第二十一話 前触れ
どれほど眠ったのだろうか。ふと、目を覚ましたのでテントの外に出ると、まだかがり火と満月の灯りしかなく、辺りはとても静かであった。
空高く昇っている満月を見上げて少しぼんやりしていると、後ろのテントから布の擦れる音と金属が擦れる音の後に、カチャっと刀を持ち上げた音が聞こえる。イヨイを起こしてしまったようだ。
そして、イヨイがテントから顔を覗かせたので、俺はイヨイにだけ聞こえるように謝った。
「ごめん、イヨイ。起こしちゃったね――、ん?」
何故か寝る際に外していた黒色の防具も身に着けて完全武装で姿を現す。俺が首を傾げると、イヨイが察して寝起きの髪形を整えながら理由を聞かせてくれた。
「いや、気にするな。何か嫌な予感がして私も目を覚ましたところだ。少し辺りを見回ってくる」
「あっ、それじゃ俺も付き合うよ」
「いや、ゼクトはシクナの傍に居てやってくれ。目を覚ました時、また一人だと不安がる」
「確かにそうだな……、わかったよ。気をつけてな」
イヨイは軽く返事をして、かがり火のある野営地を抜けて湖がある暗闇の方へと行ってしまった。イヨイが振り返った際に髪が揺らぎ、普段あまり見えない耳に金色に光るイヤリングが付いているのが目に留まった。ああいうたまにしか見えない場所にオシャレをするのも大事だなあ、と呑気なことを思う。気に入って付けている様子だしシクナも選んだ甲斐があったというものだ。
俺もすっかり目が覚めてしまったので、テントの中から剣とナイフを持ち出し、側に置いてある馬車の荷台に腰かけてまたぼんやりと綺麗な月を眺めることにした。
***
ゼクトと別れて私は町の周りにある堀に沿って歩くことにした。満月の灯りと魔晶の力もあってか、かなり先の方まで夜目がきいている。
堀の向こう側、つまり町の中にゆらゆらと揺れ動く灯りがあるが、おそらく見回りの兵士であろう。ゼクトの話の通り、厳戒態勢が敷かれているようだ。
手薄になってるであろう町の外側を何か予感を抱きながら歩く。ひとまず湖の畔まで行ってみようと辺りを警戒しつつ進むと、満月の灯りに照らされて作られた二つの影を見つける。隠れるような物陰はないので、姿勢を低くして離れた位置でそれらを観察する。人相までは見えないが、体格から見て二人とも男性だろう。そのうちの一人がもう一人に何か渡すような仕草を見せ、それを受け取った男は背にしていた町の方に振り返ると、間にある大きな堀を助走もなく飛び越えてしまった。――あれは人間の身体能力を遥かに超えている……。
残された男はこちらに向かって歩いてくる。私は身を屈めたまま駆け出すと、腰の刀を抜いて近づいてきた男の背後に素早く回り込み刀をその首にかざした。
「ひ、ひい! な、なんだなんだ!」
「騒ぐな」
私が一言呟くと、状況を理解した男は震えながらも静かになる。こちらは普通の人間のようだ。
「ここで何をしていた? もう一人居た男は誰だ?」
「な、何も! た、ただ眠れなかったのでこの辺りを散歩していただけだ!」
「嘘をつけ、私にはお前がもう一人の男に何かを渡すところまで見えていた。正直に話せ。湖に沈めてやってもいいのだぞ」
そう言って首に冷たい刃を当ててやると、男はさらに震えてうろたえた。
「わ、わ、わかった! 正直に言う! だから殺さないでくれ!」
私は男の背中を突き飛ばして前に転ばせた。膝をついて座った状態になった男の首に再び刀を近づける。
「振り向くな。怪しい動きをすると胴から首が離れると思え」
「わ、わかった……」
おとなしくなった男に私は再び同じ質問をする。
「ここで何をしていた? 答えろ」
「ある物を、それを渡すためにここに居た……」
「ある物とは何だ?」
「あ、あんたに言っても知らねえようなもんだ――」
「構わん、言え」
隠そうとした男の首に私は刃を当てた。
「わ、わかった。……魔晶石さ。それを渡した」
魔晶石だと? 研究所の人間が既にこの町に居たということか。しかし、この男には見覚えがある。カーレイの町からここに来た人々の中に居た男だ。やはり難民に紛れ込んでいたということか。
「もう一人の男は? この堀を容易く飛び越えたようだが」
「あ、あいつは……、人工的に強化された人間だ。う、嘘のようだが本当だ……」
やはり魔晶の力を持った人間か……。それが町に魔晶石を持って入ってしまった。嫌な予感はこれであったか。
「お前達の目的は何だ? カーレイの町のようにこの町も襲うつもりか?」
自然と少し怒気がこもった声で男を問いただすと、
「…………」
「……沈黙か。肯定と受け取ろう」
この男に用は済んだので、ガツッと刀の柄の先端を男の首と背中の境目辺りに打ちつける。すると、男は声をあげることもなく、地面に伏した。この男はこれで放っておくしかない。それよりも魔晶の力を持った男を追って止めなくてはならない。
私は大きな堀を飛び越えた。
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