第二十話 嵐の前の静けさ
初めて訪れた王都はカーレイの町よりもとても広く美しかった。白を基調とした建物が立ち並び、広場の中心には大きな噴水があり、水が豊富であることを表していた。世の中にこれだけ人が居たのか、と驚くほど人々の往来も多く、とても賑やかでもあった。まあ、それは俺が田舎者なせいでそう感じるだけということもあるかもしれないが。
兵士に挟まれる形で進行している俺は護送されているようにも見えるだろうなと少し思った。綺麗に白い石で舗装された道を歩いて、町の中で一番目立つであろう壁が白色で屋根が青色のひと際大きな建物を目指した。
往来は多いが、兵士の姿を見ると皆立ち止まったり避けてくれるので、スイスイと歩ける。町の奥まで行くと人の往来もなくなり、銃身が長く先端に銃剣を付けた全体的に茶色い銃を持った門番が二人立つ城の前にすんなりと到着する。俺は連れて行かれるがままに、城の門を通って豪華な雰囲気を味わう暇もなく、赤い絨毯が敷かれて一つの大きくて立派な椅子が置かれている広間に案内された。そして、兵士に片膝を附いて待っているようにと指示されたので、言われるがままにそのようにする。
一分ほど待っていると、煌びやかな衣装を纏い白い口髭を生やした高貴な雰囲気が漂う老人が現れて、豪華な椅子の前に立ち、跪く俺に向かって言葉を発した。
「そなたが故郷の村を滅ぼされたというゼクトか。余は、この国を治める『アリオン・フリーデン』である。此度は災難であったな」
災難の一言で片付けられると困るのだが、この国で一番偉い人に文句を言うわけにはいかないので、
「お心遣い感謝致します」
頭を下げたまま使い慣れていない言葉をお返しした。
「立ち上がって楽にすると良い。既に兵から一報が入っておるが、そなたの口からその災難について、より詳細を知りたい。頼めるかな?」
お言葉に甘えて、俺は立ち上がって王様の顔をしっかりと見据えると、カーレイの兵士に説明したのと同じようにイヨイ達のことは隠しながら村で起こった事を伝える。それに合わせてカーレイを襲った獣達のことも伝え、この国に脅威があることを知らせる。そして、俺とイヨイしか知らないはずの真実も話すことにした。
「それとお伝えしたいことがあります。その町を襲った獣達とは別に、この国の兵士の装いをした者が仲間であるはずの兵士を殺す現場を目撃致しました」
俺が発した真実に、周りにいた兵士達が動揺するのが見て取れた。しかし、青い外套を着ていない兵士、つまり、カーレイの兵士に変化はない。王様も特に顔色を変えることはなかった。
「その事もそなたは知っておったか……。それはこの国の恥じゃ。どうか内密に頼む」
どうやらこの事も兵士から王様に伝わっていたようだ。俺の他にもリクスが殺害する現場を目撃した住人か兵士がいたのだろう。
「それを知っておるのだ、話しておこう。そなた達、カーレイからやってきた民をこのフリーシュテットに入る許可を出せん理由はそこにある」
「つまり?」
「つまり、そなたの村を滅ぼした連中や、その兵士が属しておる組織の人間が、難を逃れた民達の中に紛れておるかもしれんということじゃ。我が国の兵士として潜り込んでいた組織じゃ、既にこのフリーシュテットにも入り込まれている可能性も高いが……、これ以上脅威となる組織の人間を入れるわけにもいかん。内密にこの城にいる兵の一人一人から洗ってもおる。不便を掛けるがどうかわかってもらいたい」
なるほど。リクスは魔晶の力が使われたことを隠そうとしていた。しかし、もう国の中枢に伝わったのだから、相手がどう出るかわからない。そうなると、この町を守るためにできるだけ危険性は排除したいということか。
「わかりました。ただ、一つお願いがあります」
「ほお? 申せ」
「その組織を壊滅させるための軍隊を派遣される際、自分もその隊に加えて頂きたいのです」
俺の願いに、今まで落ち着きのある表情であった王様が眉をひそめた。
「何かと思えばそのような事か。そなたは一般の民であり、まだ子供であろう。仇を取りたいという気持ちも汲んでやらんでもないが、民を守る者としてそれは許されぬ」
「王様の仰ることもわかります。ですが、自分も役に立ちたいのです。この腕が心配なのでしたら、どなたでも構いません。自分とお手合わせさせてください」
自分の提案に王様はさらに深い皺を作った。
俺はまた護送されているような形で城を後にする。俺は、急遽行われることになった広間での剣術大会で優勝した。大会と言っても俺対その他の図である。大会後は見事、王様に認められて俺も研究所の奴らの討伐隊に加えてもらえた。討伐隊としてだけでなく、城の兵士として忠誠を誓う気はないか? とも聞かれたが、それはひとまず保留にして頂いた。その後、広間に居た人達から奇異の目で見送られたが、気にすることはないだろう。魔晶の力は出来るだけ抑えたので普通の人間の力の範囲内であったはずだし――、たぶん。
城内でひと暴れした俺を町の外に帰すべく、前後を挟む兵士達と城に来たときと同じ道を歩いていると、人の往来が多い場所で俺の前を歩いている兵士に子供がぶつかった。
「おっと、すまな――」
「いってーな、この野郎! どこに目をつけてやがる!」
謝ろうとした兵士に喰いかかるのように、酷い罵声を浴びせる子供。シクナより少し高いぐらいの身長で、薄い黒色の髪に長い黒色のコートを着てそれに付いたフードを被った女の子。左目には黒い眼帯をしている。
「この俺様にぶつかってタダで済むと思うなよ! この場でてめえをぶっころ――、わっぷ!」
「すみません、妹がご迷惑をおかけして」
可愛らしい顔とは裏腹にとてつもなく口の悪い少女。その口を後ろから両手で塞ぐ少年がどこからともなく現れて謝罪した。少女と同じような黒色の長いコートを羽織り、身長も歳も俺ぐらいで、キルシュやシクナのような綺麗な金色の髪を短く切って逆立てている。
「誰がお前の――、んー!」
「本当にすみませんでした。ほら行くよ」
塞いでいる手から逃れて何か言いかけた少女の口をまた少年の手が遮る。少年は少女が暴れるのを片手で抑えて抱えながら、人混みの中に消えて行った……。一体何だったんだろうかと、その場に居た通行人も含めて呆然とそれを見送った。
町を出て、三日間を共にした人々の元に戻ると、テントやかがり籠が設置されて野営の準備は万端なものとなっていた。そして、もう馴染みのある馬が休んでいる近くのテントの中を覗くと、思った通りシクナとイヨイを発見する。配給された食事を床に置いて、それを挟むように座っていた。
「あっ! おかえりゼクトー!」
俺を見つけるとシクナがすぐに立ち上がって抱きついて迎えてくれた。うちの妹的存在の子は先ほどの少女ではなくて良かった、と勝手に安堵する。
「戻ったか。首尾はどうだ?」
シクナの頭を撫でて俺もテントに入らせてもらい、イヨイに城で聞いたことや剣術大会のことを報告した。最初はなるほど、と聞いていたイヨイであったが、剣術大会の話をすると苦笑いをされた。今思うと俺も無茶なことをしたな。
その後、食事を囲んで食べ終わる頃には日が落ちたので、長旅の疲れもあることだし早めに就寝することにした。勢いで無茶もしたけど、研究所の奴らを討滅するのに大きく一歩前進した一日に思えた。




