第十四章:誰かがくれた、もうひとつの夜
ピアカウンセリングのあと、
エマと紬が片隅のベンチに座っていた頃。
少し離れた場所で、ゆきがスタッフに声をかけていた。
「ちょっと、話してもいいですか」
いつもの穏やかな笑顔とは違って、どこか遠くを見るような瞳だった。
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小さな相談室。
部屋の中には、ゆきと進行役のカウンセラー、そして、他に数人。
ふたりもそこに招かれた。ゆきが話したいと言ったから。
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ゆきは、静かに話し始めた。
「中学生のころ、
あたしにも、“声をくれた人”がいたんです」
「その人も、すごく壊れてて――
でも、あたしの自傷跡を“きれい”って言ってくれた」
「それが、嬉しかったの。…怖いくらいに」
「でもね、彼女はある日突然、いなくなった。
何も言わずに。
死んだわけじゃないのに、今も“ずっと死んだ人”みたいに、会えない」
ゆきの手が、震えていた。
指先に、傷跡がいくつもあった。
「わたし、気づいてたの。
その人はわたしに依存してたし、
わたしも、“救うことで自分を保ってた”んだって」
「――あたし、あの子を『使って』たんだよね。
自分が壊れないために」
その言葉に、エマの顔が少し強張った。
紬は、ゆきの目から逃さずに、じっと見ていた。
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「だから、紬ちゃん、エマちゃん。
ふたりには、“同じ過ち”をしてほしくないの」
「好きって言うことは、
“重さを相手に押しつけること”じゃない」
「…どこかで、ちゃんと“大人”に繋がって」
そのとき、紬の喉がかすかに動いた。
「でも、わたし、父親には……言えない。
知られたくない。壊れる気がする。
もう、だめって言われたら、
わたし、自分を…戻せなくなる気がして」
ゆきが、そっと紬の手を握った。
「いいよ、怖くていい。言葉にしなくてもいい。
でも、“ひとりで抱えない”って決めてほしいの」
「それが、“あなたを信じてる”っていう証明だから」
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夜、紬は家に帰って、父の寝室の前で立ち止まった。
ドアは閉まっていて、光が漏れていた。
スマホのメモに書いたメッセージを見直す。
「わたし、少し話したいことがあります。
できれば、今夜じゃなくても、時間をとってください。
聞いてほしい話があります。
わたしのことです」
震える指で送信ボタンを押す。
数秒後、既読。
けれど、返事はこなかった。
それでも、紬の中で“なにかが変わった”。
「言おう」と思った。
「わたしを、見て」と願った。
たとえそれが、どんな結末になっても。




