閑章三 孤島へ 05
「たのもう」
「オン!」
フランと大型犬サイズのウルシがギルドに足を踏み入れると、冒険者たちの視線が一斉に突き刺さった。
普段この町で見かけないフランを、値踏みしているのだ。街中でもそうだったが、さすがにランクS冒険者だとはバレていないらしい。
アレッサから遠く離れたこの地で、初見で見抜ける人間はそうはいないだろう。それでも、かなりの実力者だと理解し、驚いている者がチラホラといるようだ。フランに絡もうとした阿呆どもが止められている。
大きな都市だけあって、冒険者の数はそこそこいるようだな。
周囲の視線を完全に無視してフランがカウンターに近づくと、受付の男性も目を大きく見開き、口をあんぐりと開けている。驚愕の表情とはまさにこれのことだろう。
周囲の冒険者たちに比べても、大げさに見えた。獣人であるためフランが進化していることを理解し、その正体を瞬時に見破ったらしい。
多分、狐の獣人だろう。厳つい禿頭のオッサンの頭にフサフサの狐耳が付いている姿は、なかなかにパンチがあった。
まあ、こっちの正体に気付いたなら、無下には扱われんかな? そんなことを考えていたのだが、次のオッサンの行動は予想外だった。
なんと、カウンターをひらりと飛び越えると、その勢いのままにフランの前に跪いたのだ。頭を垂れ、完全に上位者への対応だ。
それを見た冒険者たちが騒ぎ始める。
「おい! ギルマスがなんか頭下げてるぞ!」
「謝ってるのか?」
「いや、完全服従のポーズだろ!」
このオッサン、ギルマスか! なんで受付にいるんだよ!
そして、オッサンの次の言葉で、騒ぎはさらに大きくなってしまった。
「ランクS冒険者、黒雷姫のフラン殿とお見受けする。間違いないでしょうか?」
「ん」
「「「ええええええええええぇぇぇぇぇ!」」」
ギルマスがフランをランクSと呼んだことで、凄まじい騒ぎとなってしまった。奥の酒場からは椅子から転げ落ちる者や、食器を割る音が聞こえてくるな。
しかし、この状況も俺たちには慣れたものだ。フランは悲鳴のような騒ぎ声を気にした様子もなく、跪き続けているギルマスに声をかけた。
「移動報告に来た」
「なるほど!」
移動報告というのは、ランクA以上の高位冒険者に課せられた義務の1つだ。単騎で国と戦える最高戦力の居場所を、ギルドとしては常に把握しておきたいらしい。
まあ、義務と言いつつ、できればという曖昧なものだが。冒険者は自由人ばかりだから、律儀に守るやつなんてほとんどいないのだ。
特にランクSになるような者は無理に従えることなんかできないし、あくまでもお願い以上の拘束力はなかった。違反しても罰則とかもないし。
俺たちも、普段は守っているとは言い難い。ただ、今回はレンギルから移動報告をしておいてほしいと頼まれているので、ギルドにやってきたのである。
ルシール商会としては、ランクS冒険者を密かに雇って何か企んでいると疑われることを防ぐために、できるだけギルドに協力的な姿勢を示しておきたいようだ。
ランクS冒険者は戦略兵器みたいな扱いだし、俺たちの認識以上に雇う際に気を遣わなくてはならないらしかった。
「俺はカヌーク。エルリーゴ冒険者のギルドマスターをしております。お見知りおきを」
「フラン。ランクS冒険者」
再びざわついた冒険者たちに、立ち上がったカヌークがギロリと鋭い視線を向けた。
「おい。お前ら! 静かにしろ! 失礼だろうが! 次に失礼な態度を取った奴は、俺がぶちのめす!」
ギルマスの放った強烈な威圧を受けた冒険者たちが、青い顔で下を向く。フランでも多少影響を受けるレベルの威圧だ。こりゃあ、ランクAクラスの力があるかもしれないな。
「すみません。あとでしっかり焼き入れておきますので」
「ん。別に気にしてない。それよりも、手続き早くして」
「わかりました。では、上へどうぞ。おい、誰か黒雷姫殿に茶を! うん? 誰もいないのか?」
いやいや。職員さんたち、あんたの威圧を受けたせいで動けないから! 気づけよ! 天然さんか!
移動したのは、ギルマスの執務室だった。来客用のソファなども置かれている。
移動報告とギルマスとの歓談は、ほぼセットと言っていい。場合によっては会談だったり、歓待だったりもする。少なくとも、受付で申告して即さようならとなることはあり得ない。
最低でも、ギルドマスターの執務室に通され、雑談めいた会話がなされた。依頼の道中に立ち寄った。それだけのことを告げに来ただけで、なぜそうなってしまうのか?
移動報告が義務とされているのが、A以上の高ランク冒険者だからだ。ぶっちゃけ、その存在はレアなのだ。ギルドマスターが少しでも話をしたいと考える程度には。
それがランクSともなれば、憧れのアイドルか、手元に飛び込んできた鬼札か、その気になれば国を亡ぼせる恐怖の権化か。ともかく、無視できない存在感を持っていることは確実である。下にも置かない対応をされることが常であった。
道中でも同じような状態だったので、フランも慣れたものだ。ギルマスに勧められるがままにソファに座り、彼が手ずから淹れたお茶をコクコクと飲む。淹れ方は素人だが、いい茶葉を使っているようでまあまあ飲めるらしい。
「ん。おいしい」
「そうですか! それはよかった!」
フランに褒められ、頬を紅潮させて喜ぶギルマス。やはりミーハーか。
ギルマスは意外にも喋り上手聞き上手で、フランにしてはかなり口数も多く、楽しく喋れたんじゃないかね? 俺の紹介をして、相手が驚愕するところも見れて、フラン的には大満足だろう。
ただ、相手も大都市のギルドを任せられている遣り手。やはり楽しくお喋りするだけが目的ではなかった。
「黒雷姫殿。ぜひ、受けていただきたい依頼がございます」




