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着々と……と言っていいのかどうなのか。
わたしの家が、どんどんと改造されていくような気がする。まあ、別にいいのだけども。
「ねえアシュリー。この大きな魔道具は何?」
最近では、コーデリアたち女性騎士もいるから、手伝いに訪れる頻度が減っていたリネットが、でーんとダイニングの隅に鎮座する大きな魔道具を見て戸惑っていた。
「まだ完成途中なんだけど、殿下たちが作った試作品一号機だそうですよ」
「試作品一号機……?」
「なんでも、とっても快適な空調機なんですって」
「へー」
リネットが「でも、所詮は空調機よね?」と言いたそうな目で魔道具を見つめる。
今日はローレンス殿下たちは来ていない。
クリスは、先ほどコーデリアが寝かしつけるために抱っこして庭に向かった。
空調の魔道具は、少しお高いけれども普通に売られている。
とはいえ、規模は一部屋がせいぜいというところで、しかも、一台に部屋を暖めるのと冷たくする機能を両方入れることはできないため、一年中部屋を快適な気温に保とうとすれば二台の魔道具を導入しなければならない。
貴族の邸では当たり前に導入されている魔道具だけど、平民には値段が高いため、いまだに暖炉で部屋を暖め、夏の暑さは窓を開けて我慢する、という家も多かった。
とはいえ、暖炉は火事の危険性もはらんでいること、煙突掃除をしなければならないこと、そして消耗品として薪を購入しなければならないことから、使い勝手は悪い。
夜もつけっぱなしで眠ることはできないし。
その点、魔道具は一日中稼働させていても問題はなく、昼夜関係なく快適な室温の部屋で過ごせるという優れものだ。
そして、ローレンス殿下が作ろうとしている魔道具はさらにすごい。
まず、規模が大きすぎる。この邸なら、一台稼働させるだけで全部屋どころか有り余る性能を発揮し、部屋を涼しくする機能も温かくする機能も一台に集約されていた。
……だけど、作るのにすんごくお金がかかるのよね。
最高品質の魔石を組み込まなければならない時点で、一般販売は不可能だろう。
ローレンス殿下も、趣味に一個一個がバカ高い最高品質の魔石を使うなどという贅沢は言えずに半ば完成を諦めていた代物だ。
わたしがランク五の製石師スキル持ちだったため、魔石の調達の目途が立ち制作を再開したけれど、あくまで趣味の範囲である。
これを売り出すとすれば大きな屋敷が買えるほどの値段がつけられるだろう。誰が空調の魔道府一個にそんな金額を出すだろか。
「あなたも大変ね」
リネットがしみじみと言ったけれど、わたしはこの生活が案外嫌ではないのよね。
たった一人で生活するのを覚悟していたけれど、気づいたらとってもにぎやかだもの。
わたし、自覚していなかったけれど、意外とかまってちゃんな性格なのかもしれないわ。
人が集まると安心するというか、嬉しいのよね。
……これまで無視されて生きてきたようなものだから、逆にうるさいくらいが楽しいのかもしれないわね。
このスキルがあればお金を稼ぐのは容易だけど、お金があっても周りに誰もいなかったら虚しいだけだもの。
「そうそう、今日はギルド長からお願いがあって来たのよ。なんでも、国から魔石調達の依頼がはいったらしいのよね。品質は最高品質ではなくて高品質……ランク四の製石師スキル持ちが作ることができる魔石でいいそうなんだけど、ランク四のスキル持ちも少なくて……。アシュリーは、品質を落として魔石を作ることができたわよねってギルド長が」
ランク五の製石師スキル持ちはわたしを含めてこの国に三人しか確認されていないほど珍しいけれど、ランク四もかなり少ない。
ギルドにはランク四の製石師スキル持ちが十二人ほど所属してるけれど、近くに住んでいるのはそのうち四人だけで、あとは各地に点在しているんですって。
ランク四の製石師スキルで作る高品質な魔石もそれなりに高価だから、彼等もせっせと汗水たらして魔石を作るなんてことはしないらしく……言わずもがな、だいたいいつも品薄状態。
ないわけではないんだけど、潤沢ではない。それが高品質の魔石なのよ。
最高品質になったら、そもそもどこの店にも「ない」という状態がほとんどになるのだけど……。
「キャスリンが困っているってことは、かなりの数の注文が入ったんですか?」
「そうなのよ。国から要請された時のために、常に二十個くらいはストックしているんだけど、なんと、今回注文があったのは四百個なの。しかも納期が十日なんですって。さすがにギルド長も無理だって断ろうとしたんだけど、ギルドも国から補助金をもらっているからね……。補助金を出す代わりに、何かあった時は協力するって約束だから、頭ごなしに無理って言えないのよ」
確かにその状況では、頭から無理なんて言えば補助金を停止すると言われかねないわね。
……でも、高品質の魔石四百個かぁ。
納期は十日。ちょっと厳しいかな。
品質を落とせば、一日に作れる魔石の数は増えるから……無理をすれば、高品質の魔石は一日に二十個くらいは作れるかもしれない。
だけどクリスがいるから無理はしたくない。
となると、せいぜい十五……できれば十個ほどにおさえておきたいわね。高品質の魔石も一日一個くらいは作っておきたいし。殿下が欲しいとか言い出しそうな気がするから。
「協力はできますけど、さすがに四百個は無理ですよ?」
「もちろんよ! ギルド長もギルドに所属しているランク四の製石師スキル持ちのお尻を叩いて仕事させるって言っているから、そうね……無理を言うようだけど、百個くらいなんとか……」
「百個くらいならいいですよ」
「本当⁉」
リネットが驚いたと言うことは……リネット、引っかけましたね?
たぶん、百個から交渉して八十個くらいを落としどころにするつもりだったのかもしれない。ちょっと早まったけれど、リネットにもキャスリンにもお世話になっているからまあいいわ。
「でも、そんなにたくさんの魔石を国はどうするつもりなんですかね」
「さあ? これまでも軍やら魔道具の研究所に融通するやらで注文が入ったことはあったけど、さすがにこの納期で四百個ははじめてね。……まあ、ここだけの話だけど。うちの国は慢性的な魔石不足なのよ。だから国は手に入るときに手に入れようとするのよね。あなたの存在が確認されたから吹っかけて来ただけかもしれないわ」
なんて迷惑な。
まあ、ロンズデイル国が慢性的な魔石不足なのはわからなくもないけどね。
理由は、最高品質の魔石を作れるランク五の製石師スキル持ちがいないだけではない。
ロンズデイル国が魔道具大国ゆえに、その実験やら製造やらで魔石を大量消費するのよ。
そうして出来上がった魔道具は、ロンズデイル国の重要な輸出商品だから、こちらの研究やら製造の手を止めるわけにもいかない。
だから魔石が不足して、仕方がないから他国から仕入れるの。
国としてはコストがかかるから、魔石も国内で製造したいようだけど、スキル持ちが少ないのと、ランクが高い製石師スキル持ちは汗水たらして働かないから、供給量が追いつかないのよ。
「助かるわ、アシュリー! 無理を言う分買い取り価格に上乗せしてもらうから! ま、あなたにとったら上乗せ分なんて微々たるものでしょうけど。はい。現在の預金額の報告書よ」
リネットから、魔石ギルドに預けている預金額を記した紙を受け取ったわたしは軽いめまいを覚えた。
使い道がないから魔石の買取金額は振り込んでもらっているんだけど、ちょっと見ないうちにゼロが一個増えたわ。
「すごいわね。下手な領主より稼いでいるわよ、アシュリー」
「そ、そのようね」
魔石すごい。特に今は供給不足で価格が跳ね上がっているから、本当にすごい。
さすがにこんなにあっても使い道がないし、持ちすぎても怖いから、どこかでぱーっと散財する方法……って、あ!
わたしはぽんっと、手を叩いた。
「すっかり忘れてた!」
ドール子爵家を出てから、早二か月半。
……孤児院に慰問に行ってないわ!
わたしはドール子爵家にいても本を読むくらいしかすることがなかったこともあって、慈善活動の一環で王都の孤児院に慰問に行っていた。
ドール子爵家は特別お金持ちではないから、あまり慈善活動には積極的ではないのだけど、貴族である以上まったくしないというのも世間体が悪い。
ゆえにお父様は、わたしが孤児院に行く分には、むしろ好都合だと言わんばかりに黙認していた。
寄付金も、少しくらいは出してくれたのよね。ほんの少しだけだから、いつも心苦しかったんだけど、あそこの孤児院長はいつも嬉しそうに受け取ってくれていたの。
……そうよ! せっかくだし、孤児院にどーんと寄付しに行きましょう!
王都の西にある孤児院は老朽化が進んでいて、雨漏りもするし隙間風がびゅーびゅー入り込む。けれども、貴族たちから受け取る寄付で運営している孤児院は、建物を修繕するお金に回すだけの資金がない。
魔石を売ったお金が目を回すほどに貯まっているし、この際だ、建物が修繕できるだけの金額をまとめて渡してしまうのはどうだろう。
建物を修繕する間、仮住まいの家も必要だから、その費用も必要だろうか。
あと、これから寒くなるから子供たちの服を買うお金と、空調の魔道具……は、高価すぎて孤児院に置くと盗みに入られる危険性があるから、薪を買うお金も渡しておこう。もちろん食費もだ。
……本当は半分くらいまとめて渡したいけど、それをすると孤児院長は困ってしまうと思うのよね。
一度に大金をもらっても、保管しておくのに困るのだ。
だから、何々に使う用にと目録を作ってその額を渡してあげた方が孤児院長も助かるのである。
もちろん、目録を渡したからと言って、お金の使い方は孤児院長の自由だ。それよりも優先されることがあるのならそちらに回せばいい。
……ドール子爵家を出てからバタバタしていたけど、あの子たち、元気かしら?
西にある孤児院は、王都にある三つの孤児院のうち、もっとも貧乏な孤児院だった。
貴族というのは外聞にこだわるので、高位貴族が目をかけている孤児院に寄付が集まりやすい。逆に高位貴族が貢献についていない孤児院は寄付が集まりにくくて、西の孤児院がそれだった。
寄付が集まらないと、子供たちの教育にも力が入れられないから、成人した孤児を使用人として雇い入れようと考える貴族はより近づかなくなる。
末端の使用人とは言え、貴族に使えるにはそれなりに学が必要だからだ。
西の孤児院長はおっとりとしたおばあちゃんなんだけど、貴族にツテがなくて、そして自分で寄付を募ることもできない人なので、あの孤児院はひっそりと忘れさられたように、ぽつんと存在しているのよね。
孤児院長のほかにも、その孤児院で大人になった子がそのまま居ついて一緒に運営しているんだけど、その子たちももちろん貴族にツテがないから……。
「アシュリー、忘れていたって、なにが?」
「重要なことですよリネット。明日にでも少し出かけたいところがあるんですけど、少しの間、クリスを見ていてもらうことはできますか?」
コーデリアたちがいるから任せてもいいんだけど、彼女たちは料理ができないからリネットがいてくれると助かる。クリスもリネットに懐いているし。
「それは構わないけど、まさか一人で出かけるつもり? 誰か一緒に行った方がいいんじゃない? ランク五の製石師として、あなた、名前が売れてきているし」
「結界と攻撃の魔術が刻印されている魔石を持って行きますから大丈夫ですよ」
「でもねえ……」
リネットは心配そうに顔を曇らせる。
「ねえアシュリー。騎士の方がたくさんいるんだし、誰か一人に一緒に行ってもらいましょうよ。わたし、頼んでくるから」
最初は騎士を怖がっていたが、最近では慣れてきたリネットがそう言って女性騎士の一人に話しかけに行った。
リネットもなかなか過保護である。
そう思って苦笑したわたしだったけれど――次の日、同行者がアルバート様だと聞いてギョッとすることになるのだった。
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