序幕 突然の退場。
僕の名前は黒川柊二。なんてことない高校を出て、なんてことない普通の大学を卒業し、一般の企業に就職するも、とあることを理由にクビにされ、そこからは企業に就職することはなく、今を生きることにちょっとだけ、いや、かなり必死のバイト二つ掛け持ちのフリーターである。今の年齢は、27歳。
「お先に失礼します!お疲れ様でした〜!」
「お疲れ様〜!あ、柊二君、待って待って。よかったら次行く時これ食べな!余ったサンドイッチ。と、パンの耳ね!」
「え、いいんですか?マスターのサンドイッチ美味しいからすごく嬉しいです!それに、パンの耳まで…!これで明日の朝の分一食分お金浮きます…!ありがとうございます!」
ニカッ、とマスターが笑って手を振ってくれる。それに僕も手を振り返してからカフェを出て次のバイト先のコンビニに向かうため歩き出す。
「でね!今日の花火はいつもよりおっきいらしくて〜!」
「え〜!流石50周年なだけあるね〜!」
そっか、今日ってお祭りの日なのか。どうりですれ違う人の数がいつもより多いわけだ。よく見れば浴衣の人も多いし。カフェで仕事中は中からだと外の様子が見れないから気づかなかったな。ふと公園の方を見れば、
「あっ!たこ焼き!ママ、一個ちょーだい!」
「コラっ!手で取ろうとしない!お箸あるからあそこで食べよう?おいで。」
近くの屋台で買ってきたらしいたこ焼きを食べようとしている親子がいた。出来立てを買ってきたのかたこ焼きの上の鰹節がユラユラと揺れている。歩きながらたこ焼きを目で追えば、
グー。
とお腹がなってしまった。屋台の匂いにつられて僕のお腹までなってしまった。思わず辺りをキョロキョロ見てしまう。……周りには気付かれてないよね…?…うん、よし!誰も気付いてないようで安心した。
「ママー、あのお兄さんもお腹空いたって!」
「もうっ!人を指で指さないの!ごめんなさい…ほら、お兄ちゃんに謝って?」
「はーい…お兄ちゃん、ごめんなさい。」
「はは、大丈夫だよ。それよりお腹空いたよね。僕も空いちゃった。君もたくさん食べなね。」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
……くそぅ!気付かれてた!次のバイト先まで距離あるし、周りはそれぞれ屋台で買った物を食べてるし、今日くらいは食べ歩いても大丈夫だよね。男の子に手を振り、その場を後にしながらさっきもらったサンドイッチに齧り付く。
「ん〜!やっぱりマスターの作るサンドイッチ最高〜!」
例えばこのマヨネーズとか。なんでも、食材にこだわりのあるマスターが一から作ってるんだとか。消費期限が1日しかないからいつも余ったらくれる。次にこのハム。一見するとどこにでもあるハムなんだけど、このハムはマスターの知り合いの方からわざわざお取り寄せしてるとか。パンも近所の有名なパン屋さんの物らしい。小麦は最高級な物を使ってるとか、なんとか。
ヒュ〜〜………ドン!!パラパラパラ…
「……おっ、花火!さっきすれ違った子達が言ってた通りだ!今年のは本当におっきいんだ。や〜綺麗だな〜……ん?なんだろ、あれ…。」
目を細める。周りが暗くなってるからよく分かりにくいけど、目を凝らして見れば、近くのゴミ捨て場の周りをキョロキョロ、ぴょんぴょん、と何かが飛び跳ねている。
……というかあそこって、高崎のおじいちゃんの管理下のゴミ捨て場では!?……となるとあれって、烏か猫!?今日が夏祭りだから食べかけのゴミとかを漁ってるのか!?
それは非常にまずい。何がまずいって高崎のおじいちゃんは今年で御年88歳。あそこのゴミ捨て場は大通りにあるマンションの備え付きのゴミ捨て場なのだが、大通りなだけあって関係者ではない人たちがゴミをよく捨てていく。それを見た高崎のおじいちゃんはいつも悲しそうな顔でゴミ捨て場を掃除するのだった。いつも、
「どうしたらいいんじゃろう…。ねずみ取りでも仕掛けようかのぉ…。」
とボヤいている。そんなおじいちゃんを、僕は目をパチパチして冷や汗をかく体を震わせて口元に笑みを浮かべながらゴミ片付けをしている。……野暮なことは聞くものではないよね!
…と、高崎のおじいちゃんの話は置いておいて、今はあの何かを追い払わなくては。そもそも夏祭りで持ち運べない量のゴミが出るとはいえ、他人の敷地にゴミを捨てていいワケがない!
食べかけのサンドイッチを片手に持ったままゴミ捨て場に近づいてみれば、ほら見たことか!案の定動物じゃないか!
「こらーっ!ゴミを漁るんじゃありません!!人間の食べ物はキミ含め動物には塩分多いんだからね…?って、……あれ、漁ってるわけじゃないの?」
ぴょんぴょん、キョロキョロ。
近付いてみればその動物は烏で、ゴミを漁ってご飯を食べようとしているのではなく、ゴミ捨て場の周りをぴょんぴょん飛び跳ね、キョロキョロと周りを見回していた。……まるで観察しているようだ。ともかく、その烏は漁ろうとしているのではなく物珍しさから見ているだけのようだった。
「……ははっ、僕の早とちりだったね、ごめんね。……ところで、キミはお腹空いてる?」
その場にしゃがみ込み烏に問い掛ければこちらに気付いた烏がピョンピョン、と近付いてこちらを見上げてくる。この烏、随分と人懐っこいなぁ。普通のカラスよりも小さいからまだ子供なんだろう。この人懐っこさだと頭ぐらいは撫でれそうだ。
「よかったら、バイト先でもらったパンの耳があるんだ。パンにも塩分はあるけど屋台の食べ物ほどではないから、よければどうぞ。勘違いしちゃったお詫びだよ。」
そう言いパンの耳を一本差し出せば、ジーっと観察した後そのまま小さい嘴でパクッ、と加えて器用に食べはじめた。
……うーん、結構可愛いかもしれない。どうやらパンの耳がよほど美味しかったらしく、小烏は翼をパタパタさせながらピョンピョンと僕の周りを回りはじめた。
「美味しかったの?じゃ、もう一本あげるね。それ食べたら帰るんだよ。バイバイ。」すると、
グイッ
とズボンの裾を何かに引っ張られる。足元を見れば小烏が嘴を使って必死に引っ張っていた。
「どうしたのさ?……パンの耳はもうあげないよ?」
「カァッ!!」
心外だ!とでも言わんばかりの声量で小烏が鳴く。なにかあるのかな、と思いまたしゃがめば、しゃがんだ瞬間小烏が膝にピョイ、と飛び乗り、そこで頭を何回も上下する。
「ん〜…?本当にどうしたの?顔近付けろってこと?」
「カァ。」
「キミもしかしなくても人の言葉分かるでしょ?なんてね。」
笑いながら顔を少しだけ小烏に近付ける。すると、額を小烏が嘴で小突く。その瞬間に額に少し熱い感覚がした。
「うわあっ!?いった!?あっつ!?えっ!?今なんかした!?」
慌てて身体を後ろに離せば、
ドシャ!
と尻餅をついてしまう。そんな僕の膝から降りた小烏が一声、
「カァ。」
とだけ鳴いて僕から離れてそのままこちらを振り返ることなく飛び去っていった。
「なんだったんだろう、今の…。」
熱くなった額を触ってみるけど、特に火傷などによる痛みなども無く。勢い良すぎて嘴と額の間に摩擦熱でも生じたのだろうか?などとありえないことを考えながらも立ち上がってお尻についた土埃などをはらう。
ヒュ〜〜…ドンッ!パラパラパラ……
「あっ!?今何時!?次のバイト先行かなきゃ!!」
「ふぅ〜!よかった、間に合った…!あの時おっきい花火上がらなかったら危なく遅刻するところだったや…。」
現在時刻、夜の八時五十分。花火も上がり終わり、夏祭りも佳境の時間帯だ。チラホラと人が帰りはじめているようで、沢山の人が駅方面に流れていた。
あの後大きな花火の音で我に帰った僕は時計を見て慌てた。思いの外あそこで時間を食っていたようで危うく遅刻をするところだった。普段は十時からなのだが夏祭りの今日は人手が足りないらしく、九時からコンビニのバイトだった。
駅に向かう人達の流れに逆らい、汗を拭いながらコンビニに入ろうとすれば入り口のあたりにガムをくちゃくちゃ音を立てながら噛んでいるチャラそうな男がいた。服装を見るにどうやらホストの様で、女性とだろうか。自動ドアの前で電話をしていて、少し、いやかなり邪魔だった。
邪魔だけどそこを通らないと店内には入れないため、頭をペコペコ下げながらコンビニに入ろうとしたその瞬間だった。
「キャーーーーッ!!!」
ビクッ!!
ここからそんなに離れていない所から女の人の耳をつんざくような大きな悲鳴が聞こえ、驚いて身体を跳ねさせた。
……なんだろう?どうしたんだろ…?周りの人達も声に驚いたのか足を止めて声の方を見る。すると、
「っおい!こいつ、刃物持ってるぞ!!逃げろっ!!!」
えっ!?本当に!?なんで!?刃物?
その時だった。スッ、と体感温度が下がり、一瞬でその場からありとあらゆる音が消えた。次の瞬間、誰かの悲鳴を皮切りに混乱と困惑が混ざったこの世の終わりのような悲鳴があちこちから聞こえだす。
「やだーっ!!」
「早く警察を呼べ!!」
「逃げろ!殺されるぞっ!!」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッッ!!」
ピタ、と音が止まる。刃物を持ったフードを深く被った男がフーッ、フーッと鼻息を荒くしながら女性の髪を掴んだまま叫ぶ。
「どいつもこいつも馬鹿みてーに騒ぎやがってッ!!おいっ、早く答えろッ、鈴木拓真ってのはどこにいるんだ?さっき一緒にいただろッ!?裏切りやがってこのアバズレがッ!」
「ヒィッ!やめて、やめて…!」
「お前が言わないからだッ!!早く言えッ!!!!殺すぞ!!!」
「…たっ、たっ君なら、あそこっ…!言ったから話してェッ!!」
女性が弱々しく腕を上げながら指を指す。その方向はと言うと、なぜか僕の方を向いていて。
「ぼっ!?僕!?」
驚きに声がひっくり返りながら思い切り頭を振り顔の前で腕をブンブンする。
ズシャ!
「ギャッ!!」
「お前かァ…!お前が。お前がお前がお前がァッ!!死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!!!」
スローモーションだった。女の人が男に地面へと投げ捨てるように打ち付けられて悲鳴を出した瞬間。血走らせた目と口から涎が出ているのにもなりふり構わず強く歯を食いしばりながら両手で刃物を持ちながらこちらに突っ込んでくる男。
あ。これ、死んだな。
そう思った瞬間にブスリ、という音と共に腹部に走るするどい激痛。
「あ…。え…??」
顔を下に向ければ刃の部分が見えなく、柄の部分しか見えない腹部に深く刺さった刃物。その次に身体が急に動かなくなる感覚が襲い、男にもたれるように倒れ込む。
「グッ…ガ、ハッ…ゴボ…!、」
息が足りなくなり空気を吸えば全身が焼けるように痛んだ。
…なんだ、これ。僕、本当に死ぬの?
「は、ハハっ!!ザマァ見ろ!!!お前が人の女を取るからだ!!」
男が僕の腹部から乱暴に刃物を抜き取り後ろに突き倒す。
「ヒィッ!」
倒れた僕を見て僕の後ろにいた、男性が小さく悲鳴を上げる。コンビニに入ろうとした時に自動ドアの前にいたチャラ男だった。
そのチャラ男はこちらを見ながら何を焦っているのか青い顔をしていた。
「…、…!?」
熱い、寒い、痛い、怖い、辛い。そんな負の感情で頭と心がいっぱいの中、とあるものが僕の目に入る。そのチャラ男の胸元を見ればなんと、鈴木拓真の名前が入ったバッジがついていた。
「は…。あんた、かよ、ぉ…!!」
ーーブツッ。
暗転。そうして、僕、黒川柊二はこの世での生を終えたのだった。
お読みいただきありがとうございました!




