16 再帰のパランプセスト
雅美はカフェラテのカップを置くと、品定めをするような鋭い視線を博彦に向けた。
「それで、最後はどうなるの? 散々もったいぶったんだから、納得のいく結末を用意してるんでしょ?」
博彦は一度姿勢を正し、少しだけ声を潜めた。その瞳には、単なる創作を超えた、ある種の実感を伴う熱が宿っている。
「ここで、ちょっと種明かしをさせて。実はね、この作品が完成して、僕がネットに投稿して、もしそれが運良く出版社の目に止まって映画化まで漕ぎ着けたら――」
博彦は言葉を区切り、雅美の目を真っ直ぐに見つめた。
「その時、自分と雅美のこの会話、この今この瞬間のやりとりを『サクセスストーリー』として作品の中に含めて、丸ごと上書きしたいと思ってるんだよ」
「...はあ???」
雅美の口から、心底わけがわからないといった風な声が漏れた。
博彦は構わず、指を折って数えながら一気にまくし立てる。
「そうしたら、どうなると思う? 『40の想』は劇中の映画。その制作秘話である『究極映画の光と闇』は『映画を作った映画』。そして、今話しているこの『題名未定』は、本当は『映画を作った映画を作った映画』っていう名前なんだよ。タイトルからネタバレしないように、今まで雅美には黙ってたんだけどね」
「はあああ???」
博彦は得意げに胸を張り、少年のように目を輝かせた。
「そして、二人のサクセスストーリー――つまり、このファミレスでのやりとりをメイキングとして作品に含めることができたら、それは『映画を作った映画を作った映画を作った映画』になるでしょ? どう? すごいでしょ!? 天才でしょ、僕!!」
しばしの沈黙。雅美は呆れ果てたように目を半開きにし、博彦を凝視した。
「あんた...もしかして、単にそれがやりたかっただけなんじゃないの?」
「あ、バレた?(笑)」
「アホかああああ!! くっだらない!! くだらなすぎるわ!!」
雅美の叫びが深夜の店内に響き、数少ない客が不審げにこちらを振り返る。
「ほんんんんっとくだらない!! さっきから『40の想』の映画の中身に期待したあたしがバカだったわ!!」
「ご、ごめん...(冷や汗)」
博彦が縮こまると、雅美は「もう...」「はぁ...」「ったく...」と、呆れ返りながら三回も深い溜息をついた。しかし、その溜息の終わりには、どこか呆れきれない優しさが混じっていた。
博彦が恐る恐る補足する。
「でもさ、よく考えてみて。仮にこれが映画化されて、『映画を作った映画を作った映画を作った映画』ができたとするじゃん。その映画の本当のタイトルが『40の想』だとしたら!?」
博彦はまるで図解をするかのように、テーブル上で砂糖の細い袋を四本連結させ、一本目の先端をグルッと回して四本目の後端にくっつけて輪を作り、ニヤリと笑った。
「え...?」
雅美の動きが止まる。
「『40の想』...よんじゅうのそう...四重の層!?」
雅美の顔が、驚愕で硬直した。
「つまり、これがこうなって、こうなって...」
顔は正面を向いたまま、目だけをキョロキョロと忙しなく動かし、右手の人差し指で空中に幾重にも楕円を描く。
「そして、また最初に戻って...」
「だめだめだめだめ!!」
雅美がハッと我に返り、首を激しく振った。
「そんなことしたら、わけがわからなくなる! ループはだめよ! 視聴者がついてこれなくなるわ!」
「そ、そうかな...じゃあ、ループはやめにするよ」
雅美は深い息を吐き出し、ソファの背もたれに深く体を預けた。
「それにしても、よくもまあこんなわけのわからない話を思いつくわね」
博彦の視線が下がる。
「...やっぱりダメかな? こういうの」
博彦の不安げな問いに、雅美はふっと口角を上げた。その瞳には、今度は温かな色が宿っている。
「ふふふっ。四つの物語の中では、これが一番期待できる作品かもね」
「ほんと!? ほんと!? やったー!」
「頑張って続けてみて」
「うん!」
少年のように手放しで喜ぶ博彦を見て、雅美は一つ指を立てた。
「でもさ、タイトルが『映画を作った映画を作った映画』だったらさ、ちょっと長すぎない? それに、タイトルでもうネタバレしちゃってるし」
「あぁ...確かにそうだね。さっき言った通り、僕らのこのやりとりもメイキングとして含めるなら、タイトルはもっと長くなっちゃうし」
「うんうん」
「何か他にいいタイトルはないかな?」
雅美は少し考え、窓の外を少し見つめてから言った。
「そうね...『再帰のパランプセスト』っていうのはどう?」
「パランプセスト...さっき話に出てきた、上書きできる羊皮紙のことだよね?」
「そうそう」
博彦はその言葉を口の中で転がし、満足そうに頷いた。
「『再帰のパランプセスト』か、いいね! それにしよう!!」
深夜のファミレスで、物語の本当の名前が決まった。
それは、これまでの前置きも、物語も、そしてこの会話すらも、すべてが「上書き」されるための一部であることを予感させていた。




