第1話 首都圏陥落
西暦2012年8月25日――その日、僕の世界は終わった。そして同じ日、日本の首都圏は――陥落した。
夕暮れのリビングに、テレビのニュースの音が流れていた。
「総理、国民はあなたに問うている! 憲法9条、戦争放棄を掲げたこの国の理念を、なぜ武力行使で踏みにじるのか!」
怒号のような質問に、総理は疲れた顔で答えていた。
「グーリエ星人が我が国の領土を侵略し、国民の生命を脅かしている以上、自衛隊の出動は国防のためであります。奪われた領土を取り戻すための、正当な自衛措置であると考えております」
別の議員がすぐに言葉を重ねる。
「しかし結果は惨敗だ。九州と北海道はいまだ奪還できず、多くの自衛隊員が命を落としている。この責任をどうお考えですか?」
最近、テレビでは毎日のようにこんな議論が流れている。
グーリエ星人。異星からやって来た侵略者。九州と北海道はすでに奴らの占領下にあり、日本は奪われた領土を取り戻すための戦争を続けていた。それなのに政治家たちは、責任の押し付け合いばかりしている。
……本当に、どうしようもない。
あ、自己紹介が遅れました。僕の名前は段場隼人。十一歳の、ごく普通の小学生だ。
世界では異星人との戦争が起きているけれど、占領されていない地域ではまだ普通の生活が続いている。
プロ野球もあるし、バラエティ番組もある。娯楽がなければ、人間の心は簡単に壊れてしまうからだそうだ。
「やれやれ……この期に及んで足の引っ張り合いか」
父さんがため息をついた。大手自動車メーカーのディーラーで働く父、功史朗だ。
「自衛隊は命を懸けて戦っている。総理だって、多くの命が失われると分かって決断しているはずだ。今は責めるんじゃなくて、国全体で支えるべきだろう」
僕はテレビを見つめた。
野党議員は「武力ではなく話し合いを」と叫んでいる。……話が通じるなら、侵略なんてしないだろうに。
「ねぇー、つまらないー」
妹の静流がソファの上で体を揺らした。政治ニュースなんて、七歳の静流には退屈なだけだ。
「はいはい。じゃあ、この前買ったDVDでも見る?」
母さんが笑いながら立ち上がり、棚に手を伸ばした。その瞬間だった。テレビの画面が突然切り替わる。
「緊急ニュースです――」
ドォン!という凄まじい爆発音が街を震わせた。家が大きく揺れ、窓ガラスがビリビリと震えた。
「な、なんだ!?」
父さんが立ち上がる。
「空襲!? いや、アラートが鳴っていない……」
父さんの顔が青ざめていた。
「とにかく避難だ! 避難所は近所の空きビルだ、急ぐぞ!」
外に出ると、街はすでに混乱していた。黒煙が上がっている。遠くで爆発音が響いている。人々が悲鳴を上げながら走っていた。
「うわああん! こわいよぉ!」
静流が泣き出す。父さんが静流を抱え、僕の手を引いた。避難所へ向かって走る。だが――
「避難所が燃えてるぞ!」
指定されていたビルは、すでに炎に包まれていた。住民たちが立ち尽くしている。どこへ行けばいいのか分からない。そのときだった。
炎の向こうから、ゆっくりと歩いてくる影が見えた。白い翼。人間のような姿。だが、人間ではない。グーリエ星人。天使のような姿をしていた。
その手には、青白く光る奇妙な銃が握られていた。地面には、人が倒れていた。何人も。そして、動いていない。
「パパ……」
静流が震える。父さんが僕たちを庇うように前に出た。その瞬間――
鋭い銃声。父さんの体が揺れた。母さんも、その場に崩れ落ちる。血が地面に広がった。僕は、何が起きたのか理解できなかった。
音が遠くなる。静流の泣き声も、周囲の悲鳴も、全部遠くで響いている。
ただ……父さんと母さんが、動かない。それだけが分かった。
「大丈夫! もう大丈夫だから!」
迷彩服の女性が静流を抱き上げた。自衛隊だ。
「この先に救助ヘリがある! 走れる?」
僕は何も言えず、ただ頷いた。彼女――与儀加奈子さんに手を引かれ、僕たちは走った。
周囲では自衛隊員が住民を誘導し、グーリエ星人と戦っている。彼らは命を懸けて、僕たちを守っていた。だが…。
一発の銃声、与儀さんの体が震えた。血が飛び散る。
「お姉さん!」
彼女は苦しそうに笑った。
「大丈夫。自衛隊を……信じて……」
そのまま動かなくなった。僕と静流はヘリに押し込まれた。
扉が閉まり、ヘリが急上昇する。
窓の外、僕たちを守ってくれた自衛官が、敵に向かって走っていた。光弾が彼の体を貫いた。僕は、ただ見ていることしかできなかった。
自衛官を殺した天使の1人と、僕は目が合った。金色の瞳。まるで虫を見るような目だった。あの顔は絶対に忘れない。
その日、神奈川県はグーリエ星人の支配下に置かれた。
翌26日、千葉県と埼玉県。
27日、東京都。
わずか三日で、日本の心臓部――首都圏は陥落した。
そして……。この日、僕の中に一つの感情が生まれた。憎しみだ。
「……絶対に許さない」
父さんと母さん。僕たちを守って死んだ自衛官たち。その仇を、必ず取る。そのとき初めて、僕は心の底から思った。
「グーリエ星人を……全員、殺してやる」
グーリエ星……地球から約4000光年離れた宇宙に存在する惑星。
地球を遥かに上回る文明を持ち、エルフやドワーフなど、異世界ファンタジーに登場する種族に酷似した人種が共存している。彼らの宇宙船にはワープ機能が備わっており、グーリエ星と地球の間を約5年で移動することが可能である。
登場人物紹介
段場 隼人……この物語の主人公。2001年7月13日生まれで、当時11歳。
段場 静流……隼人の妹。2004年10月4日生まれで、当時満年齢7歳。
段場 功史朗……隼人の父。大手自動車メーカーのカーディーラーをしていた。グーリエ星人からの襲撃されても、落ち着いた態度で家族へ避難誘導をする。しかし、グーリエ星人の光弾に倒れ死亡。1972年1月31日ー2012年8月25日、享年40歳。
段場 万智……隼人の母。近所のコンビニで働くパート主婦。夫・功史朗と同じく、グーリエ星人の銃撃で死去。死の間際、隼人と静流が無事かを目で追っていた。1971年12月21日ー2012年8月25日、享年41歳。
与儀 加奈子……隼人と静流を保護した自衛官。2人を救助ヘリまで送り届けるも、敵の光弾に倒れる。埼玉県出身。1988年8月10日ー2012年8月25日、享年24歳。階級は三等陸尉。防衛大を卒業して2年目のことだった。
グーリエ星に存在する種族
天使族……白い羽を持つ有翼種。空を飛べるのが強み。大昔、信仰の対象だった。その名残で、「翼の恵」(つばさのめぐみ)という天使族を崇める宗教が存在する。




