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夜のサイクリング

「光輝、こんな遅くに何処行くの?」

「ああ、ちょっとあのゴミ処理場の裏に」

「何で急に? 寒いからよしなさい。風邪ひくわよ?」


 母さんが心配そうに眉間に皺を寄せた。


「大丈夫だよ。すぐ帰ってくる」

「でも」

「母さん、まぁいいじゃないか」


 母さんの後ろから普段より早めに帰ってきた父さんが声をかけた。


「俺ももやもやしてる時はよくあそこに行ったもんさ。遺伝だな」


 父さんが母さんの頭に手を乗せる。父さんより頭一つ分小さい母さんが子供の様に見えた。


「ちょっと」


 嫌がる母さんの頭を父さんは何度も撫でた。


「昔はよくこうやったもんさ」


 父さんが俺に目配せする。最初は嫌がっていた母さんも次第に動かなくなって俯き加減に無言になった。


「じゃあ行ってきます」

「……いってらっしゃい」

「いってらっしゃい」


 ドアを開けて夜の空気の中に足を踏み出した。

一応厚着をしてはいたが少し肌寒かった。赤い秋が白く染まっていって、もうすぐ本格的な冬が来る。


 自転車に素早く跨り、一呼吸置いて自分に渇を入れると俺は家の前の通りを抜け学校方面の道路沿いを走り出した。

夜の街は眩しかった。車のライトがやたら目立って、目の前がチカチカした。コンビ二の青い明かりが近未来の景色を連想させる。


 ショッピングモールとは逆方向のこの道には大して建物も無く、帰宅ラッシュの車のライトが無ければ閑散としている。

視界に高い煙突が見えてきた。ごつごつとした太い煙突はゴミ処理場から発せられる照明を受けて不気味に光っていた。夕焼けに映える煙突とは全く違うミステリアスな様相、夜の工場に魅了される人たちの気持ちがわかった気がする。


 細い脇道を通って芝生の空き地に着くと、いつもは放り出す自転車を今日はゆっくりと芝生の中央に寝かせてやった。夕方は乱暴な転倒で驚いただろう、こうすればこいつもリラックスして星が見れるはずだ。


 こんなに遅い時間の潜入は初めてだったので俺の胸は高鳴っていた。自転車の横で仰向けになると胸が鼓動で上下しているのがわかる。背中の芝生はひんやりと冷たい。星はゴミ処理場からの光が強いのであまりよく見えない。曖昧でおもちゃのような輝きに少しがっかりだった。


 でもまあこんなもんかと、不思議と寛大な気分でいられた。きっと父さんや祖父が来ていた頃にはゴミ処理場の光も無くただたくさんの星がそこに並んでいたのだろう。俺の時代はこんな空なんだ、それは別に悲しむべきことでもないし、きっと普通のことだ。


 仰向けのまま、黒い空を眺めているとどうして鳥は夜に空を飛ばないのかふと思った。暗闇で目がきかないせいとかそういうことじゃなく、あの闇の中に溶けてみたいとか思ったりはしないんだろうか。

薄い雲が何十秒も掛けて少しずつ流れている。夜空と俺、それに自転車だけの時間が過ぎていく。金木犀の香りがする。


 立花はどうしてるかな、坂井はちゃんと家に帰ったかな。白い息と空の闇が重なって、小さい銀河が生み出されていくようだ。立花がここにいたらUFOでも探すんじゃないかな、その姿が目に浮かんでくるようだ。


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