最終話
ランクルによる最後の事件から一日が経った。
エリクサーの雨を浴びた生徒達は後遺症も無く復活し、現在では普段通りに過ごしている。
事件の真実は、ローゼンによって一部の関係者にのみ告げられ、殆どの生徒は真相を知らない。
事件の裏で、六百年前の魔物が復活していたことも。
その魔物がたった一人の少女の為に、命を賭けて尽力していたことも。
「君には、先に話しておこうと思ったのだけど…」
「………」
ローゼンはアルチナに塔の屋上に呼び出されていた。
神妙な顔を浮かべたアルチナを見て、ローゼンは薄々彼女が何を言おうとしているのか分かった気がした。
魔物は倒され、学院には平和が訪れた。
元々アルチナは学院の者では無い。
アルチナの目的は最初から自身の故郷である森へ帰ることだ。
「………」
恐らく、森へ戻る準備が出来たのだろう。
そうなれば、もうアルチナに学院に留まる理由など無い。
そして、アルチナが森へ戻れば、それは今生の別れとなるだろう。
アルチナが時の結界に入ってしまえば、もう二度とローゼンと再会することは無い。
「…ッ」
寂しくはある。
だが、それを引き留める言葉をローゼンは持っていない。
元々彼女の結界を壊し、外へ引き摺り出したのはローゼンなのだ。
これ以上、自分の都合をアルチナに押し付ける訳にはいかない。
「私は、この学院の教師になろうと思う」
「……………は?」
ぽかん、とした顔でローゼンは呟いた。
「だから教師だって。もう学院長の許可は取ってあるわ」
それは、確かにそうだろう。
子供に甘い学院長でなくても、本物の魔女の教師など欲しいに決まっている。
ではなく、
「アンタが、教師…?」
「何よ。似合わないとでも言うつもりかしら?」
不機嫌そうに眉を動かしながら、アルチナは言った。
「いや、アンタは確か、人間に魔法を教えるの嫌がって無かったか…?」
「…正確には、人間が魔法を自分勝手な理由で使うのが嫌いなのよ」
教師のように人差し指を立てて、言葉を訂正するアルチナ。
「だから私が見極めてあげることにしたの。魔法を使うに相応しいかどうかをね」
その言葉だけで、アルチナが以前とは変わったことがよく分かった。
魔法を使う者を見極めると言うことは、人間の中に良い人物と悪い人物がいると認めていると言うこと。
森で暮らしていた頃のアルチナは、人間は全て魔法を悪用すると思い込んでいた。
それが変わったのは、この学院で様々な人間を見てきたから。
「俺も、アンタの授業を受けても良いかな?」
「ふふふ…私は結構厳しいわよ。簡単に教えて貰えるとは思わないことね」
何より、誰かを助ける魔法使いになりたいと純粋に望む少年を近くで見て来たからだ。
「………」
「ロジェ。ここにいたのか」
昼間でも少し薄暗い森でローゼンはロジェを見つけた。
薬草を集めていたのか、また大きめの籠を持っている。
「また魔法に使う材料か?」
「そう、だけど。今回は、死霊術に使う毒草じゃない」
「…?」
「メディちゃんが、心配だから…お守りを」
「ああ」
言われてローゼンはメディが実家に戻ったことを思い出した。
初めての友達であるメディが居なくなったことを、ロジェは大きく受け止めていたのかも知れない。
「薬草に魔力を染み込ませて、お守りを作ってた。コレがあれば、メディちゃんが危ない目に遭ってもすぐに分かる」
「へえ。凄いな」
ロジェはやや自慢そうに手の中にある小さな草人形を見せた。
何となくメディに形が似ているそれは、天才的ネクロマンサーが作った傑作だ。
「少しでもメディちゃんが恐怖を感じたら、すぐに周囲の雑念と土を媒介にしてゾンビを作り出す」
「…ん?」
「大体二十人くらいのゾンビを作って、メディちゃんを怖がらせる対象を徹底的に懲らしめる」
「………」
どう考えてもやり過ぎだった。
初めての友達だからか、愛が重すぎる。
防犯装置どころか、コレは最早一種の兵器だ。
才能の無駄遣い過ぎる。
「…でも、敵が魔法使いだったら少し弱い、かな?」
「あ、あのさ、ロジェ」
「…やっぱり心配。同じ物をあと十個は作らないと」
無表情ながらも意気揚々とその辺の草を毟り始めるロジェ。
駄目だ、止められない。
とローゼンは両手を上げて諦めた。
「止めんか、ロジェ」
その時、手を進めるロジェの背中に小さな手が置かれた。
黒い毛に覆われた猫の手。
人間らしい呆れた表情を浮かべた猫がロジェを止めた。
「そもそも、治癒術師のクソガキとゾンビは相性悪いだろうが」
「…あ」
「ゾンビ作った所で、全部クソガキに浄化されるのがオチだぜ」
深いため息をつく猫。
「じゃあ、どうしよう」
「…あれくらいのガキは、実用的な物よりも見栄えの良い物の方が喜ぶんじゃねえか? 確か、この先に綺麗な花が咲いていたような」
「…取ってくる」
言われるままに、ロジェは急いで森の奥へと走っていった。
それを見送ってから猫はローゼンへと振り返る。
「慣れた物だな、ロジェの扱いは」
「…うるせえ」
「と言うか、昨夜はあれだけ恰好良いこと言って死んでおいて、次の朝には復活しているんだもんな」
「うるせえってんだろ!?」
猫の姿に戻ってしまったランクルは焦ったように叫んだ。
「オレだって、また猫の身体に戻るなんて思わなかったわ!? てっきり、あのまま今度こそ死んじまうのかと思ってたぞ! つーか、何でまた猫なんだよ!」
だんだんと地面を叩きながらランクルは嘆く。
死なずに済んだのは確かに喜ばしいことだが、何故また猫なのか。
一時的とは言え、人間の姿に戻れたからこそショックは大きい。
「コレは俺の予想だが」
「ああ?」
「あのエリクサーの雨が降った後、ロジェが猫の身体に向かって死霊術を使っていたんじゃないか?」
エリクサーの雨が降り、元気を取り戻したロジェはすぐにランクルの下へ向かったのだろう。
人間の肉体を取り戻した方では無く、今まで一緒にいた猫の方に。
そして、動かない猫を見て再び死霊術を使ったのだ。
丁度、本物のランクルが絶命するタイミングで。
「つまり、何だ? オレはまたアイツの起こした間違いで猫の身体に押し込められたと?」
「今度は間違いじゃないさ」
げんなりしたランクルに対し、ローゼンは告げる。
「ロジェは、お前を求めたんだよ。魔物ランクルではなく、友達ケットをな。どうしても、失いたくなかったんだ」
「………………」
ローゼンの言葉に、ランクルは黙り込んだ。
命を賭けてでも、救おうとした少女。
友達を求めていることは知りながらも、自分には務まらないと諦めていた少女。
その少女は既に、ランクルを友達と認めていたのだ。
「…は。このオレに、まだ世話をさせるつもりかよ」
ランクルは呆れたような笑みを浮かべた。
どこか嬉しそうにも見える、そんな笑みだった。
「こっちはもう、あんなガキの相手なんてうんざりだっての」
「…お前って結構ツンデレだよな」
「うるせえよ!? 別にデレてねえよ!?」
焦ったように大声を上げるランクル。
「たっく、コレだからガキは嫌いなんだっての! ロジェがもっと色気のある女になったら喜んで面倒を見るんだがな!」
「今度女の子を紹介するよ………三毛猫とか」
「猫じゃねえか!? オレは人間の女が好きなんだよ!?」
相変わらず欲望を抑える気が無いランクルに、ローゼンは苦笑を浮かべた。
「…もう付き合ってられるか、オレは帰る。ロジェの相手は任せたぞ」
不貞腐れたようにランクルはローゼンに背を向ける。
テクテクと早足で歩いていくランクルをローゼンは素直に見送った。
「…そろそろ来ると思ったぜ」
しばらく森の中を歩き、ローゼンが見えなくなった所でランクルは振り返った。
「………」
そこに立っていたのは、アルチナだった。
その顔に表情は無く、無機質な眼でランクルを見ている。
「ま、当然の反応だよな。昔のこと過ぎて今一つ危機感に欠ける餓鬼共と違い、お前は当事者だ」
ここにいるランクルしか知らず、ローゼン達はランクルに対して警戒心が薄い。
コレでもランクルは一度世界を支配した魔物。
今がどれだけ大人しくしていても、その罪と危険性は変わらないのだ。
「…六百年前、あなたはこの森で魔女を、私を裏切った」
「ああ、そうだな。その通りだ」
ランクルは自然体のまま頷いた。
その罪はランクルの物だ。
何一つ間違っていない。
ここでランクルがその罪の罰を受けようとも、それは間違いではない。
「殺すがいいさ。当然の権利だ」
「後悔はしていないのかしら?」
「全く。あの時のオレはあれが正しいことだと考えていたし、ここで死ぬとしても悔いはねえ」
罪を悔いる気は無いが、罰を拒む気も無い。
火炙りとなり、処刑された時と同じだ。
悪行には必ず報いが訪れる。
好き勝手に生きてきたのだから、それを受け入れる覚悟もある。
「罪には罰、だろう?」
「そうね…」
アルチナは一つ頷いて右腕を振るった。
その手から魔力が放たれ、ランクルに命中する。
火花のような光がランクルの眼を焼いた。
「………ん?」
しかし、それだけだった。
すぐに目に光が戻り、身体には傷一つ無い。
一体どういうつもりなのか、とランクルはアルチナを見る。
「今、あなたの中の時を止めたわ。もうあなたは一切の魔力を使うことが出来ない」
アルチナは淡々と言った。
魔力を喰らって成長し続けるランクルの力の源を止めた、と。
これからは何一つ成長することが出来ない、と。
「つまり、これ以降のあなたは言葉を喋る珍しい猫として一生を過ごすことになるわね」
「…おい、それだけか?」
ランクルは思わず呟いていた。
アルチナは憎い筈だ。
魔女達と、自分を裏切ったランクルを何よりも憎んでいた筈だ。
それなのに、たったこれだけの罰で許すと言うのか。
「ランクルは六百年前に死んだわ。犯した罪に相応しい罰を受けて、処刑された」
「………」
「ここにいるのは、同じ名前を持つただの猫よ。この罰は、今まであなたが学院で起こした騒動に対する罰と思いなさい」
つまり、アルチナは許すのではなく認めると言うのだ。
ランクルが、ケットとして生まれ変わることを。
ロジェの友人として、やり直すことを。
「…は。はははは」
去っていくアルチナの背中を見ながら、ランクルは笑った。
「惜しいな。まさか、お前がそんなに良い女だったなんて…な」
「気付くのが六百年遅かったわね」
「…ああ、全くだ」
森に一人残ったランクルは、笑みを浮かべながらそう呟いた。
「…私も、甘くなったわね」
森を出て学院の中庭へ戻ったアルチナは思わず呟いた。
かつて自分なら考えもしなかったこと。
人間を全て嫌っていた頃とはまるで違う考え。
アルチナは変化と言うものが嫌いだった。
魔力を失い、森から離れていった魔女達を見て、余計にそう思うようになった。
いつまでも森で暮らしていたいと思っていた。
だが、この変化は嫌いでは無かった。
人間の学院で、人間に対して魔法を教える。
まるで、かつての魔女達のように。
それはきっと…
「アルチナさーん! またローゼンさんが壺を壊しました!」
「ちょ、違うだろ!? 壊したのは俺じゃない! クラーメルだ!」
「はぁ!? 僕は関係ないだろ!?」
「そうだよー! クラ先輩はヘラとボール遊びしていただけだよー!」
「そのボールが壺に当たって壊れたんだから、お前のせいだろ!」
「…でも、ボールが当たったのは、ローゼンがそこに立っていたから、だよね」
穏やかな表情を浮かべていたアルチナの眉間に皺が寄る。
醜い責任の押し付け合いをする生徒達。
その全ての声に聞き覚えがあった。
ああ、コレが教師として最初の仕事なのだろうか。
「全員、そこに座りなさい!」
アルチナは意外とさまになった様子でそう叫んだのだった。




