第四十話
「まずはさっきの腹パンの礼をしようか! 氷の精に告げる!」
クルクルとバトンのように杖を回しながら、ランクルは叫ぶ。
「極寒を…」
「『アッチェレラツィオーネ』」
ランクルの魔法が放たれる前に、ローゼンは再び『加速』の魔法を使用した。
ローゼンの姿がランクルの視界から消える。
「チッ! 後ろか!」
「!」
その行動を読んでいたのか、ランクルはすぐに背後へと杖を向けた。
高速で背後へと回り込んでいたローゼンはそれに驚き、すぐにまた姿を消す。
「しゃらくせえ! 氷の精及び火の精…ついでに、風の精にも告げる!」
杖を構えたまま、自身がクルクルとその場で回るランクル。
「叫喚を寄越せ!『デザストル』」
チカッと杖が光る。
その瞬間、全方位に『災厄』が放たれた。
同時に放たれた業火と氷柱が混ざり合いながら、森を破壊し尽す。
どこへ逃げようとも纏めて破壊しようと、災いそのものが襲い掛かる。
「ッ…『インヴェッキアメント』」
避け切れない、と判断したローゼンはすぐに足を止めて魔法を放った。
禍々しい緑色の光線が業火と氷柱を消失させる。
「止まったな。そこか!」
「ぐあ…!」
砕けた氷の欠片が独りでに動き、ローゼンの腹部にめり込む。
「はははは! 倍返しだ!」
更にランクルが杖を振ると、その倍以上の氷の弾丸がローゼンへ降り注いだ。
「『スプラッシュ』」
咄嗟に使い慣れた水弾でローゼンはそれを弾き飛ばした。
普段なら大した威力の無い魔法だが、今はアルチナから受け取った魔力で強化されていた。
「ニャーッハッハッハ! 必死だなぁ、ローゼン!」
「………」
「だが、もっとだ! もっと必死にならねえとオレには勝てねえぞ!」
そう言うと、ランクルは握っていた杖を手放した。
落とした杖を拾おうともせず、空いた手をローゼンへと向ける。
「悪しき魔女に鉄槌を」
「なっ…!」
ランクルの口から零れた声に、ローゼンは目を見開く。
その詠唱は、ローゼンのよく知る物だった。
よく知る人物が、魔法を使用する時に口にする言葉だった。
「ニャハハハ! 反魔術『スペル=イーター』」
猫のような笑い声と共に、ランクルの身体から黒い影が伸びる。
人の手のような形の影は、無数に枝分かれしながらローゼンへと向かっていった。
「コレ、は…!」
影はまるで生きているかのようにローゼンの腕に絡みつく。
巻き付かれた手から、何かを奪われるような悪寒を感じた。
「魔力を、奪っているのか…!」
「その通り。アルチナの魔力、有難く頂くぜ! ははははは!」
笑いが止まらない、と言いたげにランクルは笑う。
六百年前に結局手に入らなかった魔力が、ようやく手に入るのだ。
ランクルが奪った魔女達の魔力の中にも無い『時の魔力』
かつてランクル自身に止めを刺したその魔法が、この手に…
「くっそ…!『インヴェッキアメント』」
絡みつく影を振り払おうと、ローゼンはランクルへ向かって魔法を放つ。
しかし、
「ハッハー! 無駄無駄!」
それに反応した影がランクルの盾となり、防がれた。
まるで虚空にぽっかりと空いた穴のように黒い影は、ローゼンの放った光を跡形もなく呑み込む。
(…この影、魔法に反応している?)
今の動きは、ランクルが身を護ったと言うよりは影自体が意思を持って動いたようだった。
この影は、あらゆる魔法を喰らうことだけを望む魔法だ。
既に放たれた魔法だろうと、魔力を秘めた人間だろうと、関係なく、ただ魔法を求める存在。
ランクルの持つ魔法に対する執着が具現化したような魔法だ。
(コレ自体を魔法で壊すのは不可能だ…)
だとすれば、狙うのは術者であるランクル。
だが、それもたった今不可能だと証明された。
この影は魔力を秘めた人間から魔力を搾り取ろうとするが、それよりも放たれた魔法を優先する。
杖から魔法が放たれた途端、それがランクルに触れるより先にこの影に魔法を喰われてしまう。
(…くそっ! どうやっても、魔法で勝つ方法が思いつかない!)
コレが魔物と呼ばれた男の力か。
どれだけ知恵を振り絞っても、魔法戦では絶対に勝てない。
(今のアイツは完全に復活した訳じゃない。チャンスは今しかないのに…)
そう、これだけの実力を持ちながらもランクルはまだ完全に復活した訳じゃない。
ゾンビパウダーと集めた魔力を利用して仮初の肉体を作っているだけであり、全盛期に比べたらかなり弱体化しているのだ。
(…ゾンビパウダー)
ローゼンは無言でランクルを見つめる。
ランクルの青褪めた身体は、一目見て分かる程に不完全だ。
動く度に皮膚がひび割れ、粉のような物が散る。
手足も病的に細く、まるでゾンビのような風貌だ。
(ゾンビ、か)
「考え事とは、随分と余裕だなぁ」
ローゼンの思考を遮るように、ランクルは嘲笑を浮かべた。
「こうしている間にも影は確実にお前から魔力を奪っていると言うのに」
「!」
「それに、だ。モタモタしている間に、学院が滅んだらどうする?」
馬鹿にしたようにランクルは告げた。
「アルチナの奴も頑張っているみてえだが、それでも限界は来る。況して、お前に魔力を与えた分だけ普段より魔力切れは早い」
生徒達のゾンビ化を食い止めているのは、アルチナの魔法だ。
アルチナの魔力が切れ、魔法が解けた途端、学院は終わる。
全ての生徒がゾンビと化し、ランクルの奴隷となるのだ。
「可哀想になぁ、アルチナも。また人間に裏切られるんだ。お前はアイツの期待に応えられない」
「…ッ! ああああああああ!」
ランクルの挑発に、ローゼンの視界が怒りで真っ赤に染まる。
感情のままに、杖を向けて魔法を放つ。
アルチナから受け取った全ての魔力を込めて。
「くらえ!『インヴェッキアメント』」
ローゼンの杖から今までとは比べ物にならない強い光が放たれた。
後先を考えずに放たれた魔法に反応し、ローゼンに纏わり付いていた影が離れる。
「はは…あはははははは! 引っ掛かったな!」
目論見が成功したことにランクルは嗤う。
この光をまともに受ければ、ただでは済まないが、ランクルには切り札がある。
ローゼンから離れた影はすぐに光に追い付いて、それを取り込んでいく。
光はあと少しでランクルには届かない。
影は全ての光を呑み込み、空間に溶けるように消える。
「コレで、全ての魔力はオレの物だ! オレが…」
「『クリエイト』」
トン、とランクルの胸に一本の杖が押し付けられた。
青薔薇の杖。
それを握り締めたローゼンは、静かに自身の魔法の名を告げる。
「『スプラッシュ』」
瞬間、ローゼンの杖から水弾が放たれた。
零距離から放たれた水の弾丸は、ランクルの胸を貫き、大きな風穴を空ける。
「な、に…?」
「…ロジェから聞いたんだよ。ゾンビの弱点を」
『…塩。ゾンビには、清めの塩が…』
以前、ロジェはそう教えてくれた。
ネクロマンサーであるロジェだからこそ、ゾンビの弱点は誰よりも詳しい。
外見こそ変わったが、ランクルの肉体はゾンビのままだ。
だからこそ、ゾンビの弱点である塩が効く。
「く、そ…この、オレが…」
屈辱に顔を歪め、ランクルはその場に倒れた。




