光がなければ影はできない①
パリッとは、していない。むしろくたびれている方だが、何故か決まったスーツ。それに下駄を合わせている。
そして、咥えていたココアシガレットを手に取り初老の男が口を開く。
「改めて御環、覚えてるな?」
「はい。『使用していいのは影送だけ』」
髪は黒のボブ。目が大きいが故に一見女の子にも見えるが、死装束と学ランを合わせたような服装をした"少年"が応える。この少年は、淵不知 御環。
彼の返答に対して、初老の男は呆れた態度を露骨に示した。
「...そっちも重要だが、俺が聞きたいのは何かわかってるよな?錦に言われてる方だ」
「......『民間人が居れば、消せ。塵も残すな』」
「俺も錦の野郎は嫌いだが、言ってることは正しい。心に刻んで行け」
「分かりました...」
俯いた御環を初老の男が軽く蹴る。
「そんな顔するな。式者は格好つけてナンボだ。式を編めないぞ」
「...はい。では、行ってきます」
御環はまだ不服な表情を隠すすべを知らない。
「待て、アレ持ってるか?持ってるなら今のうちに飲んでおけ」
「...本当に効くんですか?コレ?毎回実感ないんですけど」
眉を顰めながら即効性の酔い止めを取り出す。
「何度も言ってるだろ。『効くからやるんじゃなくて、やるから成る』んだよ。式者は」
「分かりましたよ...」
酔い止めを一気に飲み込む。水なしで飲むタイプなので、御環は毎回苦戦している。
「おら、しっかりカッコつけてこい」
「はい、」
トボトボと歩いていく御環という青年の背中を見つめる初老の男。彼は外赤師でありながら、赤師の顧問を務める『木漏 芥』。
今は、影の落とし児である『淵不知 御環』の教育係を務めている。そして、その処分まで。
***
人気のない路地裏。実に識が潜むには良い舞台だ。その中を御環は進む。3つ並んだ自販機のある曲がり角を左に。両腕を広げる幅もないほど狭い通路を10数歩進めば、行き止まり。その壁にはど真ん中に非常ベルのボタンが、"ボタンだけ"がある。
これが今回討伐する識の"窓"である。
「よくもまぁ、見つけますよね。あの人も」
道案内兼、監視用の鳩の人形にワザと聞こえるように言う。
『クルッポー』
「鳩はそんな人間みたいな声出しませんよ。鳴き真似するならもっと上手くやってください」
『カァーカァー』
「それは烏の鳴き声です。はぁ、分かりましたよ、行きますよ」
御環はその場でジャンプし、気を整える。そして、手を叩き
「"抜錨"ッ」
そう唱えた瞬間に、御環の輪郭が一瞬、ザザッとブレる。すると、御環の体温が少し上昇。肌の薄い部位に、脈打つように血管をなぞりながら赤い光が走る。
『準備完了だねぇ』
「そんなに急かさないでも、やりますよ」
ため息混じりに非常ベルのボタンを押す。
まるで人の柔肌を押してるかのような感触が、指先から伝わる。その瞬間、非常ベルが口腔に変質し、押した指が甘噛みされる。
指を引いた途端に
「カチギシカチカチギシカチギシギシ」
閉じた口腔から、カチカチと歯を合わせる音と、ギシギシという擦り合わせる音が重なり騒音レベルのアラームを鳴らす。歯軋りの音で不協和音を奏でてくる。
途端に周囲が暗転し、見知らぬ美術館の中に居た。彫像が御環を囲み、睨むように配置してある。
「ッウ、ッグ...全然、効いてないんですよ!この、酔い止め!!」
御環は一旦その場で膝から崩れた。えずきが止まらない。横隔膜がずっと揺らされ、渦巻管が拗られるような、目と目が離れるような、そんな感覚に支配される。
『相変わらず境酔いが酷いねぇ、御環は』
一緒に窓からこの境に侵入した鳩が喋る。
「み、錦さん、鳩は人の言葉を喋らないですよ...黙っててください」
『クルッポォ〜』
「クッ、はぁ、行きますよ...」
辺りを見渡せば、段々とこの境の輪郭が明確になってくる。取り囲んでいた彫像は、どうやら何かを包んだアルミホイルらしい。明らかに照明とは違う角度で光沢を放っており、それが視線のようにも感じる。
「まぁ、中身は十中八九、取り込んだ人の絞りカスでしょうね...」
『チュンチュン』
「...分かりましたよ、行きますよッ」
鳩の人形が前を歩く。その後ろを御環がついていく。
曲がり角を曲がった瞬間、鳩が止まり前を指す。首で。
『ホーホケキョ』
「...これは、どういうことですか?」
そこには、テレビで見たことがあるアイドルが倒れていた。イメージカラーの青とパッツン前髪が何故か印象に残っていた。識別名称はなんだったか。見たところ、怪我は無いが衣装は汚れ、所々破けている。
というより、ここは識の境の中であり、胃の中も同然なので、無傷でいること自体異常なのだが。
『自分で始めから、目成を召喚して偵察してれば先に気がつけましたけどねぇ』
「...彼女の処分まで、今回の任務ってことですか?」
『君に任せますよ、はは』
「任せるって、選択肢あるんですか?」
『コッコッコッ、コケ〜』
「はぁ...とりあえず、"影送、 八方塞"ッ!」
手の影で蜘蛛を描き、そこに御環の手首から血を流す。まるで糸のように。その血の糸が影の輪郭に沿うように編み上がり、影から飛び出す。その姿は、中型犬程のサイズで輪郭がインクで描かれたような蜘蛛。それを続けて四体召喚した。
「とりあえず、半径30メートルを境にする。行け!」
指示すると、蜘蛛の式紙、八方塞は各々散った。言われた通り、半径30メートルの範囲を境とする為に、糸を張って、式を織り上げているようだ。その糸は、御環の血でできている。
「あと、目成もか。"影送、目成"ッ!」
鳥の影絵に、先程とは別のパターンで血の糸を垂らす。そして、輪郭から烏の式紙が飛び出す。こちらも輪郭はインクで描いたようになっている。
「八方塞が境にしている範囲を偵察してくれ」
『了解』
指示された烏の式紙、目成は周囲を探索する。この式紙は喋れるようだ。
一通りの動作を終えた御環は息を切らしていた。
「はぁ、はぁ...」
『登竜門も越えてないのに、一度にそんなに赤糸を使うからだねぇ』
「錦さんが、その、式具の鳩を使って、偵察してくれたら、目成の分は減ったんですが、」
『クルッポォ〜。それじゃあ、格好つかないでしょう?』
「はぁ、とりあえずやりますか。"赤糸、抜刀"...」
そう御環が唱えると、再び手首から血が糸のように伸び、そして編み上がっていく。そうして短刀の形状へと形を成した。そして、倒れている彼女の元へ向かう。
『アラ?即決なのかい?人殺しなんて初めてだろ?それとも、人と関わらなすぎて他人っていう実感が湧かないか?』
鳩が呼び止める。振り向きながら、
「悩んでたら、式がブレます。今回は、これも込みの試験なんでしょう?それに人殺しは初めてじゃないです」
『今までのは、"人殺し"じゃなくて、"介錯"っていうんだよ?』
首を傾げる鳩に嫌気がさしつつ、気を取り直して、彼女の方をむくと...
「鳩が喋ってるぅう!!!!」
『カァーカァーカァーッ!』
「鳴き方もおかしい!!!」
人生で最も顔を顰めた御環であった。




