二話
結論から言うと、俺の頼みは叶わなかった。
なんせアイリも道が分からなかったのだから。なぜなら……
「私もこの街に来たのは今日が初めてなのよ」
というまさかの事実。
迷子が二人に増えただけだった……。
仕方なく二人でまた路地をさ迷うことになったわけだが。
「初めてってことは観光か何かか?」
無言で歩くのもあれなので、二人で適当な会話をしながら出口を探すことにした。
「いえ、違うわ。私は今日からこの街に住むことになったのよ」
なるほど、まぁ珍しい話では無いな。
なんせこの街は貿易や商業が盛んな街だ。遠望から遥々この街にきて新しく店を開こうとする人間も少なくない。
多分アイリもそんな感じでここに来たのだろう。
「ただこの街に着いて直ぐにいろんな所に挨拶回りだなんだってつれ回されて、私ストレス溜まっちゃったのよ」
俺にはそんな経験ないからよくわからんが、確かに面倒そうではあるな。
「だから私、警護の目を盗んで逃げ出しちゃったのよ。それでここまで来たんだけど……」
「さっきの奴等に絡まれたと?」
アイリは苦い顔で頷いた。
まぁ絡まれたことはあれとしても随分アグレッシブな奴だな。
ただ少し、『警護』という言葉に引っ掛かりを覚えたが……まぁ気にするなほどでもないか。
「でも、お陰で面白い人に会えたわ……」
アイリはどこか含みのある笑みを向けてきた。
とそこで俺は、あることに気づいた。
「……音がしないか?」
「音……?」
微かだが確かに聞こえた。
「こっちだ……」
俺は音がする方へと歩き出した。
「当たりだ……!」
路地を曲がった道の先、そこに懐かしいとさえ思える喧騒がみえた。
俺達は商店街の入口(出口?)まできていた。
「今日はいろいろあったけどそれなりに楽しかったわ」
「随分前向きな思考をお持ちで……」
実際、もしあの場に俺がいなかったら楽しかったじゃ済まなかった筈だが。
「改めてもう一度言っとくわ、ありがとう」
「……あんまり多言してると有り難みが薄れるぞ」
「それもそうね」
クスクスと笑いながら、彼女は一歩後ろに下がった。
「もう行くわ……」
「あぁ」
「それじゃあまた……」
……また?
その言葉の意味を聞き返す間もなく、彼女はフードを目深にかぶり直しながら商店街から離れていった。
「……俺も帰るか」
改めて商店街を回るのも面倒だしな。
エリク達は……まぁいいか。どうせ帰る場所は同じだしな。
もしかしたら俺のことを探してるかもしれないが、いないと分かれば向こうも同じ思考にいたるだろ。
そう考え、俺は一足先に寮に帰ることにした。
……余談だが。
その日の夜、帰ってきたエリク達に待ち合わせの場所にいなかったら理由を聞いたら、どうやらエリクが途中でもようしたらしく、慌て近くの店に駆け込んでトイレに行っていたらしい。
しかもそのトイレにえらく時間がかかったらしく、そのせいで目的地に行くのが遅くなったとか。
とんだ迷惑だ……。
翌日。今日から学校が始まる。
といっても今日からは新年度ということもあり、進級に際して新たに編制されたクラスでの顔合わせ程度で終わる筈だ。
エリクにユーリ、クライブの三人は、既に貴族科のクラスにいくことが決まっているので直接そっちに向かっていった。
俺の方はというと、新しいクラスの名簿が学園の入口脇にある掲示板に貼り出されてるらしいのでそれを確認しにいく途中だ。
掲示板の前には既に大勢の学生が溜まっていて、新たな組分けに皆一喜一憂していた。
俺は人の間を縫うようにして掲示板の前まで来ると、自分がどこのクラスになったのかを確認した
「……」
……。
「…………」
…………。
……………………。
……俺の名前が無い。
そんな筈は無いと、俺はもう一度よく名簿を確認してみた。
しかし、やはりどこのクラスにも俺の名前は書いていなかった。
予想外のことに一人困惑していると、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこには去年同じクラスだった奴がいた。
「おいソリス、あそこに貼り紙にお前の名前が書かれてるぞ」
そいつの指差す方を見てみると、掲示板の端の方に確かに一枚、小さめの貼り紙が貼られていた。
元クラスメイトに礼を言い、直ぐにその貼り紙の内容を確認しにいった。
『呼び出し
ソリス・レクサス
上記の者、これを確認次第
至急学園長室まで』
「……」
………………………………………………。
「それでグスタフ、あのふざけた呼び出しはなんだ?」
俺は不機嫌さを隠すことなく対面の人物に聞いた。
「まぁそう怒るな、こっちにも色々と事情があるんだ」
悪びれもしないその態度に俺は更に苛立ちを覚えた。
「これで下らない用件だったら……殺すぞ?」
俺は視線に殺気を込めて呼び出した張本人に言った。
「お前、仮にも学園長に殺すは無いだろ……」
俺の視線を平然と受けとめながら言葉を返してきた。
この男、グスタフは、自らも名乗った通りこの学園の学園長だ。
だが……
「ハッ、俺とお前がそんな他人行儀な関係かよ」
「……確かにな」
俺とコイツの関係はそんな簡単なもんじゃない。
もっと深い、けれど明るみに出来るような正当なものでもない……そんな関係だ。
「だがまぁ一応私はここの学園長で、お前はそこの生徒なんだ、少し位敬意をはらってもいいんじゃないか?」
「ぬかせ……」
とりつく暇もなく俺はそう吐き捨てた。
「……まぁこの話はいい、そろそろ本題に入ろう」
「その前に一つ、俺も聞きたいことがある」
あのクラス分けに俺の名前がなかったことだ。
「あれはどういうことだ? なぜどのクラスにも俺の名前が無い?」
「……それについても今から話す。そのためにお前を呼び出したんだ」
そう言うと、グスタフは先程よりも真面目な顔でこちらを見てきた。
「それで、だ。話を始める前に私からもお前に聞きたいことがある……昨日お前は何をしていた?」
「……昨日?」
昨日ことがこの話になんの関係があるんだ?
訝しく思いながらも、俺はかいつまんで昨日のことを話した。
エリク達と街に出掛けたこと。そこで俺だけはぐれたこと。そして、路地裏で男達に追われていた変な女に会ったことも……。
「……とまぁこんな感じだったな」
「……」
グスタフは俺の話を難しい顔で聞いていた。
「それで? 昨日の俺とお前の話す話になんの関係があるんだ?」
「そのことなんだが……」
「それについては私が説明するわ」
グスタフの言葉を遮るようにして声がしたと同時に学園長室の扉が開いた。
現れたのは、淡い赤色の髪に深い青色の瞳、貴族科の制服を着た美少女だった。
というか昨日のローブ少女だった。
「昨日ぶりね、ソリス・レクサス」
「なんでお前がここに……?」
「決まってるじゃない、私がここの生徒になったからよ」
アイリは制服を強調するように胸を反らし、なぜか勝ち誇ったような笑みを向けてきた。
「二人は顔見知りのようだが一応紹介しておこう。こちらの方はこの国、ハリスベルクの王、ルーカス・ハリスベルク様の実の娘であるアイリ・ハリスベルク王女だ」
「……は?」
王女? 今王女つったか?
改めてアイリを見てみる。
……まぁ美少女でわあるな。
だが王女と言われてもあまり実感は湧かない。
「こいつが王女ねぇ……」
「……なによ、なんか文句でもあるの?」
そのわりには口が悪いというかなんというか。
だがまぁそれよりも、だ……
「お前が王女様なのは分かった。それで? 王女のお前がこの学園に来たことと俺の話にどう繋がるんだ?」
一瞬忘れそうになったがそもそもの話は俺のクラスに関してのことだ。いい加減そのことについて話を進めてほしい。
「そのことだけど……単刀直入に言うわ」
アイリはそこで言葉をと切り、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「アンタには今日から私の騎士になってもらうわ!」
「………………は?」
言葉の意味を理解するのに、さっきよりも長い時間を有してしまった。
「悪いんだがもう一回言ってくれ、よく聞き取れなかった」
「もう、ちゃんと聞いてなさいよ。いい? アンタは今日から私の騎士になるの」
何かの冗談かと思い再度聞き直してみたが、どうやら俺の聞き間違いでは無かったようだ。
だからまぁ俺も真摯に答えよう。
「断る」
「あ、それ無理。もう学園から許可貰ってるから」
「はぁ!?」
俺は即座に振り返り、グスタフを見た。
「彼女の話は本当だ。すでに許可は出してある」
俺はしれっとそんなことを言うグスタフに詰め寄り、小声で抗議した。
「なに勝手なことしてやがる! てかどうしてこんな話になった?」
「そもそもの原因はお前にある。昨日お前は彼女を助けただろう? その時にお前を気に入ったらしい」
「あんなのこの学園の騎士なら誰だって対処できるぞ?」
「彼女にそんな騎士の基準は分からないだろう。それに、一応私もその辺のことに関しては説明したが、どうしてもお前がいいと言われてな」
言われてな、じゃねぇよ。いい歳したおっさんが二十にもなってねぇガキに言いくるめられんなよ。
「それにいいのか? お前からはあまり目立つことをするなと言われた筈だが?」
「普段人の言うことは聞かないくせによく言う」
「それとこれとは話が別だろーが」
「いい機会じゃないか。護衛騎士になればお前にも少しは責任感などが生まれるんじゃないか?」
「ぬかせ」
「ちょっと、いい加減二人でないしょ話は終わりにしてほしいんだけど?」
焦れたのか、アイリが不機嫌そうに声をかけてきた。
「それで? 私の騎士になる決心はついた?」
その言葉に思わず反論しそうになったがなんとか自粛した。
どうせ俺がなにを言ったところで学園の決定が覆るでもなし。
いっそ学園そのものを辞めるって手もある。別にこの学園に未練など無いし、そもそも真面目に騎士になろうと奮起しているわけでもない。
言うなればこの学園生活そのものが俺にとっての退屈しのぎに他ならない。
が、しかし、いま辞めるのはアイリから逃げたようでなんか悔しい。
となると結局は……
「はぁ……わかった。なってやるよ、お前の騎士ってやつに」
これも何かの縁だ。それにもしかしたらいい退屈しのぎになるかもしれないしな。
「決まりね」
アイリは大仰な態度のなかに、どこかホッとした様子を見せていた。
「お前も変わった王女様だな、俺なんか選ぶなんて」
「人とは変わっているからこそ王女足り得るのよ」
確かに……っと思わず納得しかけたが、それはなんか違う気がする。
なんにせよ、この選択が吉と出るか凶とでるか。少し楽しみにはなってきたな。
後から向かうと言うアイリを置いて、俺はグスタフに言われた教室にきていた。
もちろん貴族科だ。
既に皆、指定された席に着いており、中には見知った顔が何人かいた。
その中の一人は……
「なぜお前がここにいる?」
「そう邪険にすんなよクライブ。これから同じ教室で学ぶ仲間だろ?」
俺が席に着くなり、たまたま前に座っていたクライブがここぞとばかりに詰め寄ってきた。
「茶化すな! 大体お前、貴族科への編入通知はきていなかったはずだろう? なのに何故ここにいるんだ?」
「こっちにも色々あんだよ」
「色々ってなんだ、色々って!それにお前の護衛対象は誰なんだ?まだお見栄になっていないようだが……」
そう言って俺の隣の席に視線を向けた。
貴族科では、貴族科の生徒の隣にその担当の騎士生が座るという席順になっている。
なので現在、俺の隣は空席状態だ。
「後で来るって言ってたからその内来んだろ」
「またお前はいい加減な……」
クライブが文句を言ってこうよした時、タイミングよく教室の扉か開いた。
入ってきたのは壮年の男、多分教師だろう。
男は教壇の前に立つと、一度教室を見回し、改めて喋り出した。
「あ~私の自己紹介をする前に、ますは転入生を紹介します。入ってきなさい」
「はい」
廊下から声がすると共に扉が開き、入ってきた人物を見て大半の者が「えっ?」という反応を見せた。
入ってきた人物――まぁアイリなわけだが――は皆の反応を気にするでもなく、堂々した足取りで教卓の横まで歩いていった。
騎士生も含め、殆どの者(というか俺以外)がアイリのことを知っているらしく、教室はざわめきに包まれていた。
「皆さん静かに! それじゃあ自己紹介のほうお願いします」
「はい」
アイリは教室を見渡し、その際意味深な視線を向けたあと、改めて自己紹介を始めた。
「皆さん始めまして、今日からこの学園で共に学ぶことになりました、アイリ・ハリスベルクです。御存知の方も居られると思いますが、私は一応この国の王女という立場にいます。ですがこの学園にいる間はその身分を無視し、一人の学生として過ごしていきたいと思っています。ですから皆さん、身分など気にせず、親しくしていただけたら幸いです」
そう言ってアイリがお辞儀をすると、何処からともなく拍手が起こり、めでたくアイリはクラスに向かい入れられた。
「それではアイリさんの席はあそこになります。担当の護衛騎士は、え~と……ソリス・レクサス君ですね」
教師の何気ない一言に教室は一瞬静寂に包まれ、次の瞬間、クラスの半分の生徒が驚愕に声を上げた。騎士生の連中だ。
「なんであんな奴が……!」
「どんな手を使ったんだ?」
「アイツってそんな凄かったか?」
「ソリス……殺す……」(クライブ)
などの声が飛び交うなか、俺という人間を知らない貴族科のお嬢様達は、前後の同じ貴族生に聞いたり、あるいは自分の護衛騎士に聞いたりと情報を集めていた。
「随分人気者ね」
いつの間にか俺の隣まで来ていたアイリが、からかうような顔で嫌味を言ってきた。
「お陰様でな……」
全てはコイツのせいだ。
やっぱり安請け合いなんかしなきゃよかったな……




