一話
生き物が死ぬ。それは当たり前のことだ。
生き物を殺す。それも当たり前。
弱肉強食と言う言葉があるように、強いものが生きるために弱いものを喰らう。それは自然の摂理の一つだろう。
この世界に生物が誕生してから脈々と受け継がれてきたことだ。
虫や魚、動物は、生きる為に他の生き物を殺し喰らう。
なぜならそれは、必要なことだから。
だが彼らは必要以上に他のものを殺しはしない。彼らが殺すのは自分が生きるのに必要な分だけだ。
ましてや自分と同種の存在を殺すなんて滅多に無いだろう。
なら人間は?
人間だって生きる為に他の生き物を殺し喰らう。当たり前のことだ。
だが人間はそれ以上に殺しを行う。
必要以上に生き物を殺し、必要も無いのに生き物を殺す。
そしてそんな人間は、同じ人間をも殺す。今はこれすらも当たり前。
技術を発展させ、武器を作り、効率よくあらゆる手段をもって人は人を殺す。
そこに理由があろうとなかろうと……。
「……」
朝、ドアの前に人の気配を感じて目を覚ました。
気配といってもあからさまなものではなく、普通なら意識しなければ分からないような微かなものだ。
ここに来てもうすぐ一年も経つというのにそんな気配にすらいまだに敏感に反応してしまう自分の体質にほとほと呆れてしまう。
以前の生活とは違う。
そんなことは分かっているのだが、長年染み付いた習慣というのはそう簡単には無くならないらしい。
そんなことを考えている内にガチャリと音を立てて気配の主が入ってきた。
「起きろソリス、朝だぞ!」
気配とは逆に、威勢よく部屋に入ってきた人物はそのまま俺の寝ているベッドまで近づいてきて更に声をあげた。
「おら、早く起きろ!」
実際には既に起きていたが、今更それを言うと後から文句を言われそうなので俺はあたかも今起きたかのような対応をすることにした。
「ん、あぁ? ……なんだよ、朝っぱらから騒々しい奴だな」
俺は体を起こしながら気怠げに話しかけた。
「いつまで寝てんだよ、今日は春休み最後の休日だぜ? ずっと寝てるなんて勿体ねぇぞ」
朝から無駄にテンションの高いこの男は同じ寮に住んでいて隣室のエリク・グラウン。
このテンションの高さは今日に限らず殆どいつもだ。
「最後だからこそたっぷり寝とくんじゃねぇか」
そう、今日は春休み最後の日。明日になればまた面倒で退屈な学校が始まる。
ならばこそ、最後くらいはのんびりと一日を過ごしたい。睡眠という形で。
だがエリクの場合は違うようだ。
「そんなのつまんねぇよ~、最後なんだから皆でパァっと遊びに行こうぜ!」
「俺は遠慮する、他の奴を誘え」
「つれないこと言うなよ、それにもうユーリとクライブには声かけてあんだよ。だからお前も一緒に行こうぜ~」
「その二人がいるなら良いじゃねぇか、三人で行ってこいよ」
「え~多い方が楽しいじゃん」
人数が多い方が楽しいのかはさておき、いい加減面倒臭くなってきたので力ずくでエリクを部屋から排除しようかと考えていると、部屋のドアが控えめにノックされた。
「はいは~い、いま開けま~す」
部屋の主でもないのにエリクが勝手に返事をしてドアを開けた。
ドアの向こうにいたのは少し小柄な、青年というよりは少年、少年というよりは少女といった方が適切な人物と、その後ろに生真面目そうな顔をした青年がいた。
「おぉ、ユーリにクライブ! お前たちも来たのか!」
「『来たのか』じゃない! お前がソリスを呼びにいくといっていつまでたっても戻ってこないから待ちくたびれて来たんじゃないか」
「あ、そうなの? わりぃ、わりぃ」
クライブの言葉にエリクは悪びれた様子もなくそう言った。
エリクとクライブが話してる横で、まだベッドの上にいる俺の元にユーリがやってきた。
「おはようソリス君」
「あぁ」
俺の素っ気ない返しを気にしたふうもなく、ユーリは話しかけてきた。
「ソリス君も今日一緒に行くんだよね?」
ユーリの言葉に「いや……」と否定しようとすると、こちらの会話を聞いていたのかエリクが話に割り込んできた。
「それが聞いてくれよ、ソリスの奴今日は一日寝て過ごすとか言いやがるんだぜ? 絶対勿体無いよなぁ?」
「そうなの? ん~休日の過ごし方は人それぞれだと思うけど確かに寝てるだけって言うのも少し勿体無い気もするなぁ」
「だよな!」
ユーリの肯定にやっぱり自分の方が正しいと言わんばかりの顔を向けてくるエリク。そのしたり顔に無性に腹がたつ。
とりあえず一発殴っておこうかと考えていると横から声がかかった。
「本人が行く気がないと言ってるんだ、ならばもう放っておけばいいだろう。別に僕はソリスがいなくてもなんの問題もない。寧ろいないほうがいい位だ」
「なんだクライブいたのか」
「僕はさっきからここにいるよっ!」
軽くからかっただけでこの反応。根が真面目なだけにからかった時の反応が実に良い。
「全く、僕はお前のそういうところが……」
「おいクライブ、お前ズボンのチャックが開いてるぞ」
「なっ!? まさかさっきトイレに行ったときに!?」
慌ててチャックを確認するクライブ。
「って開いてないじゃないか!!」
「冗談だよ冗談」
「貴様……っ!」
顔を赤くして怒るクライブにやはり面白い反応をするなと改めて確認できた。
「二人とも仲良いね」
「どこがだ! 寧ろ僕は嫌いな位だ!」
ユーリの言葉に心外だと言わんばかりに否定するクライブ。
「本人がいる前で嫌いとか言うなよ、傷つくだろ」
「貴様にそんな繊細な心があるはずがないだろう。逆にあって欲しいと願うくらいだ」
クライブの容赦の無い言葉に俺の心は深く傷つ……きはしなかった。
まぁいつもこんな感じなのでもはや慣れたと言うのもあるが。
「ほらほらそんなことより、今は遊びに行くって話だろ?時間は待っちゃくれないんだから有効に使おうぜ。ソリスもこれだけ騒いでればもう眠気なんて無いだろ?」
騒いでたのは主にお前とクライブだけどな。
でも確かにエリクの言うようにもう眠気はない。
横になっていればまた眠気も来るだろうが一度覚めてしまっているので今更また寝直すのもあれだった。
「はぁ、しかたねぇな」
「お、じゃあ……」
「行くよ……」
「よし! ミッションコンプリート!」
「よかったねエリク君」
「……ふん」
露骨に喜ぶエリクとそれを喜ぶユーリ、それとは逆のクライブ。反応は三者三様だった。
既に用意を終えている三人に見守られなが準備し、俺たちは寮をでた。
とりあえずまずは腹ごしらえと言うことで俺達は近くの飲食店に向かった。
寮にも食堂はあるのだが、ここの寮は休日や長期の休み期間に入ると食堂の利用が出来なくなるというなんとも不便なシステムがある。
なので寮生は休みの間は自分で作るか近くの飲食店なんかで食事を済ます。
今回は町に行くということなので後者を選ぶことになった。
四人で店に入ると中は朝食とも昼食とも言えない中途半端な時間のためか殆ど客が見当たらず、店員も暇そうにしていた。
俺達が入ってきたことに気づくとすぐに表情を改めて「いらっしゃいませ~」と笑顔で応対してきた。
四人掛けの席へと案内され、俺達はそれぞれメニューから自分の食べたいものを注文し、それを受けた店員が「少々お待ちくださ~い」と言って厨房に引っ込んでいった。
料理を待つ間、俺達は適当に雑談を交わしていた。
一つの話が終わったところでエリクが明日のからのことについて愚痴を漏らし始めた。
「はぁ、明日からまた学校か~、面倒だなぁ」
「何を言っている、僕達は立派な騎士になるためにこの学園に入学したんだ。しっかり学ばないでどうする」
エリクの言葉をクライブがたしなめていた。
今クライブが言った通り、俺達の通っている王立ベルトレント学園は騎士を育成するための学校だ。
いや、それだけだと語弊になるか。
ベルトレント学園は主に二つの学科に別れている。
一つは先程言った通り騎士を育成するための学科、『騎士科』。
騎士科は一般的な教養の他に、騎士になるためのカリキュラムが加わったもので、十二年前に起きた『戦争』のせいで現在国中で騎士が不足している。
その為、新たに優秀な騎士を育てるという目的で作られた学科だ。
騎士科は学費の高い今の時代に、比較的安い金額で一般教養を受けることが出来る。但し、その代わりと言うわけではないが、騎士科は卒業後二年間は任意の騎士団に所属し、活動しなければならないという決まりがある。
騎士科に入る学生は大半は騎士になるため入ってくるが、一般教養を受けたくて入ってくる学生も少数ながら存在する。
そういった学生がいるために二年間の騎士団所属という決まりが出来たそうだ。
だがまぁ俺達にはあまり関係無いことだ。
俺はともかくここにいる他の三人は始めから騎士を目指して入学してきた奴らだ。
しかもエリクとクライブに関しては家が代々騎士の家系で、グランド家、アレニウス家共にこの国でもなかなかに有名な家らしく、二人とも将来有望な騎士として期待されている。
クライブはともかくエリクに関しては、家が有名と言われても本人が垢抜けた性格をしているので本当に 名家の生まれなのかと疑ってしまいそうになる。
だが実技ともなれば話は別で、その剣術や体術は騎士の家系に恥じぬものを持っていて、実技の成績はクライブについで二位だ。但し座学の成績は低いが。
ちなみにクライブは実技一位、座学二位だ。
「おい! なんで僕の紹介はそんなにぞんざいなんだっ!」
「……細かいこと気にすんなよ」
てか地の文を読むな。
気を取り直して次にユーリ。
ユーリは特に騎士の家系というわけではなく、普通の中流家庭の生まれだ。
だからと言って実力が無いわけではない。その小さい体を生かした戦闘技術で実技においては学年七位、そして座学においてはクライブを抜いての一位というとんでもない成績を残している。
まぁこれもひとえに本人の努力の賜物なのだが。
見た目には少年、いや、ぱっとみでは少女にも見えるその外見からは想像もできない実力者だ。
「そう言えば新学期からはソリス君とは別のクラスになっちゃうんだよね……」
「そうだっけか?」
「僕達成績上位者は新学期から貴族科にいくことになっている。忘れたのか?」
「あぁ~そういやそうだったな」
ちなみに貴族科とは、この学園にあるもう一つの学科だ。
主に貴族や富裕層などの上流階級の子女が通っている。
貴族科では一般教養の他に、上流階級としてのマナーやたしなみ、礼儀作法などを教えている。ちなみに学費は物凄く高いらしい……。
なぜ同じ学園に騎士科と貴族科があるかと言うと、一つは訓練生とはいえ近くに騎士がいた方が都合が良いということ。
有事の際などに近くに騎士がいれば令嬢が危険に晒されるリスクが減る。それに騎士科に実技の訓練を施してるのは皆現役の騎士というのも大きい。
そしてもう一つ。
騎士の中には護衛騎士という役職がある。護衛騎士とは貴族や富裕層、果ては王族などの個人の護衛をする騎士のことだ。
上流階級の人間はある程度の年齢になると様々なところからパーティーへの招待、あるいは重要な公務などで遠出をしたりする。だがその家柄からか誘拐や暗殺など、命の危険に晒されることも少なくない。なので、そういったことから身を護るために自分の近くに騎士を置く、というのが今の上流階級のスタイルだ。
護衛騎士に選ばれるのは、重要人物を最も近くで護るということから騎士の中でもそれ相応の実力を持った者が選ばれる。
なので護衛騎士に選ばれるというのは騎士にとってとても光栄なことなのだ。
そして、その護衛騎士という役職を授業のカリキュラムに組み込んだのが、この王立ベレトレント学園だ。
護衛騎士に選ばれた騎士生は、選ばれたことに誇りを持ち、要人を近くで護るという意識を、また貴族生達は自分が護られる側だという意識をしっかり持ち、今の段階からそれぞれ自分達の立場を理解しながら行動をする、という目的でこの制度が導入された。
現在この制度が導入されている学校は国内でもベルトレント学園だけだ。
制度が導入されたのが三年前。いわば現在は試験段階ということだ。
すでにこの制度による効果は出ていて、護衛騎士生として選ばれていた卒業生は、皆騎士として優秀な結果を残している。中には若くして護衛騎士に選ばれた者もいるほどだ。
この制度の効果が広く実証されれば、順次ほかの学校にも導入される予定だ。
「ユーリとクライブが選ばれたのは判るがエリクまで選ばれてるのが驚きだな」
「はぁ?なんだよ、俺が選ばれちゃおかしいってのか?」
「確かにエリクは座学においては底辺の成績だが、実技に関してはそれを補える程の成果を残している。それに仮にもこいつは騎士の家系だ。それを考慮すれば選ばれたって不思議じゃない」
「それ誉めてんのか貶してんのかどっちなんだ……」
クライブの言葉にエリクは反応に困っているようだった。
それはさておき、確かにそう考えるとこいつらと一緒のクラスで授業を受けることはもう無いというわけだ。
だからといって別に寂しいなどとは思わないが。
「でも確かにクラスは別になっちゃうけど訓練は僕達とも合同だからその時には会えるね!」
「まぁ、そうだな……」
ユーリは少女と見紛うような笑顔で嬉しそうにそう言ってきたが、俺は別にソッチ系の人間では無いのでときめかなかった。
「っと、話してる内に料理ができたみたいだぜ」
エリクの声に厨房の方を見てみると、先程の店員が両の腕に器用にトレイを載せ、四人分の料理を同時に運んできていた。
それぞれの前にトレイを回し、会話もそこそこに俺達は運ばれてきた料理を食べることにした。
腹ごなしをした後、俺達は街の中心部に来ていた。
俺達の暮らしている街エステンは海に面しており、戦後は他国との貿易などが盛んになったため、ここハリスベルク国の中でもそれなりに繁栄したいる街だ。
街の中心部には様々な商店が建ち並び、軽く歩き回るだけでもいい暇潰しになる。
俺達も例に漏れず街の中をぶらぶらと見て回っていた(エリクが誘った割に何も考えていなかったため)。
誰かが気になった店に皆で入っていくといった感じで幾つかの店を回っていった。
俺は特に気になるものも無く、とりあえず皆についていっていた。
何件目かを出た後、次の店にいく道中にふと飲み物の屋台が目に入った。
ここまで結構歩いたこともあり、丁度喉が渇いていたので俺は何か買うことにした。
「エリク、俺ちょっと飲み物買ってくるわ」
「ん? あぁ、了解。そんじゃ俺らはこの先の服屋に行ってるわ」
「はいよ」
エリク達と別れ、俺は飲み物の屋台に向かった。
屋台のメニューには普通のお茶やコーヒー、果物のジュースに、外国の珍しい果物や葉を使った飲み物など、なかなかバラエティー豊かな品揃えだった。
俺は迷った末に、とりあえず飲みやすそうな果汁薄めのリンゴジュースを頼んだ。
飲み物を受け取り、そのまま飲みながらエリク達のいる服屋へと向かった。
相変わらず賑わっている商店街を進み、エリク達がいるであろう服屋についた。
だが、店内に入り一通り眺めてみたがどこにもエリク達の姿が確認できない。
「悪いんだが、ここに三人連れの俺と同年齢位の男達が来なかったか?」
俺は通りかかった店員にエリク達が来たかを尋ねた。
だが……
「? いえ、そのような方達はいらっしゃってませんが……」
…………。
………………。
とりあえず、いないと分かった店を出た後、俺は他にも数件店を当たってみたが、残念ながらエリク達を見つけることは出来なかった。
「ったくあいつらどこほっつき歩いてんだか」
俺は三人の捜索を半ば諦め、一人ゴチりながら商店街を見物していた。
そのまま帰っても良かったのだが、わざわざ街の中心部まで来たのだから、せっかくなのでもう少し見て回ろうと思ったのだ。
「……しかし、人が多くなってきたな」
時刻は昼過ぎになり、商店街は更に賑わってきていた。
所々で客を呼び込む声が聞こえてくる。
皆自分の店の商品を買ってもらおうと道行く人に声を掛けている。
そんな様子を見て回っていたのだが、如何せん人が多い。
少し人混みに疲れた俺は、目に入った人通りの無さそうな路地へと入った。
道の両側を建物の壁に囲まれた路地は、日当たりが悪く少し薄暗い。この先が何処に繋がっているのか分からないが、まぁ何処かしらには出るだろう。行き止まりなら引き返せばいいし。
そんな感じで俺は路地を進み始めた。
しかし、思った以上に路地は入り組んでいた。
引き返せばいい等と思っていたが、何度か右左折しているうちに俺は若干迷っていた。
「参った、全然出口にたどり着けねぇ……」
少し人混みから外れるつもりがいつの間にか迷子……
今となっては商店街の喧騒が懐かしい。
「どうすっかねぇ……」
暫し近くに置いてあった木箱の上に座り考えてみたが良案は浮かばず、結局は進むしか無いという結論にいたった。
立ち上がり、まだ見ぬ出口へと向かおうと歩き出そうとしたとき、道の先から声が聞こえてきた。
「待ちやがれっ!」
道の先は曲がり角になっていて姿は見えないが、足音からしてどうやらこちらに向かって来ているようだ。
これは好都合だ。もしかしたら出口までの道を聞けるかもしれない。
そんなことを考えている内に足音が近くなり、曲がり角から小柄な人影が飛び出してきた。
出てきた人物は、茶色いフード付きのローブを目深に被り、顔はよく見えない。
向こうもこっちに気づいたのか、驚いて一瞬動きが止まるものの、すぐさまこっちに向かって走ってきた。
「そこの貴方っ!」
目深に被ったフードの奥から発せられたのは少女の声だった。
叫びながらこちらに向かって走りよってきたそいつは、俺の前まで来ると荒い息を吐きながら言った。
「助けて、追われてるの!!」
「……は?」
いきなりのことに困惑ていると、少女の来た方向から新たに二人の男がやってきた。
「このガキ、やっと追い付いたぞ……!」
「ったく手間取らせやが……ってあれ、兄貴? なんか一人増えてますよ?」
俺の存在に気づいたのか、男達が訝しげな視線を向けてきた。
「なんだテメェは? そいつの知り合いか?」
「いや、別に知り合いってわけじゃ……」
「なら引っ込んでな。俺達が用があんのはそのガキなんでな」
「あ~その前に一つ、アンタらはなんでコイツを追いかけてんだ?」
どうにもさっきから急展開過ぎていまいち事情がのみ込めない。せめて理由くらいは教えてほしい。
そう思って俺は男に聞いた。
「あぁ、理由? 理由なんざ簡単だ、そのガキが俺に喧嘩売ってきたからだよ」
そう男が言った瞬間、それまで黙っていたフードの少女が声を荒げてた。
「嘘言わないでっ! 先に売ってきたのはアンタ達の方でしょ!!」
「んだとぉ!?」
「そもそも道を歩いててぶつかったのはお互い様、でも私はすぐに謝ったわ。なのにグダグタといちゃもんつけてきたのはアンタ達の方じゃない!」
以下回想。
ドンッ!
フード「あ……っと、御免なさい、余所見してて……」
男A「おいおい、そりゃねぇんじゃねぇか? この俺にぶつかっといてその態度」
フード「……はい?」
男A「すっとぼけてんじゃねぇよ! この俺にぶつかっといて御免で済まされるわけねぇだろうが!」
フード「なにいってんのよ、ぶつかったのはお互い様でしょ。それに私は謝ったわ、むしろアンタの方こそ謝りなさいよ」
男A「んだとぉ……」
男B「おいおいテメェ、兄貴に向かってふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!」
フード「煩いわねぇ、アンタは関係無いでしょ、引っ込んでなさいよ!」
男B「コ、コイツ……調子に乗りやがって……」
男A「テメェみてぇのは少し痛い目にあった方がいいようだな」
男A、フードの胸ぐらを掴む。
フード「ちょっと何すんのよ! 放しなさいっ!」
男B「やっちゃえ兄貴!」
フード「放せ! はーなーせー!放せ……っつってんでしょうがっ!!」
フード、男Aの脛を蹴り飛ばす。
男A「――っ!!」
フード、男Aの手が緩んだ隙に逃亡。
男B「だ、大丈夫か兄貴!?」
男A「い、いいからアイツを追えー!!」
回想終了
結論……
「お前らが悪くね?」
話を聞くかぎり、どう考えても男達の方が悪かった。
確かにフードの方も若干言葉がキツいところがあるかもしれないが、まぁ概ね男達に非があるだろう。
というかなんだ……いまだにこんな奴等が存在することに驚きだよ。
「あ~だからまぁ、なんだ。一応俺はコイツの味方をするよ」
そう言って俺はフードの上をポンポンっと軽く叩いた。
「ちょっと、馴れ馴れしく触んないでよ!」
手を払われてしまった。
せっかく味方してやるって言ってんのに随分な扱いだな。まぁいいけど。
「つーことなんで、お前らこの辺で手を退いてくれると有り難いんだが……」
争わないで済むならそれに越したことはないし。ていうか面倒くせぇし。
そう思って俺は男達に提案したが……
「ふざけんな! そんなんで納得できるわけねぇだろ!」
「そうだそうだ!」
「邪魔するってんならお前もやっちまうぞ」
……面倒な奴等だなぁ。
「……はぁ」
ったくなんでこんなことになったんだか……
「お前ちょっと下がってろ」
「……大丈夫なの?」
少し心配そうな声でフードの少女が言ってきた。
「助けてって言ったのお前じゃん」
「そうだけど……」
まぁ確かに不安なのも分かる。
あの兄貴と呼ばれた男、体格はかなり良い。背も俺より頭一つ分ほど大きく、どう見ても向こうのが強そうだ。
だが……
「まぁ大丈夫だろ」
「……その自信は何処から来るのかしら」
俺の楽観的な態度に、若干の呆れを見せてきた。
「内緒話は終わりか? それじゃあ殺られるか覚悟も出来てんだろうなぁ?」
男が指の間接を鳴らしながらこちらに近寄ってきた。
「ほら、もう下がってろ。あと万が一俺がやられそうだったら直ぐに逃げろよ。時間稼ぎくらいはしてやる。まぁ負けるきなんざねぇけど」
「……御免なさい、こんなことに通りすがりのアンタを巻き込んじゃって」
そう言ってフードの少女は俺の後ろに下がっていった。
さて……
「お前も馬鹿だな、そんな見るからに怪しいガキのために俺にボコボコされに来るなんて」
確かに。普段の俺ならこんな訳のわからないことに関わろうなんて思わないだろう。寧ろ素通りするか無視するかだ。
じゃあなんで今回に限ってあんな見ず知らずの怪しい奴の手助けなんかするかって?
そんなの決まってんだろ。
暇潰し。
理由なんかそんだけだ。
「そんじゃいっちょやるか」
言って俺は両腕を体の前で交差させるようにして腰の位置にもっていった。
そして腰にある武器を……
スカ……
「って今日休みだから帯刀してねぇじゃん俺!」
今の俺の格好は端から見たら自分を抱きしめてるようにしか見えない格好だった。
「なに意味わかんねぇことやってんだっ!」
「うおっ!?」
こちらに向かってきていた男が、俺がふざけているのかと思ったのか、怒気含んだ拳を繰り出してきた。
慌てそれを避け、一度体勢を立て直す。
武器がないと分かったのならこちらも肉弾戦だ。
別に騎士だからといって肉弾戦が苦手ということは無い。寧ろ実戦なら手元に武器が無い状況なんてままあることだろう。
それを想定した訓練なんかも俺達はおこなっている。
まぁそれ以前に俺は肉弾戦は得意だが……
「オラオラどうした?最初の威勢はどこいったぁ!」
男が連続で出してくる攻撃を俺は紙一重でかわしていった。
「いけー兄貴、やっちゃえー!」
もう一人の男の声を聞きつつも俺は一度も食らわずに攻撃をかわし続ける。
「チィ……ちょこまか動きやがって……」
なかなか攻撃が当たらないことに苛立ってきた男は、連続で攻撃してきた疲労も相まって段々と攻撃が大振りになってきていた。
避ける合間にチラっと後ろを確認すると、フードの少女が胸の前で手を組み、表情こそ見えにくいものの不安そうにこちらを見ているのが分かった。
「さて……」
そろそろこの勝負も終わりにしよう。
男の動きもだいぶ緩慢になり、その上隙だらけになっている。ここらで勝負を決めよう。
「おらぁ!!」
迫ってきた男の大降りの一撃を避ける。
その攻撃してきた腕を引くその瞬間……俺は一気に男に迫り、その隙だらけのボディーに自分の拳を叩きこんだ。
「――っぉあ!?」
俺の攻撃を食らい後、腹を押さえなが後ずさる男。
だが俺は再び男に迫り、今度はがら空きになった顔面――顎に、右から拳を叩き入れた。
男は避けることも出来ず、そのまま声もなく倒れていった。
なんとも呆気ない終わりだった。
「あ、兄貴ー!?」
「まずは一人、次はお前の番だが……どうする?」
俺は酷薄な笑みを浮かべながらもう一人の男に向き直った。
「ひっ、ひぃー!!」
その笑みに、もう一人の男は腰を抜かしながら後ずさった。
「これじゃあどっちが悪者かわかんねぇな」
今度は自嘲の笑みを浮かべながら俺は頭を振った。
「もういいから、お前そいつ連れてさっさといきな」
そう言うと、男は倒れた男を引き摺るようにして来た道を戻っていった。
「アンタ強いのね、一体何者?」
男達が去るのを見送っていると、フードの少女が声をかけてきた。
「別に何者ってほどの者じゃねぇよ。まぁ強いて言うなら騎士の卵だな」
「騎士の卵?」
「この街にある王立ベルトレント学園って知ってるだろ?」
「ええ……」
「俺はそこの騎士科の生徒だ」
「なるほどね、騎士科の……」
ふとそこで、少女はなにやら考え込み始めた。
「ところでお前こそ何なんだよ」
「え? あぁ、そう言えばまだ名乗ってなかったわね」
そう言うと少女はおもむろにフードを上げた。
最初に目についたのはその髪だ。
淡い赤色の髪。多分長いのか首の辺りで一括りにしている。
この薄暗い路地の中でも彼女のその髪の色はとても鮮やかに映った。
次に目につくのは瞳の色だ。彼女のその大きな目は、髪の色とは違い、深い青色をしていた。彼女は目鼻立ちもくっきりしていて、まぁ有り体に言えばとても可愛いと言える容姿をしていた。
そんな俺の観察するような視線は気にせず、彼女は改めて俺に向き直って名乗った。
「私の名前はアイリ。そっちは?」
言われ、俺も名乗ってないことに気づいた。
「俺はソリス・レクサス。ソリスでいい」
「それじゃあソリス、改めて御礼を言うわ、本当にありがとう」
そう言ってアイリは丁寧なお辞儀をした。
「気にするな、こっちとしては単なる気まぐれだ」
照れとか全く無く、これは本音だ。
さっきも言ったがアイリを助けたのは単なる気まぐれで暇潰しだ。もしかしたら放って置いた可能性すらあるのだ。
だが……
「それでも助けてもらったのは事実よ、だから私は御礼を言うし、御礼をしたいと思ってるんだけど?」
「よしてくれ、言葉だけで十分だ」
「それじゃあ私の気が済まないわ」
強情な奴だなぁ。マジで御礼なんかいらねぇんだが……いや待てよ。
「じゃあ御礼として一つ頼みを聞いてくんねぇか?」
「? 私の出来る範囲でなら構わないけど……」
「問題無い」
アイリに頼むのは至極簡単なことだ。
だが今の俺にとってはなによりも有難い。その頼みは……
「帰り道教えて」
…………………………………………………………………………………………………。
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