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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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五月雨①

 頭上に腫れぼったい雲が張り出している。天気予報を指針にすると、思わず洗濯物を干してしまうような案配にあり、常に窓の外を睥睨する母の姿を見てからは、早く去ってしまえと思うようになった。嵐ならば、来ても構わないかな? 玄関を出て直ぐに、空気を大きく吸い込む。そうすれば、天気が如何様に動くのかをなんとなく分かったからだ。雲はあれど、雨の匂いが遠い。目を細めて南の空を眺めれば、晴れ間も拝めた。


 雨は好きではない。せっかくの一日が気怠さに満ちて何もかもやる気を失う。だから僕は、能天気に踏み出せる一歩目を何より愛した。しかし、直ぐにそれが過ちであると、前掛かりに倒れる身体をワイヤーが吊り上げるように、地面から両足が離れたことから察した。とっさに抜き手を切ると、宙へ浮いた身体はゆっくりと回転を始めてしまい、僕は頭を亀のように引っ込めた。地面に掠める後頭部を両手で守る中、近くの電柱を目視で確認する。そして、ゆっくりと前進を続けた先で、目を付けた電柱に掴まった。


「あぶなー」


 不自由な身体を漸く窘められたが、言下に気付くのである。母から持たせられた傘が、右手からなくなっていることに。


「あれ……」


 犬が尻尾を追うようにくるくると滑稽な姿を晒している間に、傘は手元を離れてしまった。直ぐに辺りを見回すが、首輪を外された愛玩動物のように、傘は空を泳いで何処かへ消えてしまったようだ。空に張った雲から母の唸り声が聞こえだし、家の中で雷が落ちる気配がした。


 昨今のあらゆる災害は、集積した過去の事例を鑑みて科学的見地から予測でき、それに対して準備をするかどうかの裁量に重きと責任が置かれている。だからこそ、皆が虚を突かれた。突如として地面から伸びる重力の縄が緩まり、平等に与えられたその身軽さは後にも先にも類を見ない事象と言え、「災害」と括っていいものか。生活の基盤となるシステムの構築を図る人間達が頭を悩ます一方で、自身の肉体を鍛え上げ、更なる限界に挑むスポーツの競技者達は人類史上稀に見る記録の更新を立て続けにし、画面越しに視聴者は悲喜交交に応援ないし野次を飛ばす。そんな平々凡々とした家族団欒に、自分の身軽さを承知した子ども達が打ち上げられた漂流風のようにプカプカと浮かぶ様子が、各家庭にて散見された。


 その愛らしさの傍らで、合併症のように頭を抱える事態に見舞われた。草陰に投げ捨てた空き缶や吸い殻。意図を汲むのに苦労する衣服の投棄。町の隅に少しずつ溜まった塵芥が、目の高さまで漂流するようになってしまう。とくに都会の繁華街は酷いもので、害虫の死骸や公然と投げ捨てられたゴミがそこらじゅうに浮遊し、人がそこを通れば轍となって新たな道を作るほど淀んでいた。行政が民間業者に清掃を委託しようとしても、どこも手一杯で忙殺を極めた。一方、片田舎のここでは、箒のように風がゴミを掃き、空中に舞った虫の死骸を啄みに鳥達が目を光らせる。雨が降った日は、一段と町が片付き、以前と変わらぬ景色を取り戻す。

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