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目的地である寺は静かで霊妙、現世と霊界とをつなぐ門のようにそびえている。私が先に敷地内へ踏み込みゆかりが続く形で奥へ奥へと進む。寺田家の墓、篠田家の墓、墓石は新しかったり風化が始まっていたり、管理の行き届き具合も様々で、ただの石と言ってしまえばそれまでだが汚れていたり供花が枯れ果てて茶色くなっているのを見ると気の毒に思えてくる。一切が空ならば墓の状態に意味を見出すのは無意味だが綺麗であるならば綺麗なほうが良いだろう、水入れ茶碗が転んでいるところは直して進む。「花持ってこなくて大丈夫だったかな」ゆかりの、呟きとも質問とも取れる声がした。
墓地の中で一際高く築かれた墓の前に立つ。墓の表面はガラス板のようにつるつると滑らかで近くを映し込む様はまるで鏡のようだ。供えられた花は少し勢いが衰えているもののしっかりと咲き誇り、死から離れた印象を与える。「やっぱり花、持ってこなくて大丈夫だったね」私の横に並んでゆかりが言う。「だね」と答える。
敷地と言おうか、この墓の囲いに生えている雑草を、と言っても小さなもの以外ほとんど生えていないが、抜いて踏んづける。神聖な寺院内で殺生して良いものか逡巡しなくもないが繁茂させるわけにもいかないのでこうするのが一番だろう、ほんの小さな命を踏み潰す。
「なんか農学部時代思い出しちゃうなあ」とゆかりが言う。
「何かあったの?」
「いや、特別何かあったわけじゃないんだけど、雑草抜いてたなあって」
「……それだけ?」
「だから言ったじゃん、特別じゃないけどって」
「そっか」雑草の下、地面は濡れていて冷たく、指先に冷えを感じる。
「そう」冷たい風が吹いて、しゃがんでいるゆかりがぶるっと震えたように見えた。
「寒い?」と訊いてみる。
「ううん。別に」ゆかりは私を見ずに、まるで鯉が岩に生えた苔を食むような鈍重さで、また別の雑草を抜き、立ち上がってそれを踏み躙った。
大方雑草を抜き終わり、私たちは墓石に正対する。また冷たい冬の風が吹き込む。私は用心深く喪服のポケット内に手を入れ、探り当て、ゆっくりと、大切に、二つに割れた紫の指輪を取り出した。墓石の、基礎の部分にそれを置き、一度ゆかりに目を遣り、頷き返した彼女を確認してから手を合わせて瞑目し、話しかけた。
喜利子。今日、何が原因か分からないけど、指輪が割れたよ。直射日光にも当たらないようにしてたのに。聞こえるかな。あの世では、耳が聞こえるように、なっているのかな――