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やめてよ

ハナガサ カオル。それがぼくの名前だと彼は言う。

そんなわけあるか。ぼくはカルミアだ。


それでも、カオルという名前には妙に聞き馴染みがある。本当にそれがぼくの本当の名前だとしたら、カルミアという名前はなんなのか。目覚めた日から今に至るまで、確かにそれがぼくの名前だと思っていた。


『どうしたんだい?香くん。』


そう呼ばれる度に、心臓がどきりと跳ね上がって、息が詰まる。その名前を、頭は覚えていなくても身体が嫌がってるみたいに。


『香くん?』

「やめて。」


心拍が強く、速くなっていく。気持ち悪い。吐きそうだ。冷や汗が止まらない。眩暈がする。苦しい。


心臓の音以外聞こえなくなった。目を開けられない。もう耐えられない…。


「ぅお゛ぇ゛っ…」


何かの機械が動く音しか聞こえない、静かな研究所に、びしゃびしゃと床に吐瀉物をぶち撒ける音が響く。


様子を見ていたヤ・ベーが急いで立ち上がり、心配そうにぼくの背中をさする。


「大丈夫かね、カルミアくん。」

「ごめんな゛さっ…ぅぇ゛」


お腹がきゅっと縮まり、空っぽの胃からまた胃酸を吐き出す。


「ゔくっ、はーっ、はーっ」


全部吐ききって、ようやく少し落ち着いてきた。

鼻と喉を焼くような感覚と、口の中にはツンと刺すような嫌な酸っぱさが残る。

ヤ・ベーはまだ冷たくなった背中をさすってくれている。


「落ち着いたかね?」

「はい、ごめんなさい…。」

「なに、よくあることだよ。ほら、そこで口を濯ぐといい。」


そう言うと、ヤ・ベーは近くの水道を指差した。


急いで水道まで行き、不快感が完全に消えるまで何度も何度もうがいした。


戻ると、ぼくが吐いたものを掃除しているヤ・ベーと、ブローチの彼が何かを話している。


『香くんはどうしたの?』

「吐いてしまったよ。トラウマか何かを刺激されたのかね。おそらくソレがトリガーだろう。」

『ソレ?まさか、だってあの子の名前は香だよ?名前を呼ばれて吐くなんてあるかい?』


寒気で震える身体を押さえつけ、2人の会話に割って入る。


「ぼくはカルミアだ。カオルじゃない。」


カオルという名前を受け入れたくない。なんでかはわからないけど、すごく嫌な気持ちになるから。


『そんなわけはないよ。だって君は____』

「やめて!」


なんで嫌な気持ちになるのかわかった気がする。

もしそれがぼくの本当の名前だと納得して受け入れてしまったら、この島での暮らしが壊れてしまうような気がするからだ。


実際にそんなことはないんだろうけどそれでも、僕はこの島の住民でいたい。もうあんな家には帰りたくない。


『香…。』

「やめてって言ってるでしょ!ぼくがあそこでずっと辛い思いをしてたのはルキも知ってるだろ!?お願いだから…もう思い出させないでよ…。」


感情が爆発して、両目から涙が溢れる。なんか、最近ぼく泣いてばっか……ちょっと待て。ぼくは今なんて言った?口から飛び出るのに任せて叫んだけど今確かに…。


直後、ブローチから嬉しそうな声が響く。


『あは、やっと思い出してくれたね。なんかそれでもう満足しちゃった。ごめんね、そしておやすみ、カルミアくん。』


そう言うと、ルキは静かになった。

と思いきやまた喋り出した。


『そうだ、ボクずっと寝てたのとポケットの中で見えなかったのとでここのことほとんど知らないから後で起こして色々教えてね。』


そう捲し立てた後、今度は本当に静かになった。


「…彼は何者なんだい?」

「友達です。元の世界の、唯一の。」


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