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「あ、はは、えと」私は半ばパニックになりながらも、熱田さんと森下さんと手元の紙束とを交互に見た。
「熱田さん」森下さんが呼び掛ける。「最初に熱田さんが見本的なのをやった方がよくないすか」
「見本」熱田さんは肥満した鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をして復唱した。「ああ、そうね。じゃあ私が最初、一通りやって見せるわね」超ピンクの唇を横に広げ微笑む。「じゃあ森下君、もう一回かけて来て」
「はぇ」森下さんがやる気があるのかないのかわからない返事をし、再度問い合わせ文句を言うため息を吸った時、
「お電話ありがとうございます」熱田さんが超弩級レベル音声で叫んだ。「文殊の里の熱田でございます」
「うぇ」森下さんは一瞬体をぴくりと震わせ呻き声を挙げたが「あの、ぼくなんか死んでしまったみたいなんすけど」とどうにか立て直した。
「ああ、そうなんですね、それは大変な目に遭われました」熱田さんは、さすがベテラン対応とでもいおうか、相手に対し心から同情する声音を出した。
「あの」
「ここでね」森下さんの問い合わせを遮り熱田さんは私を見て言った。「注意しといて欲しいのは、電話をかけてきた人に向かって『お悔み申し上げます』とか『ご愁傷様です』とかは言わないこと。これは本人じゃなくて、亡くなった人のご遺族に向けて言う言葉だから」
「あ、はい」私は頷き、大急ぎで紙の余白にボールペンでメモを取った。
「それと、これ結構皆言っちゃいがちなんだけど『ご冥福をお祈りします』もNGワードよ」熱田さんは解説を続ける。「その人が冥福、つまり死んだ後幸せになれるのかどうか、この時点ではまだ判らないからね。余計な期待を持たせちゃうと、後々面倒なことになるから」
「あ、はい」私は頷き、星印をつけて『☆ご冥福はNG』とメモした。
「だから最初の受付では、まあ亡くなったというだけで病気にしろ事故にしろ自殺にしろ、大変な目に遭った上でこの電話に至ったわけだから、とりあえずは『大変でございましたね』くらい言ってあげれば良いわ。『お疲れ様でした』とかね」
「あ、はい」私は『大変でございました、またはお疲れ様でした』とメモしたが、ふと心の中で
──お疲れ様……?
と柔らかな疑問を抱きもしたのだった。人生にお疲れ、という事か?
「じゃあ、続きね」熱田さんは言い「それではお亡くなりになったという事ですので、今後どのようになさりたいかをお伺いします」と森下さんを見て言った。
「はぇ。ぼく、どうした」
「まず」熱田さんは再び森下さんの問いかけを遮った。
私は、この仕事については無論素人に違いないが、それでも今の熱田さんの対応は、それこそNGなのではないか、とまたふと思った。
ここ文殊の里にとって、この電話をかけて来た死人というのは、いわば『お客さん』になるのではないか?
「次の二つのうちどちらかを、お選び下さい」熱田さんは構わず先へ進んだ。「一つは、成仏してあの世へ行く。もう一つは、地縛霊としてこの世に留まる。いかがなさいますか?」
「──えと」森下さんは少し間を置いて質問を繰り出した。「成仏するというのは、いわゆる天国に行くって事すか?」
「いいえ」熱田さんは大きく首を振った。「構成素粒子レベルにまで分解されて、地球大気ないし宇宙空間内に散逸するという事です」
「え」私はメモを取ろうとするがペンが動かなかった。「え?」眉をひそめ熱田さんを見る。
「ああごめん、要するに」熱田さんはにっこりと笑う。「粉微塵になるってことよ」
「こ」私は復唱を試みるが、やはり唇も喉も動かなかった。
「あのスマホで、基本思想とか用語集のデータベースにアクセスできるんで、おいおい見といてもらえたらいいす」森下さんの言葉が私を救ってくれた。
「は、はい」私は紙の下の方に『データベース参照』と書き記した。
「それって、もうぼくそのものがなくなってしまうってことすか」森下さんは熱田さんに向け再び質問をした。
「そうです」熱田さんは特に配慮も遠慮もなく真っ直ぐに肯定した。
そんな──
私の心の中に、自分の事ではないにも関わらず、大いなる悲しみが湧き起った。
「え、それは嫌すね……じゃあ地縛霊の方でお願いしたいす」森下さんも成仏拒否の科白を口にした。
もしかすると、成仏を拒否する人の方が割合としては多いのかも知れない。確かに『何もなくなる』なんて言われたとしたら、そういう思いを抱くのが普通だろうか。
「地縛霊ですね」熱田さんは復唱した。「そちらを選ぶ場合、いくつか負わなければならないリスクが発生します」
「リスクすか」
「リスク?」私はつい、死人役の森下さんと被って訊き返した。
「そう。次の頁に書いてあるから、見てみて」熱田さんは私の手元のマニュアルを指差した。
言葉に従い、頁をめくる。確かに、一番上にゴシック体で『地縛霊化するリスク』と書かれてあり、その下に
『・降霊儀式等への対応
・守護対象(あらかじめ自ら選択)の保護・救護、守りきれなかった場合のペナルティ
・他の霊との人間関係が生前と同様に発生
・基本的に寒く低体調』
と、リスク内容が箇条書きにされている。
「まず、こっくりさんやウィジャボードなどの降霊術、またスピリットボックスや関連アプリなどでの電磁波走査が近くで行われた際には対応していただきます」熱田さんは一つ目のリスクについて詳細を説明した。
「それって、強制なんすか」森下さんは質問をした。
「強制はしませんが、不思議と勝手に対応してしまうようですね」熱田さんは答える。
「勝手に?」私もつい質問をしてしまった。
「そう」熱田さんはちゃんと答えてくれた。「理由はまだよくわかっていないんだけれど、生きている人間たちに呼び出されたりコンタクトを求められると、地縛霊たちが否応なく応じてしまうという現象が起きることがままあるのよ」
「それって、ぼくになんかメリットあるんすか」森下さんが質問する。
「森下君に?」熱田さんが訊き返す。
「──いや」森下さんは数秒考えた後否定した。「あの、死人にす」
「ああ、そうか。アハハハハ」熱田さんは思い出したように手を打ち鳴らして笑った。「君、今死んでるんだったわね」
「──」森下さんはやはりすぐには返事をせず「はぇ」と消え入りそうな声で肯定した。
「まあ、あるとすればそうねえ、自己顕示欲を満足させられるってことかしら」熱田さんは天井を向き、超ピンクの唇に人差し指を当てて回答した。




