Target Side1-1
※差別的表現があります。
苦手な方は中盤から読み進めることをお勧めします。
王城に戻ったジークフリートは、独り、物思いに耽っていた。窓から見える半月が室内を淡く照らし出している。
ジークフリートと婚約した当時のユーフェミアは、あくどい貴族の象徴のような、典型的なお嬢様だった。高慢で高飛車。そのくせ婚約者には好かれたいと擦り寄ってくるような、厭わしく疎ましい令嬢だった。確かに貴族としての能力は高く、ハウベル侯爵家における神童とも呼ばれるような存在ではあった。ジークフリートと年の近い令嬢はあまりおらず、その少ない中で突出した才能を持っていた彼女が彼の婚約者に挙げられるのは、当然の成り行きであるとも言えた。
しかし如何せん、彼女の性格は生理的に受け付けない程に最悪だったのだ。我儘はデフォルトであったものの、彼女は表と裏の使い分けが激しいのである。親しい人物や好ましく思っている者、或いは自分が好ましく思われたい相手には愛想良く振る舞い、その逆に当て嵌まる人物には強く当たり、排除しにかかるのである。そんな彼女は当然の如く選民意識が強く、差別発言は日常茶飯事であった。
彼女から表の顔だけを向けられているジークフリートが、何故彼女の裏の顔を知っていたのか。それは、彼女に関する負の噂が耳に入って来ていたからである。噂好きの貴族をも操るには、彼女はあまりにも幼すぎたのである。
結論を言えば、ジークフリートはユーフェミアのことを疎ましく思っていた。ちょろちょろと視界に現れる彼女はこの上なく目障りで、口を開けば忌々しい程に気味の悪い言葉の羅列が紡がれる。ジークフリートが彼女を好きになる要素はどこをとっても無く、彼は幼ながらに、将来は仮面夫婦となり果てるのだろうと思考の端で予想していた。
ユーフェミアと婚約してから約一年が経過した頃、彼女は所用でハウベル領の屋敷に戻ることとなった。貴族の子息令嬢は、七歳になるとそれぞれの領においてステータス測定することが義務付けられており、ユーフェミアもそのために親の領地へと戻ったのである。
何故、それぞれの領で測定するように義務付けられているのか。それは、初代国王がステータスは個人情報であるとして、家族以外の者がいる公の場で測定することを頑なに禁じた故の措置であった。ステータス測定に必要な装置は材料だけでなく、作成時の技術が難解である故に技術料が高く、総じて高価なのである。故に、装置を各所に点在させる他なく、初めは教会による無償のステータス測定が提案されていた。しかし、教会は公の場であり、たとえ秘匿した状態で測定しようにも、そもそも装置管理者の監視の下での測定となるため、初代国王の意に反してしまったのである。
そういうわけで、数少ない測定装置は、それを購入する余裕のある王族、貴族、その他の裕福な家庭が持つこととなり、ステータス測定が許されているのも、必然的にそれらの人々のみに留まることとなった。また、貴族が装置を王都の屋敷ではなく自身の領の屋敷において管理しているのも、貴重な装置が王都に集中してしまうことを防ぐためとされている。若し王都で火事か何かの災害があった折、装置が王都の、それも王城周辺に集中していた場合、高い確率で失われるという可能性を危惧しているのである。
閑話休題。ユーフェミアは自分の七歳の誕生日が近づいたため、彼女は一度領の屋敷へと帰って行った。そしてステータス計測後に開かれた彼女の誕生日パーティーで、ユーフェミアは誤って池の中へと落下した。まだ肌寒さの残る気候も相俟って、彼女は寝込むほどの高熱を出してしまったのである。
ジークフリートがそのことを知ったのは、彼がユーフェミアの婚約者である故に、エルマーから彼女のステータス結果を知らされた、そのすぐ後のことであった。ハウベル領から駛馬がやって来て、エルマーにその旨を知らせたのである。件の情報がジークフリートの耳まで届いた時、どうせ彼女は親族の令嬢にでも恨みを買って突き落とされたのだろうと邪推しながら報告を聞いていた。その後、彼は国王夫妻の提言により、婚約者の役目として渋々彼女の元へと見舞いへ行くことになったのだ。
一週間の馬車の旅は苦痛だった。ただでさえ行きたくないのに、彼女の元へ近付いていると思うと、ただただ嫌悪感しか湧いては来なかった。エルマーはというと、娘の様子を見に行かんとばかりに、ジークフリートよりも一日早く領へと帰っていた。ジークフリートからすると、何故あのような醜女のために心配できるのかが疑問であったものの、そこは家族故の情なのだろうかと、他人事のように考えていた。
ハウベル領に着いてからは、側仕えの者が適当に用意してきた見舞い用の花束を持ってハウベル侯爵邸へと足を運んだ。正直な思いを吐露すれば、非常に面倒くさく、すぐにでも回れ右をして帰りたい気持ちが彼の中に渦巻いていた。しかし、婚約者としての義務を放棄するわけにもいかず、ジークフリートはエルマーから状況報告を聞いた後、気持ちを押し殺して彼女の部屋へと訪れたのである。
寝室にいる筈の彼女は、ベッドの上に臥せているのではなく、椅子の上に座っていた。胡乱な瞳はどことなく大人びており、ジークフリートは思わず表情を硬くした。彼女の座り姿は、ジークフリートの知るユーフェミアとは随分と異なり、儚さと気怠さを醸し出していたのである。
彼女に声を掛けると、返って来たのは誰何の言葉だった。なるほど、エルマーが記憶を失っていると告げたことに嘘偽りはなく、確かに彼女はジークフリートのことを忘れてしまっているようであった。素直に名を名乗ると、今度は冷淡な口調で事務的に用件を問い尋ねてきた。ジークフリートはその問いにも端的に答えると、彼女も端的に礼を述べてきた。
どうにも調子が狂うような感覚を覚えた。普段は如何にして彼女との会話から逃れようかと意気込んでいたものの、翻って会話の続かない状態に陥る事態は新鮮に思うどころか困惑するしかなかった。彼は取り敢えず花束を渡し、彼女が記憶喪失である旨を呟く。
この時だ。今までの彼女とのすべてを覆してしまったのは、この瞬間からであった。
「それを記憶喪失だと言っているのは、そちらの方なんだけどね」
同じ口調で平坦に返された言葉に、ジークフリートは思考を停止させる。彼女は記憶喪失になってすら、本質は高慢で自己中心的なのか。そう思った時、冷静沈着な雰囲気を帯びた彼女に失望感を覚えた。しかし、その考えは間違いだったと、すぐに証明されることとなる。
暫く彼女の言い分を聞いていると、次第に彼女の中で話の筋道がきちんと立っていることに気付かされた。とはいえ、話の内容は終始荒唐無稽であり、彼は思考の片隅で、冷たい池に落ちてから、彼女は頭までもがおかしくなってしまったのではないだろうかという考えを浮かべたものの、それでも、話には一本筋が通っていたのである。
ジークフリートは彼女の言い分を聞き入れ、彼女を自分の知るユーフェミアとは異なる人物であることを受け入れた。その上で彼が自己紹介をすると、彼女は初めに、「カワハシアルマ」なる人物であると名乗り返してきた。次いで、姓名が通常と逆である旨を説明してきた時、ジークフリートの脳内に隣国の風習が思い浮かべられた。
不意に、彼の中である一つの仮説が浮き上がってくる。もしかすると、過去にヤマト国で不遇の死を遂げたヤマト人が、やり直しのためにこの国、クラルヴァイン王国へと転生してきたのではないだろうか、と。
彼の中で、とある言い伝えの一節が思い出される。
『情に厚い精霊は深く傷ついた魂を悼みて幸福の器へと導かん』
もし、この言い伝えが本当だったのだとすれば。
彼女はユーフェミアとは別人格の、否、彼女とは全く異なる人格を持った人間であるということになるのだろうか。
すなわち、あの高熱によってユーフェミアの人格は死に、アルマの人格が導かれてきた。そのように考えれば、彼女がユーフェミアとしての過去を無かったことにするべく、御託を並べるのにも説明が付いた。それは当然の心理であった。ユーフェミアの身体に導かれた彼女に、それまでのユーフェミアとしての過去は、一切合切存在していないのだから。それを隠すことも出来たのだろうが、彼女は打ち明けることを選択した。
面倒くさそうに侯爵令嬢を引き受ける彼女を見て、ジークフリートは自身の心が高揚していることに気が付いた。
つまり、ジークフリートは転生者たるアルマの協力者として選ばれたのであり、そして彼は最大限に彼女のサポートをしたいと強く願った。しかし如何せん、彼はまだ子供であった。それ故に賢く彼女を守るため、大人を巻き込むことに否やは示さなかった。彼はアルマの了承を取ってから、エルマーに彼女について打ち明けることとしたのである。
彼女の前では、あくまでも彼女の言い分を前面に押し出して。さもなければ、自分が転生者であることを隠していたにもかかわらず、他人に知られてしまっていたのだということを知れば、彼女に混乱を招く恐れがあるからだ。
ジークフリートは思考に浸り、意味も無く窓の外を眺める。その時、部屋の扉がノックされた。側仕えの者に来訪者の名を聞いてから、彼は入室許可を出す。扉の向こうからやって来たのは、彼の三歳下の弟であった。
「兄上、夜分失礼いたします」
そう言って部屋に入ってくる弟は、ジークフリートと同じブロンドの髪に、エメラルドの瞳をしている。ただ、一点だけ異なるのは、彼の瞳が左右で色が違うという点であった。片側だけ、黄昏時の夕日のように、赤みを帯びたオレンジ色をしているのである。
そういえば、ユーフェミアはこのオッドアイを嫌っていたな、とどうでもいいことを思い出しながら、ジークフリートは己の弟に椅子を勧めた。彼は心配そうにジークフリートを見遣りながら、何かを言いたげに口を噤んでいる。
「どうした、ヒルデブラント。言いたい事があるなら、遠慮せずに言うといい」
ジークフリートの促しに、ヒルデブラントと呼ばれた彼の弟は小さく息を吐く。すぐに俯きがちだった視線を上げ、真っ直ぐに兄の方を見詰めた。
「兄上……、兄上はどうされてしまったのですか?」
要領を得ない問いに、ジークフリートは眉を顰める。
「どうした、とはどういうことだ?」
「どうもこうもありません。ハウベル侯爵令嬢のことです」
その一言で全てを悟ったジークフリートは、柔らかに微笑んだ。
「お前が気にするようなことじゃない。そもそも、彼女は私の婚約者だ」
「でもっ」
「ヒルデブラント」
強い意志の込められた言葉に、ヒルデブラントは思わず口を閉ざしてしまう。
「余計なことはしないように。いいな?」
諭すような口調で語りかけるジークフリート。彼の弟は渋々ながらも了承し、就寝の挨拶をして部屋を去って行った。弟の居なくなった椅子を見ながら、ジークフリートは深く溜息を吐く。
「妙なことが起こらなければいいんだが……」
呟かれた言葉は、虚しく闇の中へと溶けていく。
窓の外では、西に傾いた半月が妖しく輝いていた。
乙女ゲームものあるある(*´ω`*)
カレ目線




