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元来、人々が集まる町や村は、教会を中心に構成されるのが常だった。
多くの人が集まれば、争いやいさかいはどうしても起こってしまうもの。
全体を取りまとめる長の存在が必要になってくるのは、至極当然のことだと言える。
その役割を担っているのが教会だった。
宗教的な理念を広めるといったことよりも、町や村をひとつにまとめ上げ、住みよい社会を形成することが主な目的となっている。
古からの流れを受け継いだ、教会を中心としたそういう町や村は、今のこの時代でもまだまだ多い。
とくに小さな田舎村では、ほとんどがそうだろう。
そんな田舎村であるベルカント村の中央に、ひっそりとたたずむ聖ベルル教会。それが私の家だった。
私――チュルリラは、教会の娘として生まれた。
ひとつ年上のチェルミナお姉ちゃんとともに、巫女としての教育を受けながらも、のんびりとした村の雰囲気と温かさに包まれて暮らしてきた。
教会の巫女には、重要な使命がある。
それは、聖歌巫女として舞台に立つことだ。
教会を運営するための資金は、信者からの寄付金でまかなわれる。
とはいえ、もとより貧しい田舎村でしかない、ここベルカント村では、善意の寄付だけで成り立つはずもない。
いくら教会といえども、なにもせずに勝手にお金が集まってくるわけではないのだ。
そこで、巫女によるライブを開催して、参加費を募っている。
たとえ貧しい村であっても、人々にとって娯楽は必要なもの。
ライブを開催するのにも費用はかかってしまうけど、多くの人に楽しんでもらえればそれでよかった。
そのため、事前の営業なども積極的にこなしている。
なお、私は村の中での活動だけでなく、巡業として近隣の村や町に出かけることも多かった。
村の外からわざわざ来てくれるような裕福な人こそ、教会が一番求めているお客様ということになるからだ。
こういう言い方をすると、ライブがただのお金稼ぎでしかないように思われるだろう。
正直なところ、私自身も否定はできないと思っているのだけど……。
ともあれ、聖歌巫女のライブには普通のライブとは明らかに違う部分がある。
巫女が歌う聖歌には、特別な力が込められるということだ。
聖歌巫女は神様の御力や想いを聖歌に乗せて、聴いてくれる人たちに届けるという役割を持っている。
聖歌を聴いた人たちは、温かな気持ちや安らいだ気持ちを感じることができる。
その見返りとして、参加費と善意の寄付を受け取る、という形になっているのだ。
ライブに来てくれた人には、聖歌を聴いてもらうだけでなく、お土産として食べ物を配る習わしとなっていて、その用意も前日からしてあった。
どんなお土産かは毎回変わるのだけど、今日のライブで用意されたのは、赤と白に色づけられた二個のおまんじゅうだった。
今日は私の初めてのライブ。いわば無名の新人歌手のデビューイベントといった感じだ。
私はこれまで、近隣の都市や村々を回って、巡業を繰り返してきた。
それでも、村の外部から来てくれた人の数は多くなかった。
だけど私は、観客たちからの大きな歓声を一身に受けて、幸せを噛みしめていた。
ここから私の聖歌巫女としての本格的な生活がスタートするのだという、夢と希望に満ち溢れた大きな幸せを――。
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聖歌巫女には通常、マネージャーがついていて、スケジュール管理や衣装の準備など、様々なことを任せている。
今も舞台の袖から見守ってくれている、マニスという女の子。おかっぱ頭をサラサラと揺らしている彼女が、私のマネージャーだ。
マニスは私よりふたつ年下ではあるけど、落ち着いていておとなしい印象を受ける。
背がすごく低いということもあってか、実際の年齢よりもさらに幼く見られてしまうを、本人は随分と気にしているようだった。
……気にしているのなら、おかっぱ頭をやめればいいのに、と思うのだけど。
マニスと同じように舞台袖から見守ってくれているお父さんは、聖ベルル教会の神父だ。
のほほんとした雰囲気で、いつも優しい笑顔を浮かべている。
私が生まれてすぐの頃、妻――すなわち私のお母さん――に先立たれてしまったというお父さん。
普段は決して表情に出さないけど、やっぱり寂し思いはしているんだろうな。
そんなお父さんは神父という立場上、特別な事情がない限り、教会から離れることができない。
だから、私の巡業はマニスとのふたり旅になる。
最初の頃は、見ず知らずの場所に足を運ぶのだから危険なこともあるかもしれないと怯えていたのだけど、どの町や村に行っても、私たちは温かく迎えてもらえた。
ところで、聖歌巫女になるのは通常、教会の娘である。
そして、私にはひとつ年上のお姉ちゃんが存在する。
それならばそのお姉ちゃんはどうしているのかというと、もちろん私より一年先輩の聖歌巫女としてしっかりと活躍している。
といっても、お姉ちゃんは私とは少し異なった環境にある。
バンドを組んでいるのだ。
聖歌の演奏は、あらかじめ音楽を記録できる「蓄音樹」という道具に録音し、それを再生装置にかけて流すのが一般的だ。
蓄音樹というのは、年輪に音楽を記録しておける特殊な木で、やまびこはこの木の特性によって起こる現象だとも言われている。
私の聖歌の伴奏も、そうやって蓄音樹に記録した音を再生しているだけだった。
一方、お姉ちゃんはバンドによる生演奏で歌うことを選んだ。
単純にカッコいいから、という理由でバンド始める若者も多いのは確かだけど……。
普通の音楽活動ならば問題はなかっただろう。でも、お姉ちゃんは聖歌巫女なのだ。
さらに、バンドのメンバーは村の住人ではあるものの、巫女というわけではなかった。
そういった部分も含めて、お父さんはあまり快く思っていないようだった。
もっとも、面と向かってお姉ちゃんにそう言ったわけでも、やめさせようとしたわけでもない。
お姉ちゃんのバンド『チェルシーミルキー』がこの一年、教会の運営資金を得るためにどれだけ貢献したかを考えれば、むしろ歓迎するべきなのかもしれない、そう思ってすらいるはずだ。
実際、ライブを終えたバンドのメンバーたちに食事を振舞ったりもしているのだから、今ではもうチェルシーミルキーとして活動することに反対してなどいないのは一目瞭然だった。
ただ、ビジュアルを意識するお姉ちゃんのバンドは、いやらしい印象とまではいかないものの、かなり露出の激しい衣装でも話題を呼んでいた。
それが父親としては許せない……いや、心配なのだろう。
お姉ちゃんが歌う姿をカッコいいと感じて、惚れ惚れした瞳で見つめているような私でさえも、心配になってしまうくらいなのだから。
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いろいろと考えを巡らせているあいだに、次の曲の準備が整ったようだ。
蓄音樹の準備は、マネージャーであるマニスの仕事となっている。その仕事は滞りなく終わったということなのだろう。
舞台袖から私を急かすマニスの慌てた顔が見えている。
あれ? どうしてそんなに慌てているんだろう?
……あっ、そうだった、曲の前にはMCを挟むんだった。
しっかり喋って、ライブを進行しないと!
「は……はいっ! それでは次の曲ですっ!」
最初の一曲が終わって思わず気を抜いてしまっていた自分に喝を入れるため、必要以上の大声でそう宣言する。
そのまま間を置かず、明るい笑顔を観客のみなさんに向けながら、私は次の曲の紹介を始めるのだった。




