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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
67/152

——に至る病

 被害者と加害者。弱者と強者。イジメに於ける彼の構図は覆し難く、瀬戸際まで追い詰められた人間の背中を蹴り飛ばす軽薄さによって、ニュースを賑わす話題の一つとして俗世間に消費されていく。コメンテーターはいつだって、悲痛に顔をしかめて最もらしい口吻でこう言うのである。


「イジメはれっきとした犯罪です」


 その犯罪とやらが明らかになるのは、墓をベッド代わりに飛び込んだ被害者の決死なる覚悟の後だ。口では立派なことを言っても、掃いて捨てるような好感度の点数稼ぎにしかならない。絶望と言っていい。この八方塞がりから逃れる方法は一つだけ。自室に引きこもることであった。


 両親は再三、扉越しに事情を傾聴しようとしてきたが、解決の糸口にすらならないと思い、返事を頑なに避けた。だが、一週間近くも繰り返し同じことを聞かれていると、とうとう僕の頭の方が限界に達した。教室でどのような目に遭っているのかをつぶさに語り、気持ちを全て吐露した。すると間もなくして、加害者のクラスメートが自身の両親を引き連れて家へやってきて、共々頭を下げるのである。


「自分がしてきたことを省みると、本当に柳原くんへの仕打ちは酷いものでした。自分本位な振る舞いの全てをここに謝罪します。本当に申し訳ありませんでした」


 まるで政治家の建前だけの謝意を見ている気分だ。何処からか借りて来た言葉と、杓子定規に腰を曲げたコイツを今すぐにでも唾棄し、脳天に悪罵を注いでやりたかったが、品位を落とすだけだと既の所で思い留まった。


「うん。明日から行くよ」


 歯が浮くような台詞を僕も繕い、嘘で塗り固められた実に奇妙な会談を終える。僕の両親は上記の言葉を間に受けて、膠着していた状況が進展したことを喜んでいたが、誤解も甚だしい。僕は一切、奴の謝罪を受けて入れていないし、煮え盛る怒りが胸の中に灯ったままであった。


 夜更け過ぎ、アパートの屋上で町を見下ろすのが僕の趣味であった。騒々しい昼間の雑踏とは一線を画す静けさは、町の胎動が今にも聴こえてきそうだ。道を照らす街灯の横で地面に向かって大口を開ける若者の酒気や、目の前に飛び出す猫を避けようと急ブレーキを掛ける音。あらゆる風景が粒立てて見えて聞こえてくる。この目の前の様子を独り占めにし、煩雑な考えと距離を置ける瞬間が最も心が安らいだ。


 他に類するものがない貴重な時間は、今晩をもって暫しの間、お別れになる。イジメの主犯格や両親に登校を明言してしまった以上、自分の目覚めの悪さを考慮して就寝しなければならない。再び訪れる窮屈な時間の到来を憂いて、嘆息が率先して口から漏れた。教室に足を踏み入れれば、奇異な眼差しの的となり、極めて過ごしにくい毎日が始まるだろう。

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