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約束

 人数は四、五人。目は濁り、理性は最初からない。


「なんでそんなツラした奴らと歩いてんだ?もっと楽しいとこ、連れてってやるって」


 視線が、露骨に真白の身体を舐め回す。

 鴉羽が凍りついた。


「……うそだろ。あいつら、よりによって……!」


 声が震えている。

 SEUの隊員である以前に、彼は“知っている”側の人間だった。

 瑠衣は、わずかに息を吐いた。


「ああ。死にたいらしいな」


「え~? なになに?」


 真白は振り返る。

 そこには恐怖も嫌悪もなかった。ただの――好奇心。


「私と、遊びたいの?」


 乗り気な反応に、男たちも紅葉する。


「お、おうよ!その格好でよぉ、あそこのホテルに行こうぜ!」


 男の一人が、調子に乗って腕を伸ばした。


 ――その瞬間。


 ズシュッ。


 空気が、裂けるような音。

 次の瞬間、男の顔から血の気が引き、膝が崩れ落ちた。


「うぎぃぃっ……!?あっ、あああああっ!!」


 男は悲鳴を上げる。

 地面に突き立っていたのは、細身のナイフ。

 狙いすましたように、膝関節の隙間を正確に貫いている。


「え~? なに、どうしたのぉ?」


 真白は、心底不思議そうに首を傾げる。

 ナイフを引き抜いた手を、ぶらぶらと振りながら。


「だってぇ、遊ぼって言ったでしょぉ?

 最初は、鬼ごっこかな~って思ったんだけど」


 血が、ぽたぽたと落ちる。

 それを見つめる真白の目は、驚くほど澄んでいた。


「な、なんだこいつ……!

 てめぇ、やりやがったな!!」


 残りの男たちが逆上する。

 恐怖を怒鳴り声で塗りつぶし、武器にもならない拳を振り上げて突っ込んでくる。


 だが――遅い。


 真白の動きは、舞うようだった。

 ふわり、と風を纏っているかのように。


「はぁい、こっちだよ~っ」


 楽しげな声。

 ナイフが閃き、空気を切り裂く。


 一人目。喉元を掠める。

 致命傷ではないが、血が噴き出す。


 二人目。脇腹を斜めに裂く。

 深くはない。だが、痛みと出血で動けなくなる。


 三人目。太ももを貫通するように一突き。

 “逃げ足”を奪われ、叫び声と共に転げ回る。


「ぎゃああああ!!」

「ひっ、ひいっ、たすけ――!」


 スラムに助けは来ない。

 真白は、まるで壊れた玩具に飽きた子供のように不満げに呟く。


「あれぇ~? もう終わり? つまんな~い」


 彼女は、ふと一人の男に目を留める。

 血まみれで呻いている男に、ふらりと歩み寄る。


 そして――ナイフを逆手に構えた。


「じゃあ、最後に一番“綺麗に鳴いて”もらおっか~? きゃはっ☆」


 笑顔のまま、ナイフを振り上げた、その瞬間だった。


 カンッ!


 金属音。

 何かが飛来し、黒羽の手元を正確に弾いた。


「――やめろ」


 凛とした声。

 それは、迷いのない命令だった。

 黒羽が視線を向けると、そこに瑠衣がいた。

 無表情で、右手に小石を持ったまま、黒羽を見据えている。


 黒羽は、一瞬ぽかんとした顔をして――やがて、くすっと笑った。


「え~、もうちょっとだったのにぃ~」


 残念そうにナイフを下ろす。

 鴉羽は安堵とも恐怖ともつかない表情で、ぶつぶつと呟いた。


「た、助かった……いや、マジで心臓止まるかと……」


 血まみれのチンピラたちは、隙を見て這いずるように立ち上がり、転げながらその場から逃げ去っていった。


「に、にげろっ……化け物だ……!」

「殺されるっ……二度と近づくな……!」


 やがて、通りには静けさが戻る。

 ナイフをぶらぶらさせながら、黒羽が瑠衣の方に向き直る。


「ねぇ、今の石、ちょっと痛かったよぉ?

 ……てことは、瑠衣くん、本気で止めに入ったんだぁ?」


「当たり前だ」


 瑠衣は冷たく答える。


「ここは“遊び場”じゃない。そんな簡単に、人の命を奪うもんじゃない」


「え~、めんどくさぁ~い」


 唇を尖らせながらも、黒羽は素直にナイフを鞘に収めた。

 血の臭いがまだ残る路地で、ナイフをくるくると回しながら、黒羽がにこにこと笑った。


「ねぇ瑠衣くん、邪魔者もいなくなったし……今度こそ、遊ぼっか?」


 声色は甘く、まるで幼い少女が友達を誘うような無邪気さすらある。

 だが、その言葉の裏にある意味を、瑠衣はすでに理解していた。


(“遊ぶ”ってのは、この間の続き……つまり、命を懸けた殺し合いだ)


 その場にある空気だけが、それを誰よりも明確に伝えていた。

 瑠衣は静かに息を吐き、黒羽の顔を見据えたまま問う。


「確認しておく。……それは、お互いどちらかが死ぬまで遊ぶって意味か?」


「うん、そうだよ~♪」


 即答だった。

 迷いも戸惑いも一切ない。あまりにも軽やかに言い切ったその声に、鴉羽が背筋をゾッとさせたのが隣で分かった。


「……なるほど。ただ、お前が負けた場合、当然、死ぬことになるが?」


「ふふっ、私が死ぬ~? ないないっ!」


 黒羽はケラケラと笑いながら首を振る。


「だって、私が勝つんだから~。そんな“もしも”なんて起きないよ?」


 自信ではない。

 それは“確信”だった。

 絶対に自分が上だという狂気に近い信念。

 瑠衣は一拍置いて、目を細める。


「……じゃあ、こういうのはどうだ。仮にお前が負けたら、俺の言うことを聞いてもらう」


「いいよぉ?」


 黒羽は即座に応じた。


「ま、そんなことはありえないけどねっ☆ きゃはっ」


 無邪気で、無防備で、致命的に強気。

 その笑顔に、瑠衣は冷たく言い放つ。


「じゃあ、さっそく――」


 そう言ったのは、黒羽だった。

 目を輝かせてナイフを握り直し、一歩踏み出そうとしたその時――


「……待て」


 瑠衣は腕を伸ばして制した。


「ただ、今はダメだ。三日後、あそこの廃れた闘技場で遊ぶってのはどうだ?」


「えぇ~? 今からじゃないのぉ? つまんなーい!!」


 黒羽がぷくっと頬を膨らませる。だが、瑠衣の表情は変わらない。


「隊員同士の戦闘は、事前に申請が必要だ。そして、それが受理されるまでにおよそ三日かかる。申請を通さずに戦闘すれば、規則違反で俺もお前も処分対象だ。最悪、追放される。それでもっていうのなら、あの()()()()()()を呼ぶぞ」


「ふーん……規則違反、ねぇ~。追放とか、どうでもいいけど」


 黒羽は鼻で笑ったかと思うと、


「……けど、チャラホスト呼ばれるのは、やだなぁ」


 すぐに顔をしかめた。

 あの序列2位(薬師寺)の顔を思い浮かべたのだろう。

 

「うー……。わかったよぉ、我慢する。ね? 偉いでしょ?」


 笑顔に戻り、瑠衣にぴとっとくっついてくる黒羽。

 しかし、瑠衣は一歩下がり、静かに告げる。


「それと……条件がもうひとつある」


「ん~? なに?」


「三日間。誰にも手を出すな。殺しも、傷つけるのも禁止だ」


「……え~っ、それも? つまんなぁーい!」


 黒羽は大げさに頭を抱え、ぶーぶーと唇を尖らせる。


 そのやりとりを、横で見ていた鴉羽は絶句していた。


「……あの黒羽上官が、人の言うことを聞いてる……それも、上官以外の……!?」


 衝撃で頭が追いつかない。

 あの“規格外の化け物”が、まるでじゃれつく猫のように、瑠衣の前では従順に見える。

 瑠衣は最後に、言い切った。


「それが守れないなら、三日後もない」


「……ぶー。でもいいや。三日後、たっぷり遊べるなら、それまで我慢しよっかな~」


 黒羽はくるくると回りながら、ふわりと夜の路地に背を向けた。


「じゃあね~、瑠衣くん。ぜーったい、約束だからねぇ~っ♡」


 その声が闇に溶けていく。

 残された鴉羽は、ようやく息を吐き出していた。



















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