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第2章 関塚アキト【アイツのしわざ】

 それからゲドックスとドク者はその現場から早急に離れて、セーフポイントへと移動した。


「避難完了。これで危険シーンは免れたと思います」


モリアーノの安心した言葉を取り払うかのように班長は、


「まだ気を抜くな。物語の世界は続いている。安心は現実に戻れるまで取っておけ」


「ところであなた方は?」


 夏川のドク者らしい戸惑いにレミナが、


「私たちはあなたの命を守りに来たの。ここはあなたが入った物語の世界。あなたは危険な物語が書かれた小説、つまり〈ドク死ノベル〉をさまよっている」


「だけど私は危険なノベルにダイブしたつもりはありません。一度この物語を紙タイプで読んでいますが、グリモは乱暴に振る舞うようなキャラクターでは描かれていないのに……」


「あなたの言う通り、この物語はドク死ノベルに指定されていなかった。だけどハッカーが物語を改稿した可能性があるの。それであのグリモはキャラクター設定を改変されている可能性があるのよ」


「そんなことが可能なのですか?」


「何が起きるかわからない。俺たちゲドックスも参っているのさ」とモリアーノ。


「でも大丈夫よ。改造されたこの物語は私たちゲドックスで必ず元の形に戻してみせる。できればしばらくバーチャル・リーディングは控えて、紙の本か電子版で読んで。あなたの大事な命と、あなたの大好きなロベルトさんのためにも。お願い」


「はい、わかりました」


「とにかく今からあなたを現実の世界に帰還させるわ。あなたはさまよい状態にかかっていて自力では帰れなくなっている。私たちが無事に現実へ帰してあげる」


 さらにモリアーノがドク者に、


「それにしてもお嬢さん、あなたも残念な人だよ。ハッキング改稿に遭ってこんな形でドク者になっちまって不運だ。これじゃ今後まともにバーチャル・リーディングできそうにない。こんなカワイイお嬢さんなのに」


「そんな見方しないで。憎むべきはこのノベルワールドに手を加えたハッカーよ。彼らを懲らしめなきゃ」とレミナが躍起になってモリアーノに言うと、


「そりゃそうだけどさ」


「あんたみたいに今回の件をドク者の不運って捉えると、ろくな人間が物語の世界を守っていないって思われるわ。私たちの仕事は税金で成り立っている。もう少し慎みなさい。そうですよね、班長」


 レミナの言い分にモリアーノは舌打ちした。するとそれまで周囲を警戒していた班長は、


「そうだな……まあそうかもしれない。ところで早いところ帰還したい。何だか嫌な予感がする。モリアーノ、急いでドク者にアネスを施してくれ」


「わかりました。ロベルトファンのお嬢さん、ちょいと後ろを向いてくれるかい?」


 するとドク者の夏川は素直に後ろを向いた。すると次の瞬間、モリアーノがアネスをドク者の首元の規定位置を定めて手際よく打った。


「痛っ! それ何ですか?」


ドク者の彼女は怪訝そうにモリアーノを見つめる。


「残念だが君がこれについて興味や関心を持っても説明する義務は発生しない。とにかく君はここを出たら全てを綺麗さっぱり忘れられる装置ってこと。安心してくれ。本当に忘れるだけだ。忘れるというのは、幸せなことでもあるぜ」


するとレミナが、


「さあ夏川さん、気にせずに目を閉じて。もうすぐこの世界から離脱できるから」


「わかった。みなさん、助けてくれてありがとうございます」


 夏川は隊員たちに向かってお辞儀をしたあと、ドク者の夏川は素直に目を閉じた。するとレミナは通信機で、


「じゃあサクラさん、これよりドク者を帰還させる。転送お願い」


「了解」


 そして、ゆっくりとドク者の夏川弥生が帰還時に発生する光に包まれて現実へと戻っていく。それを見届けてしまうと、


「よし、では俺たちも帰るぞ、ツインズ、先に戻ってくれ。ご苦労だった」


「了解。失礼します」とツインズは声をそろえて先に離脱した。


 するとそのときだった。主人公のロベルトが激しい形相でこっちへ向かってくる姿が見えた。


「ロベルト、一体どうした?」


「グリモが急に怒り出した!」とこっちへ走ってきた。さっきの勇ましい様子はなく慌てふためていた。


「何ですって?」とレミナ。


「どうやら今もハッキング改稿は進行中の模様です!」とモリアーノ。


「お前たち二人が余計なことで揉めるから話が変な方に進んでいるんだ!」


 班長は声を荒げた。やがてロベルトの後ろから大鉈男が追いかけてくる姿が見えると、三人も走り出した。


「おい、モリアーノ、お前がランチャーを撃ち込め!」


「僕はランチャー苦手なんです。おい、レミナ! お前がネットランチャー撃て!」


「ダメよ! 交わされちゃうだけ! アイツ大きい割には動きが素早すぎる。動きまでハッキングされているわ」


 ロベルトとゲドックスの三名は丈の高い草木の生い茂る藪の中を、まるで無理矢理身体を押し込めていくようにかき分けながら逃げていく。


 後ろのグリモは草木を易々と踏み倒し彼らを追い詰めていく。


 すると班長が、


「サクラ、俺たちを早く帰還させてくれ。これじゃ埒が明かない」


 するとオペレーターサクラの返事は、


 「ちょっと待って。月イチの転送システムのアップロードとバッティングしちゃった。あと四十秒粘って! 別の帰還回路も検索しているから、なんとか逃げ続けて!」


「畜生、何でこんな時にアップロードが始まるんだよ。こんなに走らされるんだったら、ロビン爺は休んで正解だったな」と逃げ足はやけに速いモリアーノ。


「爺さんにグリモを狙い撃ってもらえば、事態はすぐに解決していたはずだ。こんな状況ではネットゲッターも使えん。俺たちは今、逃げる以外方法はない。何かいいアイデア思つけ、モリアーノ!」


「班長、こんなときに無理ですよ!」


 するとそのとき——レミナは地面に生える木の根に足を取られてしまい転倒した。金髪が乱れて同時に足をひねってしまい、すぐに立ち上がることができなかった。転倒と同時に思わず声を上げたレミナにモリアーノは気づく。


「レミナ!」


 モリアーノはすぐに引き返し、彼女のもとまで駆け寄って、手をさしのべようとした。


 その瞬間、モリアーノに鋭い魔力が働き、身体ごと投げ飛ばされて、大木に背中を叩きつけられた。


「痛え……誰だ? 魔女か?」


 すると静かに藪と霧の中からいつものロゴシャツをまとった魔女が姿を現し、レミナの元へ近づく。


 追いついたグリモはレミナを目の前に鉈を大きく振りかぶる。


「さて、いよいよゲドックスの女神さんが打ちのめされる瞬間よ」


 モリアーノが起き上がって近寄り、さらに後ろから主人公ロベルトと班長も追いかけてきたが、透明な壁が張られて、三人はレミナと魔女とグリモに近寄れない。


 ゆっくり近寄る魔女に対してレミナは、


「あんたの狙いは? まさかあんたがハッキングかけたんじゃないでしょうね?」


「ハッキングだって? 何の話をしているのやら」とおどける魔女だった。


「しらばくれるな!」


「あんたの組織の上の人に言いなさい。かつての『魔界Rシリーズ』を世間に戻せとね。アタイのご依頼主様からのお達しだよ。あんたたちならお安いご用のはずよ」


「それは無理よ。あのシリーズはうちの組織が必死でかき集めて排除したものだから。そんな要求には乗らないわ」


「こっちだってあれはアタイの依頼主が必死で書き上げた作品よ。名作を毒扱いして。あんたたちはどんな物語からその偽りの正義を学んだわけ? そんなひねくれた正義感で可哀想で仕方がないわ。ゲドックスの連中は全員が哀れなこと」


「いいえ。私たちには使命がある。依頼人の作家さんに伝えなさい。意図的にドクノなんて書くなと! さもなくばバーチャル・ノベルにおける表現の自由は我々ゲドックスが剥奪するとね!」


「黙れ! 私の要求を飲むか、この〝愛しき大男ちゃん〟に鉈を思い切り振り下ろされるか。よく考えなさい。十秒前待ってあげる。十秒では帰還間に合わないでしょうから。さあカウント始めるわよ」


レミナの目の前には光沢まばゆいものがあった。


「転送まであと十七秒!」とサクラからのオペレートが入ったが、間に合いそうにない。


「さよなら、ゲドックスの女神さん——」


 振りかぶっていた鉈が振り下ろされようと大鉈男の力が入った瞬間、「レミナ!」と班長とモリアーノの声が被さった。


 そのとき大鉈は勢いよくレミナに向かって振り下ろされた——。


 彼女は無念と覚悟を決めて力強く目を閉じる。するとそのまま数秒が経過した。


 レミナの中には死の冷ややかさより、生温かな感触が音を立てずにうごめいていた。これが物語世界での死——全身を力ませながら閉じていた目をそっと開くと、


「あれっ?」


 あれほど勢いよく振り下ろされたはずの鉈が彼女の顔の寸前で止まっている様子にレミナははっとさせられる。鋭い刃先である直線が止まっている。


 目の前の状況への理解が追いつかず混乱した。すると物陰からざわざわという音がレミナの耳元に届いた。


「大オトコちゃん、どうしたの? この子にとどめの一撃よ」


 魔女が催促するものの鉈はレミナから十センチもないところで止まり動かない。


 どうにもできないグリモの顔がありったけの力を込めて歪んでいるが、これ以上振り下ろせずにいる。


 もはやグリモの意思によるものではなかった。そこには魔法のような力が働いていた。


何かを悟った魔女が、


「畜生! またアイツか?」


 そのときオペレーター・サクラが勢いよく、


「転送開始!」


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