ったけれど、それは違うと悟った。



「消えなくてよかった。消えてほしくなかったんだ。間に合ってよかった…」



意識がない時に、何かを見たのだろうと穂香は思った。

自分の時と同じように、ネロが見せてくれたのだと。

孝平を守る為に力を使ってくれたことがとても嬉しかった。


蝶の姿に戻っていたネロに手を伸ばすと、それに応えるようにネロは穂香の指先にとまったのだった。




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