閑章三 孤島へ 15
「あぁ……尊き御方よ……」
死にかけの男が、巨大邪気スライムを見上げる。その目には狂信的な光が宿っていた。
「尊き御方よぉぉ! なにとぞ、死にゆく眷属にお慈悲をぉぉぉ! この者たちをそのお力によって、皆殺しに……!」
血を吐きながらの懇願に、巨大邪気スライムがプルプルと震える。どうやら、悩んでいるらしい。
邪神の眷属とは言え、配下からの懇願は無下にできない? 自分と長らく接してるせいで狂っちゃったし? 自分の分け身を外に連れ出してくれたのも嬉しかった?
邪神の童心が意訳してくれるけど、本当にそんなこと言ってるの?
『!』
嘘だって言ってるわけじゃないけど、信じられないんだから仕方ないだろ!
まあ、邪神の欠片は様々な種類に分けられているし、中には邪神の童心のように話が通じる欠片もいるのかもしれない。この邪神の眷属は、そういった欠片に生み出されたのだろう。
「オオオオォォォォ!」
どうやらやる気になったらしい。怯えを振り切り、俺たちに向かって威嚇するように咆哮をぶつけてくる。まあ、完全に恐怖心を克服できたわけではないようで、腰が引けた雰囲気があるけど。スライムに腰はないけどさ!
なんか可哀そうになってきたな。昔どんな悪さをしていたかは分からんが、今回は完全に巻き込まれただけっぽいし。
男を邪気で洗脳して復活する計画なのかと思ったら、どうもそうではないらしい。
この男が封印の御役目に嫌気が差し、ここに何度もきて封印解除の方法を調べ始めたのが事の発端であった。邪神の眷属が復活し、誰かが討伐してくれればもう御役目を続けなくてよいと考えたらしい。
上の農村は完全に壊滅すると思うが、男にとっては些細なことだったそうだ。邪気に触れる前からクソ野郎だったわけだ。
だが、ここで研究を続けるうちに漏れ出た邪気に当てられてしまい、邪神信奉者になってしまった。そして、邪神の眷属が眠っている間に、男が色々と計画を進めてしまったそうだ。まあ、全て邪神の童心の受け売りだが。
知らん間に復活させられ、気付いたら神と戦ってほしいと懇願されているわけだね。哀れだが、やると言うなら容赦はせんぞ?
「オオオオォォォォォォ!」
俺の放つ殺気を感じ取っているはずだが、それでも邪神の眷属は無数の触手を高速で伸ばしてきた。
「師匠!」
『おう! 邪神の信頼!』
その意気やよし! でも、効かないんだよ!
俺がスキルで邪神の眷属の動きを止めると、フランがトンと跳び上がる。
殺気も何もない。しかし、たった一撃でその巨大な肉体を一刀両断するのであった。
「オオォォ……」
核を断ち斬られた巨大邪気スライムから邪気が放出されるが、全て俺に吸収されていく。巨大邪気スライムが抵抗すれば、もう少し吸収に手間取っただろう。
だが、こいつは完全にその身を俺――というか、俺の中の邪神の童心に委ねている。まあ、こいつ的にも、邪神の童心に喰われてその中で眠る方が幸せだろう。ある意味、神と一体化する訳だし。
「馬鹿な……」
男が呆然とその光景を見ている。死の間際、フランたちが邪神の眷属に蹂躙される光景を目に焼き付けようと、頑張って意識を保っていたのだろうが……。
見たのは、自分が崇める存在が一瞬で倒される光景であった。
「その、剣は……」
「師匠! すーぱー凄い神剣!」
「し、ん、けん……?」
男がフランと俺を見て、何かに気付いたように顔を歪める。
「くろ、ねこ……? なんで、こんなところにぃ……あぁぁ……?」
邪神信奉者なら、俺の情報だって仕入れているんだろう。ある意味、この世で一番敵にしちゃいけない相手だったと理解したらしい。
こいつが崇める巨大邪気スライムの、さらに上位存在が封じられた神剣だしな。男は絶望の顔で事切れた。
オウナはそれを冷めた顔で見下ろしている。
「ふん、いい気味だ」
やはり辛辣だな。オウナはよほどこういうタイプが嫌いであるらしい。
「さて、これで異変の大元とやらは断ったわけだが……。どうするんだ?」
『うーん。それだよな』
何の証拠もなく、異変を止めましたと言っても信用されるか? いや、ランクS冒険者の証言なら信用はされるだろう。だが、やはり証拠がなければ異変の鎮静化が確定するまで足止めされるかもしれん。
『証拠がないか、少し探してみよう』
「ん」
「分かった」
そうして地下を歩き回ってみると、男の寝泊まりしていた小屋のようなものを発見した。中には邪気について研究していた資料と、邪滅協会に関しての情報の書かれた紙束があったのだ。
邪滅協会には、他国の貴族や商人からの出資もあったらしい。そいつらが協会の裏の顔にどこまで気づいていたかは分からんが、ギルドに渡せば喜ばれるだろう。
まあ、これだけあれば証拠にはなるかね。
地下空洞から上がってくると、フランが改めてオウナに頭を下げる。
「手伝ってくれてありがと」
「はん。フランなら私の手助けなんぞ要らなかっただろうよ。むしろ邪魔したな」
「ううん。そんなことない。最後も、小屋見つけてくれた」
「そうかい」
オウナが軽く顎をさすりながら、改めて俺を見た。神剣嫌いと言っていたが、そこにあるのは好奇心や研究心に思える。
そんなオウナが、再びフランを見た。
「もし礼をしてくれるというのであれば……。いっちょ、斬り合ってみないか? 師匠と話すよりも、その方がよほど相手を知れそうだしね」
「ん。いいよ」
「……くっくっく。フラン。お前ならそう言ってくれると思っていたぞ」
「私もオウナと模擬戦したいって思ってたから」
「なら、やろうか?」
「ん」
ちょ、ちょっと待って! 君ら、斬り合いをするって決めるまで早いから! 秒だったから! ツーと言えばカー状態! 気が合うね!
でも、フランの顔を見れば、もう止まらないと分かる。オウナもそれは同じだ。だから俺は、せめてこう言うしかなかった。
『殺しはなしだからな!』
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