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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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とある六回忌③

 昇降口から正面切って入っていこうとすれば、ガラスを散開する無法者の影法師が月明かりに浮き彫りになる。俺達はあくまでも、風化していく様を記録する為に遣わされた使者に過ぎない。万が一にも、母校を荒らすような事があれば、その体裁はクラスメイトという枠組みを外れて、蔑視の対象へと鞍替えする。それは避けねばならない。


「なぁお前は何処から入ったの?」


 傍らの先人に尋ねると、ふらふらと目の前を田頭が横切り、校舎の裏手の方へ歩いていく。この酔っ払いを水先案内人とするには、なかなか不安が残るが、ぐちぐちと不満を漏らすより黙してついて行く方が建設的だろう。


 足並みが途絶えた学習室の侘しさは、シャッター通りを眺めているような気分にさせられる。食物学習室に生物学教室、極東まで行くと赤茶けたベッドが並んだ保健室に辿り着く。そこは生徒らがこぞって憩いの場にしていた楽園だ。今では見る影もない、荒涼たる風景となり、万感が浮かぶより先に「汚い」という感想が頭をよぎった。


 採光に困らない四面の大きな窓ガラスは保健室の特徴の一つであったが、半端に割り振られた上部の小さな窓ガラスに目がいった。大人が一人通り抜けられそうな寸法である。当然ながら、四面の窓ガラスは施錠されていて、上方の窓ガラスに灯りを当ててやると、手垢がべたべたと浮かび上がった。


「ここなんだ」


 窓のサッシを腹に食い込ませて、やじろべえのようにバランスをとる滑稽な姿は、同窓会に供物を捧げんと努力する殊勝さの表れである。小窓を通り抜けると、今後一切の干渉をしないと誓った卒業式以来の校舎に足を着けた。原型を留めつつも、剥落した壁の様子や、当時感じる事のなかった砂利道を歩いているかのような靴底の感触は、そこが破棄された場所である事を雄弁に語る。


 汚れを払い落とすように、先ずは最上階に当たる五階を目指そう。階段を登り始めて三度目の踊り場に足を掛けたとき、上の階段から降りてくる足音と鉢合わせた。足音の響きを気にしない歩調の速さは、コソコソと廃墟に潜り込んだ俺達には再現できぬものだ。それはつまり、正規の理由でここにいる証であった。もし仮に脱兎の如く走り出せば、有無を言わさず公的機関のお世話になるかもしれない。巧言令色は当たり前、廃墟に侵入した身持ちを如何に納得させられるかが問われる。俺は息を呑んで舌を巻く準備をしたが、顔に当てられたライトの光が言葉を白く飛ばす。


「君」


 光を嫌って窄んだ瞳孔に合わせて、手をかざすして影を顔に落とす。これから先、飛んでくるであろう叱責の数々を想像し、俺はすっかり身を縮めた。


「もしかして、ここの出身者かい?」


 梅雨払いされたように視界が開ける。俺は藁にもすがる思いで返す。


「そうです!」


 疚しさに下げていた顔を拙速に上げ、空目使いする。ライトを片手に作業着姿の男が一人、そこには立っている。霜の掛かった頭と、顔に深く掘られた皺から二回りほどの歳の差を看取する。

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