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なにかをしなければならない。
そんな、強迫観念といってもよさそうなものに、追われていた。
起きている時でも、寝ている時でも、なにかに追われていた。
毎日職場に通い、決められた時間に決められた仕事をこなしているのに、それなのにどうしても自分の価値が見出せずにいた。
自分は、誰からも必要とされていないと感じていた。
時々、疲れ果てて会社を休むことさえあった――逃げ疲れた、というのもどうなのだろう、そもそも私は「逃げ」ていたのか? と疑問に思う。いうなれば「追われ疲れた」となるのか――
そんな日には、自分に生きている資格さえないように思えてならなかった。
辛い。
楽になりたい。
生きるの、きつい。
布団の中にまるまっていると、ふっとそんな言葉が脳裡をよぎる。
それでも、生きている。
そんな状態はしばらく続き、確かに涙も出て来ないほど精神が疲弊しきっているのだが、ある瞬間に突然「よし、起きよう」と思うのだ。
そして「生きること」を、続ける。
それはもしかすると、誰かが私を引っぱり起こしてくれているのかも知れないな、とぼんやり思う。
そして、ふふふ、と笑う。
誰かって――誰が?
ご先祖様とか?
◇◆◇
私は、転職した。
「里野、あきみです」頭を下げる。「よろしくお願いします」
ヘッドハンティング、というものでは、ないだろう。単なるスカウトだ。
確かにこの企業──いや、団体というのか──の人から、私の能力を是非うちで発揮して欲しいと数回に渡って熱心に誘われた上での転職だったが、それは前職における私のキャリア、スキルを見た上での勧誘ではない。決してそうではない。
何の能力かというと、いわゆる霊能力だ。この団体の人たちからすると、私はそういうものを持っていることになるらしい。
といっても、私には幽霊が視えるわけでもないし、幽霊と会話ができるわけでもない。
むしろ、一体この団体において私が何の役に断つのだろうという疑問は、いまだ消えずにいる。
私の能力は──
「じゃあ、これ」
大勢の前での自己紹介と、朝礼のような簡単なミーティングの後、熱田さんからスマートフォンを手渡された。
熱田さんこそ私を数度に渡って勧誘した人で、入社後──入団後というのか──も引き続き私の指導役を担当してくれる女性だ。かなり恰幅の良い人で、声も大きく、道を歩きながら話していると、犬でも猫でも烏でも雀でも、あらゆる生物が肩を竦めるようにしてそっと立ち去ってゆく。恐らく道端に咲いている草花たちも、植物的に肩を竦めた状態となっているのではないかと思う。
その熱田さんから渡されたスマホはもう電源が入っていて、何かのアプリ――多分社内SNSみたいなもの――が立ち上がっていた。
「もう、灯が入ってるから」熱田さんが言う。
「えっ」私は目を丸くした。「火?」思わず、落としそうになる。
「何、どうしたの」熱田さんがきょとんとして訊く。
「『電源が入ってる』って意味す」
熱田さんの斜め後ろから、森下さんが消え入りそうな声で訳してくれた。彼は熱田さんの助手のような立ち位置と思われる。勧誘の際も熱田さんと同行して来たし、入団後も相変わらず熱田さんと共に指導助手をしてくれるようだ。
「ああ……」私は肩をすくめて苦笑した。
「そう、それで今出てる画面で、会社の人たちとやり取りをするの」熱田さんは、まるで自分がそのシステムを構築したかのような自信の漲る言い方で説明し、私の手の上のスマホをつんつんと指先で突いた。
「わかりました」私は素直に頷いた。
「でね、ここ」熱田さんはそれから、スマホの上部を私の手の上で少し持ち上げ、裏側の一点を指差した。「これが、電源スイッチね」
私は自分の手を持ち上げて顔を覗かせ、「電源スイッチ」の位置を確認して「あ、はい」とまた頷いた。
「ここを長押しすると、灯が消えるから」
「……えと」
「『電源が落ちる』ってことす」また森下さんが訳してくれる。
「あ、はい」
「そしたら」熱田さんは私の手の中に再びスマホを置く。「霊たちから通信が来るから」
「――」私は口を開けたまま、熱田さんを見た。
それから視線を、森下さんに移した。
また森下さんが、訳してくれるはずだと思った。
熱田さんが今、何を言ったのかを。
けれど、
「まんます」森下さんはそう言って、小さく頷いた。
「れ」声が少し震える。「霊、って……幽霊のことですか?」
この質問は、後で考えるとはなはだ恥かしいものだったと思う。素人を通り越して、まるで何も知らない幼稚園児のような、稚拙な質問だ。メーカーに入社した後「ここは物を造る会社なんですか」と質問するようなものだ。
けれど熱田さんも森下さんも、私を貶したり馬鹿にしたり一切せず、二人揃ってしっかりと答えてくれたのだった。
「ええ、そうよ」
「そうす」
と。




