閑章三 孤島へ 08
気配を消しながら、樹海の木々の間を走り抜けるフランたち。隠密性を重視して全速力は出していないが、それでも20分かからず深層手前まで到着していた。
『やっぱ、騒ぎの原因は深層か?』
「まだ戦ってる。片方は地竜?」
『多分な。やり合ってるのは人間か? 凄まじい気配だな……』
ここからでも聞こえる咆哮は、地竜のものだろう。だが、俺たちが恐ろしいと思う気配は、地竜のものではない。
地竜と相対する謎の人物の放つ凄まじい存在感こそ、俺たちの警戒対象であった。目視できるほどの距離ではないのに、目の前にいるかのような圧力を感じるのだ。
「どする?」
『もう少し近づこう。戦っている人間の素性は知りたい』
「わかった」
これだけ強烈な存在感を放っている人物だ。今回の邪気汚染に何らかの関わりがあってもおかしくはない。
俺たちはコッソリと戦闘場所へと近寄っていった。だが、すぐに足を止めることになってしまう。戦闘があっさりと終わったのだ。
「む?」
『地竜の気配が消えた』
威圧感は消えたが、謎の人物の気配はまだ存在している。地竜が負けたってことらしい。さて、戦闘中じゃないとなると相手に気付かれる恐れもある。
どうしたものか――。
「こっちくる」
「オン!」
『敵意は感じないが……。油断はするなよ』
「ん!」
フランが何故か楽し気に笑っている。
「ふむ? 子供? 何者だ?」
待つこと数分。樹海の奥から現れたのは、背の高い老婆であった。
身に着けているのは魔力付与された布系の防具である。黒い着物風の服だけではなく、肩にかけた白い外套も羽織っぽさがあり、全身が和風に思えた。老婆が腰に下げているのが刀であることも、和風っぽさをより強くしているのかもしれない。
後は髪に挿している桜色の簪もだな。腰近くまである白髪なんだが、右側を簪でまとめてお団子にしており、アシンメトリーの状態だ。
顔の皺や白髪から見るに、70歳は超えているだろう。だが、弱々しさや老いた雰囲気は微塵も感じなかった。
むしろ、高位の魔獣を前にした時のような、凄まじい存在感を放っている。こちらを特に威圧しようとしている気配はないのにだ。
ピンと伸びた背筋に、180を超える高い身長。鋭い眼光を放つ右目に、黒い革の眼帯に覆われた左目。程よく筋肉の付いた肉体は、働き盛りの若者のような躍動感すら感じる。
隙の無い凛とした立ち姿からは、老婆の武術の腕前の高さが理解できた。
というか、俺たちから見ても一切の隙が無いのは、凄くないか? 確実に聖術上位、もしくは王級武術の使い手だろう。
今回の騒ぎに何か関係があるのか? だが、悪意なんかは全く感じないが……。
魔境に子供がいることに首を傾げているが、すぐにフランの強さに気付いたようだ。納得したように頷くと、ゆっくりと近づいてくる。だが、互いの攻撃の間合いギリギリの距離で立ち止まった。
こちらを警戒してもいるし、フランを警戒させないようにとも考えているんだろう。
「冒険者か?」
「ん。そっちも?」
「いや、私はちがう。あえて言うなら、流浪の修行者ってところだ」
まあ、強者が全員冒険者ってわけじゃないしな。普通に旅しながら修行しているような人もいるだろう。
この年齢でまだ修行を続けているのは珍しいが、デミトリスみたいなのもいるし、絶対いないってわけでもないのだ。
「修行者! 凄い」
フランは目を輝かせて感心している。完全に憧れの視線だった。旅をしながら修行を続けるとか、フラン的には理想の生き方の1つなのだろう。
「感心しているのか? 変な子供だな」
「私も色々なところ行って、修業した」
「ほう? その歳でそれだけ強いのには理由があるということか」
今度は老婆が感心しているな。修行好き同士、相性は悪くないのかもしれない。
「ここは今少々異常な状況だぞ? この先にいくなら覚悟することだ」
「その異常を調べにきた。お婆さんは何か知らない?」
「知らん。邪気を感じて、修行になるかと立ち寄っただけだからな」
老婆は嘘を言っていなかった。本当に偶然居合わせただけらしい。フランが気に入った相手だし、いきなり敵対するような事態にならなくてよかった。普通に強いしな。
『嘘じゃない』
「ん。私はランクS冒険者のフラン」
「はぁ? ランクSぅ? いや、その剣、もしや神剣なのか?」
「ん。そう。すーぱー凄い神剣! その名も師匠!」
『おら、神剣の師匠! よろしくな!』
「神剣使いだったか。それにインテリジェンス・ウェポン……」
老婆が目を見開いて驚いている。だが、すぐに右目をすがめて俺を睨むように見た。期待してたリアクションじゃないな? もっとこう、どひゃーってしてくれていいのよ?
「神剣使いが新しく生まれたって噂があったが、あんたかい?」
「ん。そう」
「まさか、こんなところで噂の神剣と出会うとはね」
明らかに負の感情を感じさせる表情と声色だ。
「お婆さんは――」
「私のことはオウナとでも呼べ」
「オウナは、神剣が嫌い?」
「ああ、好かん。神剣も、神級鍛冶師もな」
ふんと機嫌悪そうに鼻を鳴らすオウナ。ただ、そこに敵意は感じられない。神剣は嫌いなのだろうが、だからと言って敵対したり、フランまで嫌うってわけじゃないらしい。
フランは微妙な顔だ。俺を名指しで否定されたわけでもないし、むしろオウナに対して好意を抱き始めていたのだろう。どう反応していいのか分からないようだ。
「なあ、フランよ」
「なに?」
「異常の調査、手を貸してやってもいいぞ? そのかわり、上手くいったら神剣と話をさせてもらえんか?」
「? 師匠と話したいの? 嫌いなのに?」
「嫌いだが、興味がないわけじゃない。別に悪さはせんよ。ただ、聞きたいことがあるだけさ」
「師匠?」
面と向かって嫌いって言われたけど、やはり悪意はなさそうに思える。
『まあ、会話するくらいであんたの手を借りれるなら、構わんぞ?』
「では契約成立だな。しばらくよろしく頼む」
「ん!」




