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西園寺須磨子は未だ恋を知らない  作者: 天音紫子(著)×霧原影哉(構成・監修)
第6章 わたくし、強くなりとう存じます
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はじめての護身術レッスン──強さとは何か、学びとうございます

 翌日の午後。

 須磨子は西園寺夫人にお願いし、紹介してもらった護身術の先生──

 たちばな先生と対面していた。


 白い道着に身を包んだ長身の女性。

 動きひとつにも無駄がなく、静かに立っているだけで空気が澄むような方だ。


「西園寺須磨子様ですね。お母様からお話はうかがっております。

 本日は基礎の基礎から参りましょう」


「よ、よろしくお願いいたします……!」


 緊張で声がふるえ、指先まで硬くなっている。

 けれど──

 昨日の出来事を思い出すたび、胸の奥がぎゅっと熱くなるのだ。


(あの時……わたくしは、何もできませんでしたわ……)


 チーフの上着に包まれた瞬間。

 強く、けれど優しく、抱き上げられた腕の感触。


 危険だったはずなのに、不思議なくらい安心してしまったこと。


(……次は、守られるばかりではいられませんもの)


 わたくし自身も、強くならねば。



◆ 姿勢から、心が変わる


「ではまず立ち姿勢を見せてください」


 わたくしは背筋を伸ばして立つ。

 橘先生が近づき、そっと肩に触れた。


「須磨子様。あなたは姿勢が非常に良い。

 けれど“構える”姿勢には、もう少し地に足をつける強さが必要です」


「強さ……ですか?」


「ええ。

 “守りたいものがある人の構え”というのは、迷いが少ないんですよ」


「……っ」


 胸が、軽く震えました。


 守りたいもの。

 わたくしにも……あるのでしょうか。


「須磨子様。昨日、怖い思いをされたそうですね」


「はい……少しだけ……

 いえ……とても、怖うございました……」


「怖がれるのは良いことです。

 恐怖を知っている人ほど、伸びる」


 橘先生は須磨子を真っすぐ見つめた。


「あなたは昨日、“退かない”選択をしたと聞きましたよ」


「っ……! そ、それは……つい……!」


「つい、であれ堂々たる行動です。

 誇る必要はありませんが、恥じる必要もありません」


 胸の奥がじん、とあたたまる。


(……恥じらいで胸がいっぱいだったわたくしに、

 こんなふうに言ってくださるなんて)



◆ 初めての“受け身”


「では受け身の練習に入りましょう。

 転倒の衝撃を逃がす技術は、護身の基本中の基本です」


 そう言うと、橘先生は、風のように軽やかに床へと倒れ、

 すぐにしなやかに起き上がってみせた。


 須磨子は思わず息をのんだ。


「どうぞ、やってみてください」


「こ、こう……でございますか?」


「力みすぎています。深呼吸を」


 橘先生が背中に手を添え、導いてくださる。


 床に手をつき、身体を丸めて──

 ころん、と転がる。


「け、けっこう痛いですわ……!」


「最初はそれでいい。身体が記憶しますから」


 ふたたび、ころん。


 そのたびに裾が乱れ、髪もほどけかけてしまうけれど──

 橘先生は優しく微笑んでくださる。


「須磨子様。あなたは思っているより“折れない人”です」


「……わたくしが……?」


「ええ。目の奥に、決意が出ています。

 守られたいだけの人とは違う目ですよ」


「っ……!」


 胸の奥に、小さな火が灯るような感覚が広がった。


(……わたくし……そんな目を……?)



◆ 一歩、強さに近づく午後


「最後に構えの練習をしましょう」


 須磨子は足を開き、肩幅を整え、両手を軽く構える。


「良い気迫です。昨日よりずっと強い」


「き、昨日というのは……?」


「あなたの“迷い”が、昨日の自分です」


「……まあ……」


 それは叱咤ではなく、

 未来へ向けた称賛のように聞こえた。


「では次回から技術を増やしていきます。

 護身は筋力ではなく、判断と姿勢です」


「はい……!

 わたくし……がんばりとうございますの……!」


 最後に深く礼をすると、橘先生は満足げに微笑んでくださった。


「須磨子様。あなたは必ず強くなれますよ。

 その目のまま、進んでいけば」


「……ありがとうございます……!」


 胸の奥に小さな誇りが生まれた瞬間だった。


(チーフ様……いつか、胸を張ってお会いできますように)


 夕風がやわらかく吹き、

 わたくしの決意をそっと撫でていった。

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