ひとごと④
俺達が思っていた以上にインターネットは敏感であった。エサに群がる鯉のように三島が作成した動画は食いつきが良く、堺が履いていたジャージをもとに学校は直ぐに特定され、職員室の電話はひっきりなしに鳴り続けた。全国で放送されるニュース番組にも取り上げられると、各種のメディア関係者が取材を申し込みに殺到した。俺のクラスメイトからも数人、サッカー部で起こった暴力行為について受け答えし、教室はお祭り騒ぎであった。
「お前よォ、もう少し面白い事を言えよ」
堺が受けた陰湿な心体的苦痛とは裏腹に、冗談めかしたやり取りが目の前で往来する様に俺は違和感を覚えていた。突発的に開かれる保護者説明会や、サッカー部顧問の進退への言及を保留とする学校側を非難する第三者の登場など、目まぐるしい進展が繰り広げられる中、俺は妙に平静だった。
「三島、俺はお前を尊敬する」
一時的に部活動の停止が命じられ、徒然となった放課後を件の三人で時間を潰していた。公園のブランコに跨り、一心不乱に世界を揺らす。
「いやいや、モザイクを付ける判断があったおかげで、何の問題もなく事が運んだんだよ」
こそばゆい二人の褒め合いから逃れる為に。
「これはまだ始まりだ」
三島の目に灯る野心と、葛城の際限を知らない好奇心が横並びになる。筆舌に尽くし難い暗澹たる心持ちが止み間もなく胸に降り積り、俺はぽつねんと取り残されている気分にさらされた。脇目も振らずにそれぞれが没我する事象がある現実を、斜に構え距離を置いている訳ではない。何か大事な事が欠けているような漠然とした感覚が俺を縛り付け、軽佻浮薄に喜ぶ気分になれなかったのだ。有事に際した人間の本能に基づく警戒心なのか。言語野にいくら訴えても、答えは返って来ず、盲点と呼んで然るべき不安があけすけになる。
「先ず最初に、校長「中島隆」より関係の皆様にお詫びを申し上げます」
長机を前にした校長と副校長、加害者であるサッカー部顧問が無数のカメラに向かって、頭を深々と下げる。忸怩たる思いで記者会見に出席している事を身体から示した。
「ふん」
三時のオヤツをつまみながら鼻で笑う母親に同意する。事前に拵えた文言を暗唱するだけの杓子定規な謝罪を誰が受け入れるというのだ。テレビの画面越しに消費される話題の提供者として咀嚼されるだけのチンケな光景である。
「絶対にあってはならぬ事が起きてしまい、心の底からお詫び申し上げます。皆様方にご心配、ご迷惑をおかけした事を深く反省し、徹底した再発防止に取り組んでまいります」
冷笑をもらしながらも、母親は記者会見に睥睨を送り続ける。俺は居間を出て、二階にある自室へ移動した。日曜日の昼下がり、これほど微睡むような時間と接するのは久方ぶりである。身体を動かす事への強い思い入れも、ボールを蹴って得る楽しさも久遠の昔に置いてきた。もはや腐れ縁と呼んで久しい関係にあった、「サッカー」という競技への未練はあまりない。第三者委員会の介入とサッカー部顧問の懲戒免職がニュースを通じて伝えられると、世間の関心は瞬く間に次へと移っていく。それは、水溜まりを見つけた稚児の乱痴気騒ぎを間近で見たかのような、取り付く島もない光景であった。
燻る火種の後始末に奔走する教師達とは対照的に学生である俺達は、季節の折り目に訪れる一つの行事のように立ち回った。そして、部活動の再開が程なく予告されると、俺はグラウンドでボールを蹴っている姿が容易に頭の中で浮かんだ。時間の流れは残酷ではあったが、前に進む為にも欠かせない現生人類の指針であり、清濁併せ呑む。
「そっち、マーク緩いぞ!」
著しく鈍化した頭で甲斐甲斐しくサッカー部顧問の練習内容をこなすだけの家畜の苦労と縁を切り、極めて健やかに汗を流し、知行を育む部活動がここにはあった。一見すると、過不足ない健全さに満ちていたが、確実にとある事が欠けていた。目視して漸く俺は気付けたが、他の皆は誰一人顧みず、ひたすら目の前の環境を謳歌している。
「ヘイ、ヘイ! こっち出せよ!」
周囲を見渡し、目敏くいればいるほど、被害者である「堺」の不在に胸が詰まった。俺は今の今まで、「堺」を理解を超えた超常的な存在として認識していた。だがそれは、他人の衆生に身をつまされる事を嫌った俺の悪癖に違いなく、他人と深い関係に至れない理由でもあった。今ならば「堺」の気持ちが痛いほど解る。この集団に混じってあっけらかんと振る舞うことは、筆舌に尽くし難い嫌悪感を催し、その面の皮の厚さに絶望に似た何かを感じるはずだ。諸悪の根源であるサッカー部顧問と共に、影も形もなく姿を消した「堺」を他人事のように語る人間すらいないのだから。




