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初めてのライブという緊張感も薄れてきたと感じられるようになった頃、もう残りの演目は最後の一曲だけとなっていた。
「えっと、みなさん、今日はありがとうございました。次で最後の曲となります」
「え~~~~っ!?」
「もっと歌ってよ~!」
私の言葉に、不満を漏らす観客の声が聞こえてくる。
観客のみなさんが私の歌に満足してくれているという証拠だろう。
私自身としても、もっとたくさん歌いたい気分ではあった。
とはいえ、まだまだ持ち聖歌も少ない私。これが精いっぱいだった。
聖歌は基本的に、巫女本人が作詞作曲する習わしとなっている。
そしてそれらの曲が、神様の想いを乗せた聖歌として、多くの人の耳に届くこととなる。
だからこそ、中途半端な聖歌は作れない。
一曲一曲に心を込めて、詞とメロディーを想いの糸で丁寧に編み上げていくのだ。
「ごめんなさい、まだ曲数も少ないの。その代わり、一生懸命歌います! 『夕焼け色に包まれて』、聴いてください!」
曲紹介の声に合わせるかのように、蓄音樹からは黄昏色に染み渡っていくかと思えるほどの、しっとりとした爽やかなメロディーが流れ始めた。
興奮冷めやらぬ気持ちを抑え、観客たちは静かに目を閉じると、曲に聴き入る体勢を整えているようだった。
これから始まる私のラストソングに期待してくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
そうやって集中して聴いてもらえることに、心の奥底から温かな喜びの念が湧き上がってくる。
だけど、それと同時に、もうこれで終わりなんだ、という少し寂しい気持ちまでもが芽生えてきた。
……ううん、違うよね。
ここから新たな未来が始まっていくんだよね。
きゅっ。
未来がこぼれ落ちていかないように、両手でマイクをしっかりと握り直す。
続けて、私も観客のみなさんに倣ってそっとまぶたを閉じ、前奏に耳を傾けた。
緩やかなメロディーに身を委ね、自然とそのリズムに合わせて体を揺らす。
そのとき、観客と私は一体となった。
目を静かに開き、最初の一音を紡ぎ出す。
『そよ風ささめく野原に 響き渡る明るい声
いつまでも消えないように 駆け回っていた
時間は今日も私たちを 残して流れゆく
いつまでも変わらぬように 笑いかけながら
傾く日差しに ひぐらしたちの歌声
楽しい思いに後ろ髪を引かれながら 帰ろう』
サビへとつながる盛り上がりの中で、全員の心がひとつに重なる。
手をつないで輪になって踊っているような、そんな感覚。
楽しい一日の締めくくり、ちょっぴり切なさも含んだ、夕暮れのひととき。
このライブが終わったあとには、きっと温かな余韻を噛みしめたまま家路に就くのだろう。
そんなみなさんに、心を込めて。
私は歌う。
『手をつないで歩く 夕暮れの小道
明日もまた一緒に 笑い声を奏でられるかな
ひとり、またひとりと 別れゆく先に
温かな明かりのこぼれる我が家 ただいま』
温もり溢れるスープがみなさんの心を癒してくれるように。
歌声に乗せて、私は真心を届ける。
今日はライブに来てくれて、ありがとう。
また遊びに来てくださいね。
これからも、よろしくお願いします。
そんな気持ちを乗せて、私の歌声は風をまとい会場全体を包み込む。
教会のてっぺん――鐘突き堂の屋根の頂上に立てられた大きな十字架が、夕焼けのオレンジに染め上げられ、私に微笑みかけてくれているかのように優しく輝いていた。
☆☆☆☆☆
ツーコーラス目に入っても、私は落ち着いた歌声を響かせていた。
お客さんはみんな、目をつぶって私の聖歌に聴き入っている。
もう少しで終わりなんだ。
無意識の安堵感が、緊張の糸をプツッと切り裂いてしまったのかもしれない。
『どんなに悲しい 思いに囚われていても
明日へともに歩いてくれる仲間が そばにいる
……………』
サビへと差しかかる、まさにそのとき。
続きの歌詞が、出てこなかった。
焦りが私の心をわしづかみにする。
観客たちも、異変に気づいて目を開け、こちらに視線を向け始める。
……ダメ……、出てこないよ……。
大切な、初ライブなのに……!
歌詞が浮かんでくることのないまま、空しくメロディーだけが流れゆき、結局、サビの部分は丸々無言で終わってしまった。
悔しさで涙が込み上げてくる。
「……ごめんなさい……」
思わず言葉がこぼれていた。
「……頑張れ、チュルリラちゃん!」
「大丈夫だよ! キミの想いと歌声は、充分俺たちに伝わってるから!」
観客のみなさんから、そんな応援の声が沸き上がる。
間奏が終わりを迎える頃には、声援は合唱のように力強いハーモニーを奏で、私に歌い続ける勇気を与えてくれた。
……そうだ。私は歌わないと。
お客さんが求めているのは、謝罪の言葉なんかじゃない。私の歌声なんだ!
『手をつないで歩く 夕暮れの小道
明日もまた一緒に 笑い声を奏でていこうね
いつも、いつまでも 忘れないでいて
温かな明かりのこぼれる我が家 ただいま』
熱い応援の声に支えられ、結びの歌詞は私の唇から自然と飛び出していった。