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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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五月雨②

「傘を忘れたって?」


 道端でひっくり返り、傘を手離したとは面映ゆい。家に置いてきたと言うのが妥当だった。


「そうなんだ。帰り傘に入れてくれよ」


 人間の鼻で天気を占おうなどと、小癪な真似がまかり通る訳もなく、町に訪れた土砂降りを前に僕はクラスメイトへ懇願するしかなかった。ただし、彼とは学区が同じであること以外、関わりはほとんどなかった。背に腹はかえられない。この豪雨を乗り切る方法として、それほど仲の良くない者と肩を寄せ合い、なかなかのばつの悪さを感じながら帰るのは、傘を忘失した阿呆の体裁を演じて濡れそぼつより遥かに有意義だ。


「いや、俺カッパだから」


 捨て身の提案がにべもなく撥ね付けられた。思春期ならではの雨を享受する青さを語れば、否応無く母のげんこつが頭に降り注ぎ、星を見ることになる。ただ、全ての選択に於いて、必ず怒声を浴びる終尾に帰結するならば、悪あがきは意味をなさない。ならば、


「職員室に行ってみなよ。傘なら、忘れ物の中から貸してくれるかもよ」


 この助言は一番の問題である、「濡れる」を解決する。こうなると、傘の紛失など屁でもない。「傘を無くしあえなく雨風に晒された」と、「人から傘を借りて無事に家に帰った」では、雲泥の差がある。


「ありがとう!」


 助言の通り、僕は意気揚々と職員室へ向かった。


「失礼します」


 整然と並んだ机に座る教師の姿はまばらで、ほとんどが出払っていた。僕は面識のある体育教師の前に行き、道を尋ねる通行人のしおらしさを装う。


「あの、傘を忘れてしまって……置き忘れの中に傘などはありませんか?」


 体育教師は直ちに渋い顔をした。それもそのはずだ。仮に傘を忘れた本人が僕の姿を見れば、すったもんだのもみ合いに発展し、責任の所在は体育教師へ向かう。


「貸してやりたいのも山々なんだけどさ」


 教師というのは、倣うべき大人の一人として立ち振る舞うべきで、悪戯な出来心で恣意に判断を下す訳にはいかないのだ。僕は見たことがある。女子生徒にベタベタと触れる教師が、全生徒から蔑視と悪罵を集める様を。


「オヤジ臭いかもしれないけど、俺の傘を貸してあげるよ」


 体育教師は私物のカバンから、茶色い折り畳み傘を取り出す。


「先生はどうするんですか?」


「赤井先生に入れてもらうさ」


 赤井とは、女の数学教師だ。僕たち生徒の間で噂程度に広がっていた二人の交際は、職員室に於いては周知の事実なのかもしれない。僕は、オヤジ臭いと称する折り畳み傘を一礼して受け取り、帰路につく。傘に当たる雨粒の音が物々しい。まるで葡萄が降ってきているようだ。傘を少し持ち上げ、愚鈍な空模様を今一度確認する。

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