無防備すぎる彼女は
「さっきゆうたがいたぞ」
遅れてきた俺に対して立花がそう声をかけた。ふとステージに目をやると見慣れないものがぶら下がってる。笹原はいなかったが男子がいた。もしかしてあの人が笹原に告白したっていう…。
「谷山、早く打とうぜ」
「あー、すまん」
「ゆうたが帰ってきたらカッコ悪いとこ見せられねーな」
「え?あ、あぁ」
「歯切れが悪い返事だなー。好きなんじゃないのかよ?」
「あいつを?」
「俺、だから待ってるんだと思ってたわ」
…そうか。こいつには中学時代を話してないから分からないよな。まぁ、確かになんで待ってるのか分からない。「好きで待ってる」なんて考えたことなかった。
「いや、違うっしょ」
「普通は待たないと思うけどな〜。ま、ゆうたはなんだかんだでモテるからな」
「え?そうなの?」
「顔は普通じゃん。可もなく不可もなく。でも、声とか仕草が可愛いのに男子っぽくしてるところがいいとか」
つまりギャップか。…やっぱりあいつは変わった。あの頃のあいつは、もうどこかに行ってしまったのだろう。それがいい。あの頃の記憶なんて思い出さないほうがいい。
「ふーん」
「なんでそんなに無関心なのかね!?」
「ちょっ…いきなり強く打つなよ!」
なぜか高速ラリーになってしまった。立花は何を考えているのだろう。俺とあいつをくっつけたいのだろうか?確かに誤解されたが、それを聞いた笹原はどんなに嫌だったのか知ってる。
「あ、やべ」
「谷山何やってんだよー」
そんなこと考えてたらシャトルを高く飛ばしてしまった。ステージ側に落ちたみたいだ。あまり数のないシャトルは大切に使わないといけない。1つのペアに1つのシャトルがバドミントン部のルールだ。
「はい、これっしょ?」
「ありがとう…ございます」
「君が谷山くん?よくのろから話を聞くよ。のろは笹原のこと」
「はい、谷山です」
やっぱりこの人が笹原に告白した先輩。普通にカッコいい人だ。この人もやっぱり立花が言ってたようなことで好きになったのかな。人の気持ちは分からない。
「すいません、シャトルありがとうございます」
「いいえー」
いや、多分違う。そんな単純な理由じゃないな。なんだか黒さを感じるオーラが出た人だ。笹原のことを簡単に喰えるとでも思ったんだろうか。残念なことに、あいつにあるトラウマはそういう類の男子のせいだから。
「お、なんか話しかけられてたな」
「あー…うん」
「歯切れ悪いなー。あ、ゆうた」
「本当だ」
笹原がミルクティーを片手に体育館を歩いてる。お気に入りのホットドリンクだ。よく俺にたかってくる。…先輩と話してる笹原を見るとモヤモヤする。あの人はお前を喰おうとしてるかもしれないのに、なんでお前はそんな無防備なんだ。
「谷山!後ろ!」
「え?」
気付いて振り向くとバスケットボールが目の前にあった。どうやら隣の男子バスケ部がパス練をしてたらしい。いつもはネットをするのだが、パス練だからしなかったのだろう。その勢いあるボールが俺に当たった。
「谷山!?おい!って…」
「保健室、連れて行く。見た感じマネさんいないみたいだし」
「い、いや。俺1人でいけ…」
目を開けて倒れた俺の前にいたのは、少し息を切らしたジャージ姿の笹原だった。