第二十七章:わたしがわたしであるために
朝。
制服の袖を通すのは、何ヶ月ぶりだっただろう。
鏡の中にいる自分は、どこかぎこちなく、でも確かに“生きよう”としていた。
紬は深く息を吸い、エマの手をそっと握った。
「……行ってくる。わたし、“終わらせてくる”から」
エマは黙って頷き、背中を押した。
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校門をくぐる瞬間、全身にじわじわと冷たい汗がにじむ。
あの日々が、あの視線が、声にならなかった叫びが、
一気に胸の奥に押し寄せてくる。
でも、紬は足を止めなかった。
教室のドアの前に立ち、震える手でノックする。
「……失礼します」
教室がざわついた。
一部の生徒がヒソヒソと声を交わし、ある生徒は顔を引きつらせた。
――加害者のひとり、藤堂。
彼は苦笑いを浮かべて言った。
「え、マジ?戻ってきたの?てか、生きてたんだ」
その瞬間、何かがカチリと音を立てて、紬の中で外れた。
「ねえ、藤堂くん。
わたしがここに来るの、何が“おかしい”の?」
藤堂の笑いが止まった。
「あのとき、教室で靴を隠したのも、机にゴミを入れたのも、
わたしのことを“喋らない人形”みたいに扱ってたのも……全部、あなたたちだよね」
教室が静まり返る。
「誰も助けなかった。
先生も、周りの子も、全部見て見ぬふりをした。
でもそれって、わたしが“黙っていたから”なんでしょう?」
紬の声が、微かに震えながらも、しっかり届いていた。
「だから今、言うよ。――わたしは、あれを“いじめ”だって思ってる」
「ちゃんと“傷ついた”って言いたい。……わたしは、あの時ずっと、死にたかった」
藤堂は俯いた。
誰も言葉を返せないまま、先生が教室に入ってきた。
「……紬さん、少し職員室へ来てもらえますか」
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その後、紬は保健室に案内され、先生たちと話した。
いじめの証拠こそ少なかったが、紬の証言はしっかりと記録され、
学校としての対応が求められることになった。
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帰り道。
エマが迎えに来てくれた駅前で、紬は小さく言った。
「怖かった……でも、わたし、自分の足で教室に入った」
「あの場所で“生きたい”って、言えたんだ」
エマは紬を強く抱きしめた。
「すごいよ、紬。……それって、“生き返る”ってことだよ」
紬は、エマの胸元に顔をうずめながら、小さく笑った。
「……次は、あなたの番だよ。
一緒に、ちゃんと前を向こう?」




