はじめての護身術レッスン──強さとは何か、学びとうございます
翌日の午後。
須磨子は西園寺夫人にお願いし、紹介してもらった護身術の先生──
橘先生と対面していた。
白い道着に身を包んだ長身の女性。
動きひとつにも無駄がなく、静かに立っているだけで空気が澄むような方だ。
「西園寺須磨子様ですね。お母様からお話はうかがっております。
本日は基礎の基礎から参りましょう」
「よ、よろしくお願いいたします……!」
緊張で声がふるえ、指先まで硬くなっている。
けれど──
昨日の出来事を思い出すたび、胸の奥がぎゅっと熱くなるのだ。
(あの時……わたくしは、何もできませんでしたわ……)
チーフの上着に包まれた瞬間。
強く、けれど優しく、抱き上げられた腕の感触。
危険だったはずなのに、不思議なくらい安心してしまったこと。
(……次は、守られるばかりではいられませんもの)
わたくし自身も、強くならねば。
◆ 姿勢から、心が変わる
「ではまず立ち姿勢を見せてください」
わたくしは背筋を伸ばして立つ。
橘先生が近づき、そっと肩に触れた。
「須磨子様。あなたは姿勢が非常に良い。
けれど“構える”姿勢には、もう少し地に足をつける強さが必要です」
「強さ……ですか?」
「ええ。
“守りたいものがある人の構え”というのは、迷いが少ないんですよ」
「……っ」
胸が、軽く震えました。
守りたいもの。
わたくしにも……あるのでしょうか。
「須磨子様。昨日、怖い思いをされたそうですね」
「はい……少しだけ……
いえ……とても、怖うございました……」
「怖がれるのは良いことです。
恐怖を知っている人ほど、伸びる」
橘先生は須磨子を真っすぐ見つめた。
「あなたは昨日、“退かない”選択をしたと聞きましたよ」
「っ……! そ、それは……つい……!」
「つい、であれ堂々たる行動です。
誇る必要はありませんが、恥じる必要もありません」
胸の奥がじん、とあたたまる。
(……恥じらいで胸がいっぱいだったわたくしに、
こんなふうに言ってくださるなんて)
◆ 初めての“受け身”
「では受け身の練習に入りましょう。
転倒の衝撃を逃がす技術は、護身の基本中の基本です」
そう言うと、橘先生は、風のように軽やかに床へと倒れ、
すぐにしなやかに起き上がってみせた。
須磨子は思わず息をのんだ。
「どうぞ、やってみてください」
「こ、こう……でございますか?」
「力みすぎています。深呼吸を」
橘先生が背中に手を添え、導いてくださる。
床に手をつき、身体を丸めて──
ころん、と転がる。
「け、けっこう痛いですわ……!」
「最初はそれでいい。身体が記憶しますから」
ふたたび、ころん。
そのたびに裾が乱れ、髪もほどけかけてしまうけれど──
橘先生は優しく微笑んでくださる。
「須磨子様。あなたは思っているより“折れない人”です」
「……わたくしが……?」
「ええ。目の奥に、決意が出ています。
守られたいだけの人とは違う目ですよ」
「っ……!」
胸の奥に、小さな火が灯るような感覚が広がった。
(……わたくし……そんな目を……?)
◆ 一歩、強さに近づく午後
「最後に構えの練習をしましょう」
須磨子は足を開き、肩幅を整え、両手を軽く構える。
「良い気迫です。昨日よりずっと強い」
「き、昨日というのは……?」
「あなたの“迷い”が、昨日の自分です」
「……まあ……」
それは叱咤ではなく、
未来へ向けた称賛のように聞こえた。
「では次回から技術を増やしていきます。
護身は筋力ではなく、判断と姿勢です」
「はい……!
わたくし……がんばりとうございますの……!」
最後に深く礼をすると、橘先生は満足げに微笑んでくださった。
「須磨子様。あなたは必ず強くなれますよ。
その目のまま、進んでいけば」
「……ありがとうございます……!」
胸の奥に小さな誇りが生まれた瞬間だった。
(チーフ様……いつか、胸を張ってお会いできますように)
夕風がやわらかく吹き、
わたくしの決意をそっと撫でていった。




