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12、朝を待つ

ぱちりぱちりと火が音を立てて燃え、闇を喰らう様にあたりを照らしている。村人たちがなんやかんやと騒いでいる中、南の森の入り口に一番近い場所に立った男は、森を睨みつけていた。ココア色の髪が光を浴びて燃え上がるような色合いを見せている。


「・・・ファレルさん」


「・・・・・・」


 村の司教、ロジックの呼びかけに無言で振り返った男・・・現在村長を務めているファレル・ルウェリンのその瞳の険しさにロジックは思わず言葉を飲み込んだ。いつも穏やかな分、その差に怯んでしまったのだ。それと同時に、ロジックは五年前のことを思い出す。


 五年前、上級魔族が現れた時のことを。あの時も、ファレルは今にも目の前の人々を殺してしまいそうなほどの眼光をたたえ、黙って敵を睨みつけていた。


「奥様が落ち着かれたそうですよ」


「そうか。知らせてくれてありがとう」


 事が発覚したのは夕刻のことだった。村の子どもたちが、慌てた様子で教会に駆けこんできたのだ。焦って、上手く言葉に出来ていない彼らを落ち着かせ、話しを聞いたロジックは顔を青くした。領主の子どもであるデュランとフェリシアが、あの南の森に入ったのだというのだから当たり前だろう。彼らがいうには、デュランがフェリシアを連れてきたのだが、何故かフェリシアが泣いて駆けて行ってしまったのだという。デュランはすぐにそれを追いかけ、少し遅れてから子どもたちもデュランを追いかけた。


 フェリシアはまだ幼いし女の子である。毎日きっちりと鍛錬をしている上に男の子である、デュランが追いつけないはずはなかった。けれど、フェリシアは予想以上にすばしっこく、誰も止める間もなく南の森に入って行ってしまったのだという。そしてデュランも、迷うそぶりも見せずに追いかけて南の森へ入っていったらしい。流石に、子どもたちは入ることは出来なかった。この村で育つ子どもたちは、生まれた時から南の森には決して入らないようにと口酸っぱく言われているからだ。


 南の森に入らなかった子どもたちは、入口でデュランが戻ってくることを待つことにした。彼らは、デュランが父親である領主に連れられて南の森に何度か入っているのを知っていたからだ。フェリシアを捕まえ、すぐに戻ってくるだろうと予想したのだ。親たちに知らせれば、デュランやフェリシアだけではなく、子どもたちもまたこっぴどく叱られてしまう。それが怖くて知らせに行けなかった。


 最初はすぐに戻ってくるだろうとのんびり待っていた彼らだが、いくら待っても帰ってこないデュランたちにどんどん不安が募っていく。南の森は魔が支配する森。陽が出ているうちでも危ないと言うのに、陽がくれれば危ないどころの話ではなかった。一歩踏み入れただけで、死んでしまうという噂があるほどだ。もしや、デュランたちに何かあったのではないか。不安に苛まれた子どもたちが頼った先が、教会だったというわけだ。


 ロジックは、村の大人たちの中では少し適当なところがあり、子どもたちにも甘い。子どもたちは、教会に行くたびにお菓子をこっそりくれるロジックが大好きだった。泣きながらそう話す子どもたちに、ロジックは慌てて表を歩いていた村人に訳を話た。すると村人は真っ青になって、屋敷にそれを伝えに行ってくれたのだ。


 知らせを聞いた領主の愛妻、リリアンは愛しい子どもたちの危機に血を引き、倒れかけたという。それでも気丈に指示を飛ばすと、すぐに出張に出ていた夫へと電報を飛ばした。その間にも話の広まった村では、すぐに南の森の入り口に緊急対策として色々と用意した。たき火から、夜中ここで待っていられるようにテントを張った。


 領主、ファレルが戻るとリリアンは緊張の糸が切れたのか、泣き叫び錯乱状態に陥ってしまった。ファレルは、子どもたちの名前を呼びながら泣き叫ぶリリアンを抱きしめると、乳母のアーテルに彼女を任せ、自分はすぐに村人たちに礼を言い、今日は捜索はしないと告げ、それからずっとこうして入口から南の森を見ていたのだ。


「私はあの子たちが簡単に死ぬことはないと思っているんだ、ロジック」


「ええ、デュランくんもシア嬢さんも聡い子ですからね」


「ああ・・・二人とも頭が回るから、何とかしているだろうと思う。特にデュランには魔除けの木も教えてあるしな。

 ただ、心配なのは」


 ふっとそこでファレルの表情が少々和らぎ、困ったように肩をすくめてみせた。


「デュランもシアも、寂しがりやだということだな」


 泣いてるかもしれんな、と先ほどの険しい表情から一変させて笑うファレルに、ロジックは軽く頷いてみせた。何といっても、二人ともこの豪胆な領主の子どもなのだ。毎日、教会へ通い詰めて勉強をする勤勉でいい子なのである。


「そうですね。今は心配よりも二人を信じてまってあげる方が大事なのかもしれない」


「私は一度リリーを見に行く。ロジック、悪いがあの子たちが帰ってきたときのために、ここにいてやってくれるか?」


「ええ、もちろん」


 南の森に背を向け、炊き出しをしつつも心配そうにしている村人たちに礼を言いながら、ファレルが屋敷に向かっていく。それを見ながら、ロジックも軽く微笑んだ。


 今は信じて待つしかないのだ。そう・・・たとえ、その森が‘死の森’と呼ばれる、国でも有数の危険地帯だとしても。






 冷たく、森の匂いを孕んだ風が、巨木の洞に寄り添うようにして眠る兄妹の目を覚まさせた。軽く唸りながらデュランが目を開け、腕の中で眠る妹、フェリシアの顔を覗きこむ。フェリシアは、目覚めたばかりでぼんやりしているのか、ゆっくりと何度か瞬きをしている。ぷっくりとした唇は小さく開き、眠たげな若草色の眼はデュランを見上げ、無垢な表情をしている。


(っ、寝起きのシアをこんなところで見れるなんて・・・ああ、すげぇ可愛いんだけど)


 ぎゅぎゅぎゅぎゅーっと抱きしめたくなる衝動を抑え、でれっと下がりそうになる口角を抑えながらも、デュランはなんとかいつもと同じ少しつんとした表情をフェリシアに向けた。


「おはよう、シア。寝れたか?」


「・・・おはよう、デュラン兄様」


 まだ寝ぼけているのか、ふにゃりと頬を緩めていったフェリシアに、デュランはたまらなくなってぎゅぅぅううっと抱きしめた。今まで意地を張っていたのが馬鹿みたいだ。こうして寝込みを襲えば、一発で可愛い妹が見れるなんて。


 昨晩、じっくり話し合ったのもよかったのだろう。やはり感情に疎かったフェリシアに、基本の喜怒哀楽を頑張って教えたのだ。時間はかかったものの、寝るときにはフェリシアの‘ありがとう’とぎこちない笑顔が見れたのだから、儲けものだろう。


 まさか兄がそんなことを考えているとは全く考えていないフェリシアは、抱きしめながらもぼんやりと昨夜の話し合いのことを思い出していた。わからないことは全部聞け、と言われたとおりにフェリシアは感情とは何かということから、基本の感情だという喜び、怒り、哀しい、楽しいという四つを徹底的に教えてもらった。デュランは以外にも説明が上手く、フェリシアの好きなモノや嫌いなモノを使って、上手に教えてくれたのだ。


(昨日、村の子どもたちの前に連れてかれた時、私は悲しかったのかな)


 デュランに教えて貰った感情の中では、哀しみが一番近い気がしていた。昨夜、デュランは悲しいと言うのは、フェリシアが大好きなアーテルが作るパイが、他の誰かによって全部食べられてしまった時の気持ちだと言った。あの時・・・フェリシアは優しくなっていたデュランが、やはりフェリシアに意地悪をすると思った時はその気持ちに近い気がするのだ。泣きだしたくて、叫びたくて仕方がない。そんな気持ち。


 それをデュランに言えば、デュランは驚いたように軽く目を見開いた後、嬉しそうに笑った。曰く、フェリシアがデュランに感情を持ってくれたことが嬉しかったらしい。


(・・・やっぱり人間は難しい)


「シア、そろそろ行こうか。おれが先に出るからな」


 黙ったままのフェリシアを、心行くまで楽しんだデュランが爽やかに言って洞からひょいっと飛び降りる。地面と少し距離があるが、デュランは難なく着地して洞の中のフェリシアを抱き上げて、優しく降ろした。


「ありが、とう?」


「うん、よくできました。今のはそれであってる。じゃあ、シア、手を絶対に離すなよ」


 昨夜、デュランはフェリシアに、これからはわからなくてもちゃんと感情をなんとなくでもいいから出すようにと言った。間違えていれば、デュランがちゃんとなおすし、わからなさそうだったら教えるからという言葉にフェリシアは、少しづつ言葉にだそうと心に決めたのだ。


「兄様、方向はわかるの?」


「ああ、この時間なら太陽の方向に進めばいいんだ」


 フェリシアよりもずっと大きい手に手を握られ、森を歩き始める。デュランは慣れたように、拾った木の棒で草を掻き分けながら進んでいく。昨日の夕暮れには、気持ち悪いぐらいに感じた魔物たちの気配は、しんと静かになっていた。たまにこちらを伺う様な気配があっても、決してこちらには近づいてこない。


「・・・父様と母様には絶対怒られるな」


「怒る?」


「だって、南の森には入るなって言われてただろ。絶対に心配されてるはずだし、命を危険にさらしたことを怒るはずだ」


「うん」


 人間は弱い。だから命を粗末にすると怒られるし、怒るのだ。それぐらいはフェリシアにも理解できた。


 昨日は泣きながらも歩いた森を、今日はデュランに手を引かれて歩いている。ただそれだけの変化なのに、フェリシアは安心を感じながら足を動かし続ける。デュランもまた、手の中に感じる小さな温もりにほっとしながらも、出口へ向かって歩き続けていた。


 一時間ほど歩き続けると、森が浅くなり、木々が低くなってきた。地面に小さな花たちも見える。出口に近づいてきたのだとわかると、二人が進むスピードは速くなる。


「あ、兄様、あそこ!」


 南の森の入り口にたつ、看板が見えてフェリシアが声を上げれば、デュランも頷き二人で一斉に駆け出した。まだ朝早いからか、森へ入るゲートは開いていない。


「シア、せーので押すぞ」


「はい」


 せーの、というデュランの掛け声で、ゲートを押せば、ぎぎぎっと錆びついた音がしてゆっくりとゲートが開いていく。子ども一人通れるほどの隙間から、二人が出ていくと、ゲートの前で武装して今にも乗り込んでいきそうな状態になっていた村人たちが目に入った。


 彼らは、ゆっくりと開いたゲートから出て来た二人を、幽霊でもみたような顔をして凝視する。


「あ・・・あー、悪い、迷惑かけてすまなかった」


「ごめんなさい」


 村人たちの反応に、デュランが気まずげに言い、フェリシアもその隣で頭を下げる。


 南の森に一晩いたはずの二人は、どこも目立つような怪我はなく、少し汚れているだけだった。




ここから徐々に主人公が感情を出しはじめます。

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