第十二章:黙っていたすべてが、声になる夜
次のピアカウンセリングの夜。
エマは、最初から少しだけ、視線を上げていた。
前よりも、人の気配が怖くなくなった。
それはたぶん、前回の“あの一言”が、誰にも否定されなかったから。
その日は5人。
新しく来た青年が、涙を堪えながら両親とのことを話していた。
“誰にも言えなかったこと”がこの空間でだけ、やっと音になる。
そんな空気のなか、進行役がらんに目を向けた。
「エマさん、もし、少しでも話したいことがあれば――」
沈黙。
けれど、エマの指が、紬の袖を軽く掴んだ。
そして、ゆっくり口を開いた。
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「わたし…小さい頃、
お母さんに…物を投げられたり、閉じ込められたりしてたの」
「でも、外では“いい母親”で…誰にも信じてもらえなかった」
「泣くと、“うるさい”って言われて、
言葉を出すのが、だんだん怖くなった」
声は震えていた。けれど確かに“芯”があった。
「お父さんと暮らすようになってからは、
もう何もないはずだったのに、
学校で、うまく喋れないことがバレて――」
「気持ち悪いって言われたり、
話しかけてもらえなくなった」
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会場の誰かが、静かに涙を拭いた。
ゆきがうなずいたまま、何も言わず聞き続けてくれていた。
「誰にも…大切にされたことがなかったから、
どうすれば“誰かと生きていい”のかも、分からなかった」
言葉を止めたとき、紬がエマの肩をそっと抱いた。
「でも、紬が、“あなたの声が好き”って言ってくれて」
「それから…生きててもいいのかもって、思えるようになった」
沈黙。
でも、その空気には、静かな“共鳴”があった。
“ああ、この子は、よくここまで来た”
誰もがそう感じていた。
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その夜、会が終わったあと。
紬とエマはふたりきりで歩いていた。
濡れたアスファルトの上で、エマがぽつりと呟く。
「……わたし、今、すごく怖いけど……ちょっとだけ、生きたい」
紬が返した。
「わたしも。あなたが生きててくれないと、
わたしもまた壊れそうになるから」
ふたりは手を繋いだ。
その手は、逃げるためじゃなく、“ここにいる”ための手だった。




