美佳、見ていないフリをする
翌々日の午後。やわらかな陽光が差し込む応接室で、須磨子は紅茶を前に少し落ち着かない気持ちで座っていた。
そこへ、美佳がいつもの軽やかな足取りで入ってくる。
「すまっち、一昨日は大変だったねえ?」
その瞬間、須磨子は思わず肩を震わせた。
(まさか……あの時の、わたくしのはしたない動揺まで……見られてしまったのでは……)
胸がどきりと跳ね、息が浅くなる。
「え、ええと……ど、どのようなことでしょう……?」
動揺を隠しきれず、声が上ずってしまった。
美佳は一瞬だけ「しまった」という顔をする。
「あ、いや、その……疲れてたって聞いたから! それだけ!」
あからさまに早口だ。
しかしそのおかげで、須磨子は胸を撫でおろした。
(よ、よかった……あの現場にいらしたわけではございませんのね)
「ご心配をおかけしてしまって、ごめんなさい、美佳様」
須磨子がそう言うと、美佳はなぜかほっとした表情をする。
「い、いやいや! すまっちは悪くないから!」
その様子が少し可愛らしくて、須磨子はふっと微笑んだ。
「実は……わたくし、護身術を習い始めましたの」
「……え?」
美佳の目がまん丸になった。
「護身術って……あのすまっちが?」
「はい。わたくしの身は、わたくしで守らなくてはなりませんもの」
「……す、すまっち……」
驚かれたあと、美佳はぽんと手を打った。
「うん、いいじゃん! すっごくいいと思う!」
そして、須磨子をじっと見つめ──眉を上げる。
(※ここからの変化は、わたくしにもわかりました)
「……ははーん。なるほどねえ……」
「な、なにか……?」
「いや? 別に? ぜーんぜん? うん」
けれど、その表情を見ればわかる。
(この方は、すべてお見通しなのですね……)
美佳はにっこり笑って言った。
「すまっち、応援してるから!」
須磨子は思わず頬を染めてしまった。
「まあ……ありがとうございます、美佳様」
この日、須磨子はまだ気づいていなかった。
美佳が、あの日の出来事を「実はすべて見ていた」ことに。
そしてこれから先、物語がさらに複雑に、そして甘く絡まっていくことにも──。




