第3章 転校のベテラン【なぜかアイツも転校してきた……】
世の中の小中学生たちの多くは、夏休みに読書感想文が待ちかまえる。
ふだん読書しない生徒は手っ取り早く物語を理解しようと、バーチャル・リーディングを活用する者もいる。
特に夏休みの終わりに差しかかる八月後半はダイブが殺到し、危険指定ノベルに手を出してしまう若者らによる、さまよいの増加が毎年恒例であった。
さらに夏休みが終わると、次は読書の秋がやってきて小中のみならず高校生から大人までドク者が増加傾向になる。
ゲドックスのダイバーたちは夏の終わりから秋の終わりにかけて繁忙期を迎え、救出ダイブの機会が多くなる。ただし年末の繁忙期に入ると読書率がぐっと落ちる。そのため夏から秋の終わり頃まではゲドックスらドクアンのスタッフらに休みはほとんどない。
レミナは夏休みが明けて九月から市内の中心部に位置する中央高校へ通うこととなった。三ヶ月前に同校で第一級ドク死が二件発生し、さらに先月も一件ドク死が発生した。
そのため県教育委員会と当該高校からの要請を受け、ゲドックスの高校生部隊の身でもあるレミナは中央高校へ配属されることが決定した。
配属期間は半年の予定となり、通常と比較すれば今回の調査機関は長めに設定されている。また、その間に近くの市民図書館の巡回担当も受け持つことになる。
さっそくレミナは初登校すると校長室へ招かれた。付き添いは班長の比賀である。父親代わりではなく、あくまで担当班の上司として。
「ようこそいらっしゃいました。私は校長の塩崎と申します。どうぞよろしく」
さらに校長の隣の女性が、
「私は教頭の西光と申します。どうかよろしくお願いします」
グレーのリクルートスーツにピンクのスカーフを首元に巻き付けている教頭はボリューミーな黒髪できりっとした笑顔で二人を迎えた。
校長と教頭が横に並ぶと、二人の身分を分かっているものの、レミナと比賀には仲の良い初老夫婦にも見えた。
「読書安全対策機構の比賀と申します。よろしくお願いします。こちらは今日から貴校を担当いたします、田波と申します。本人から挨拶を」
「田波レミナと申します。よろしくお願いします」
四名はたがいに挨拶しあった。学校側の二方がゲドックスの二人よりも深くお辞儀するところに喫緊の思いが表れていた。
「早速ですが、今後の流れと対応につきましてお話しさせていただきたく思います」
校長が催促すると四名はソファに腰掛け、教頭の西光が話を始める。
右端に極秘印が押された資料がすでにテーブルに並べられており教頭の西光は順番に説明していく。
「こちらは当校で最初に亡くなった生徒さんですが、あの子はそこまで本が好きではなかったと聞いています。明るい性格でクラスでも部活動のバスケット部でも人気者だったらしくて。友達がすすめた物語を渋々バーチャル・リーディングしたのでしょうか。そのブック・データがどうやら危険対象だったみたいで、それを借りてから三日後に彼の死亡が確認されました」
さらに校長が続いて、
「非常に辛いものでした。残りの二人は読書が好きな子で恐らく読死ノベルとわかっていながら、遊び半分の気持ちもあって入ったのではないかと推測しています。生徒間でそういう取引が密かに行われている可能性もあります。図書館には地域住民もいらっしゃるので生徒のみの出入りにするか、あるいはしばらく図書館そのものを休館する方向で検討しました。でも反対意見が多かったのでこれまで通り、生徒のみならず一般の訪問者にも図書館の扉を開けています。それでぶしつけなお願いではありますが、どうか今後のあなた方の対応策をお聞かせいただけたら幸いですが」
するとそれまで西光教頭の話を黙々と聞き取っていた比賀から、
「我々ゲドックスでは学内に混乱が起きないよう、あるいは出版社と作者と関連団体の反発を受けないように、彼女が在校予定とする半年をかけて貴校の図書室と近隣の市民図書館のパトロールと内偵を極秘で行わせていただきます。また速やかに流通工作者の洗い出しと身柄の確保、さらに流通ルートの解明を速やかに行う予定です」
「当校の巡回活動は田波さんお一人で行うのですか?」と校長の問いかけに、
「はい、私一人で行わせていただきます」レミナは自信を持って答えた。
すると校長と教頭は心配そうに目を丸くしつつ顔を見合わせた。教頭から、
「おひとりで大丈夫ですか? 勘違いなさらないで。これはあなたの力量を不安視しているのではなく、あくまで人数的な事情とあなたが十七歳の女の子としての身の危険を案じているわけです」
教頭の抱える心配に対して比賀が、
「ご心配には及びません。田波は貴校で五校目の配属となります。当組織の所属三年目となり彼女の業務は我々の組織内でも極めて優秀と評されております。心配には及びません。私が責任を持って田波を貴校へ配置させていただきます。何かありましたら彼女の所属する班の隊員のバックアップもありますし、さらには当組織の各専門部門もサポートいたしますのでご安心を」
「それならよかったです。本来は大々的に担当部隊の方が危険対象ノベルを早急に捜索する場合もあると伺っていましたが、今回は事態が深刻なものですので、長期という形を取らせて本当に申し訳ありません」
するとレミナが、
「とんでもございません。これも我々の組織において、典型的なワーキングパターンです。任務に精一杯取り組ませていただくつもりです。それに昼間の私は本業の高校生として、こちらで勉学に励ませていただく身でもありますのでお気遣いなさらず。普通の生徒と思っていただいて結構です。その方が私としても気が楽です」
笑顔を添えるレミナの言葉に比賀も後押しするように細かく頷きを入れて見届ける。
「わかりました。どうかよろしくお願いします」と校長は笑顔で述べた。
ひと通りの挨拶と打ち合わせが終わると校長は現在時刻を確認する。
「それと今日はもう一人転入生がやってくるのですが、その生徒もあなたと同じ二年八組に行くことになりまして。例のドク死の生徒さんと夏休み前に一名ほど転出生徒が出たので、八組に出来た二つの空席をあなた方が埋めることになります。そちらとしてはお困りになるようなことはありますか?」
珍しいケースに直面し、比賀とレミナは一旦顔を見合わせる。だが、二人が気に掛かる点は現時点で特になかった。
「特にありません」とレミナが芽生える戸惑いを押し殺して答えた。
「それじゃあよかった。それにしても来ませんね」
〝彼〟ということは男子だとレミナは悟った。それから他愛もない話で時間を潰し始めて三分後、校長室のドアに上品なノック音が響く。
そのノックに校長が「はい」と返すと、
「校長、新しい生徒さんがお見えになられています」外から女性職員の声がした。
「はい。どうぞ入ってください」と校長が気立てのよい高い声で応答した。校長室のドアは開かれた。
レミナの目に飛び込んできたのは——約一ヶ月半ぶりに見る、すでに懐かしさの一部に昇華したはずの表情だった。
あの初夏の昼前の静かな廊下のことが蘇る——。
「あれっ? あなたは……」
「君は……た、た、田波さん?」
「関塚くん、どうして……」
「この学校に転校したんだよ。君こそ何をしている?」
「私もこの学校に転校したのよ。まさか私を追いかけてきたの?」
「そういうことじゃないよ。親の都合とか色々あるじゃないか……」
彼はレミナを差し置いて、礼儀正しく校長と教頭に挨拶した。ついでに比賀にも軽い会釈をした。
するとその会釈に応えた後で、比賀は人知れずアキトへの視線を細めていた。
「我々の配慮という訳ではありませんが、お二人は同じクラスに配置しました。どうかよろしくお願いします。田波さんと関塚くん」
校長の視線はレミナには特に深いものを向けられた。彼女もそれをしっかりと受け止める。アキトは何も知らない転校生らしいうぶな表情で過ごしている。
やれやれといわんばかりに比賀は全てを見届け、静かに溜め息をついた。
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