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彼岸よ、ララバイ!  作者: 湯ノ村
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果ての果て①

 微睡みから覚めるように、目を大きくやおら開く。脇に連れ添って歩く原付バイクへの慈愛か、それとも諦念か。馬齢を重ねた原付バイクがいつどのようにして動かなくなってしまうか。鬱々としながら跨っていた。だがしかし、まさかよりにもよって、山中で挽歌を聞くはめになるとは思わなかった。気まぐれに設置された街灯は、海底トンネルの入り口と出口ほど間隔を空けて置かれており、いくら夜目を働かせども私が見通せる闇はそこになかった。不幸中の幸いか。つづら折りの急な坂道はこの原付バイクが既に片をつけた後である。眼前に伸びる緩やかな下り坂は丁度、原付バイクを押して歩ける案配にあり、次の街灯の下まで行くのに然のみ苦労しなかった。いつ崩れてきてもおかしくない岩肌と、絶壁を縁取るガードレールの向こうに広がる無数の木々は、異様な迫力をもって私の周囲を囲っている。


 私は根っからの現代に即した人間である。煙を愛好し時間をしらみ潰す時代は去って、肌身離さず携帯する電話が取って代わった。しかしながら、文明機器の弱みがここに来て露呈した。この手持ち無沙汰を埋め合わせるのはいつだって携帯電話であったことから、禁断症状さながらに触ってしまう。暫くして、私は今ある状況を改めて確認した。一つは、下山する体力を有していないこと。もう一つは、三十分も同じ場所に鎮座しながら未だ人とすれ違うこともないこと。


 山肌と木々に接した人気のない道路を一人ぽつねんと立ち尽くす私には、そこが途方もないジャングルの奥地のようにも思え、ある言葉が頭をよぎった。「遭難」という二文字だ。ポツポツとにわか雨を浴びたかのように背中は濡れ出して、額から顎にかけて大粒の滴が道を作る。慌てふためくというより、静観に近い形で焦燥を滲ませている。しずしずと現状を憂う私をよそに、山中の雑多なさざめきは鳴り止む気配がない。それは時折、声のようにも聞こえ、指が震えだす。街灯の明かりがチカチカと呼吸するかのように明滅を始め、次第に弱くか細い光の玉へ変わっていく。そうして私は再び、暗闇へ包まれた。


「えぇ、そうなんですよ。過払金の件で」


 四つの固定電話は六畳一間の一室に寄り集まった男たちの声色をそれぞれの都合を加味し調子を合わせる。一人は臆面もなく弁護士を名乗り、一人は自嘲気味に保険屋を名乗った。残る二人は、まるで見目知らぬ何処ぞの息子を演じている。日中の強い日差しを忌避する分厚いカーテンは、我々の行いを首尾良く終わらすための縁起を担ぐためでもあったが、ほとんどは寝不足による合併症だった。


「では其方に十五時頃、伺いますので。はい、失礼します」


 折り目正しくはからった直後、私は息を吐き捨てた。その不快感たるや、容易に人へ伝播し、舌打ちや貧乏ゆすりなどの類型的な苛立ちを発露させる。その結果、ほぼ同時に電話を終えていた仲間の一人が口を尖らせて足を神経質に組み直し始めるのを見た。


「失敗?」


 慮れと言わんばかりに閉口しながら睥睨された。まともな見地を持ち合わせていない私達が誑かすのは、社会的弱者や世間一般から阿呆だと罵られる些か思慮深さに欠ける者共だ。幸い、この世にははいて捨てるほど、馬鹿が際限なく見つかる為、いつの時代も私達のような裏稼業は廃れることがない。それを嬉々として教授し、人生を謳歌するのは難しいことではない。さながら雨の中で傘を差して歩く事と変わりなく、時折落ちてくる雷を横目にする程度の危険さと付き合っていくだけだ。それでも、人間は孤独を甘んじて受け入れることができない動物だ。後ろめたいことがあれば尚更、仲間ないし同志が必要になるのだ。私には三人の仲間がいる。人吉一馬は、人の機微に敏感に反応し、言葉を選りすぐるきらいのある男で、疑問に思うことがあると熟慮を重ねてニコチンを大量に摂取する。池田統一は、不平不満を全く包み隠さず態度や口に表す。それは舌禍となり、思わぬ不和を生み出すが、喜びを共有するならば池田統一は欠かせない。金田正良は、私達にとって綱要に当たる役回りにあり、集団を束ねるための処世術を心得え、職種に応じたテキストを用意し指導する。


「それじゃ、行ってくるわ」


 私達は個人主義でありながら、運命共同体の側面を併せ持つ。互いに頸木をもたらす禍根の存在として、ある種の信頼と呼ぶべき強い繋がりを介在させる。一人が外へ行くと言えば、その者の行く末を誰よりも案じ、送り出す。


 昨今、古びた家屋が露悪的に映るほど、一軒家や集合住宅は軒並み真新しく建て直されており、私達の巣であるアパートは前途の通り二目と見ていられない。私が今から跨ろうとする原付もまた、このアパートと似て見窄らしい。アクセルを握り込むとマフラーは老いらくに咳き込み、車体が心不全めいた不規則に大きな揺れを起こす。暴れ馬さながらのソイツを乗りこなすのも慣れてしまった。騎乗に於ける心配はないが、それを跨いだ私の身の上は砂上の楼閣に等しい。それでも、スーツに合わせて短く刈り上げた頭は、営業マンたる体裁に見合う風貌であることは、今までの経験から解っている。目的地はそう遠くない。

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