(番外編)椿の花
番外編です。前話とは繋がっていませんのであしからず。
シンディと婚約して結婚パーティーの準備をしている頃のことだった。
「シンディ様、会場の飾りなのですが、椿づくしにするのはどうでしょう?」
色々と早急に準備は進めているが、自分達の結婚パーティーだ。思い出に残るものにしたかった。
「椿……ですか? それはどうかと思います」
シンディは椿が好きだ。改めてプロポーズした際も椿の花束を用意した。シンディが好きな花を用意するのが一番だと思ったからだ。
しかし、椿は本来プロポーズや結婚パーティーの場に相応しくない。理由は椿の花は散る際にポロリといきなり落ちるからだ。その為、どちらかと言うとネガティブなイメージを持たれている。
シンディもそれを分かっているのだろう。暗い顔をした。
「シンディ様。結婚とは、夫婦になるとは、どういうことだと考えておりますか?」
「え? い、一緒になる……でしょうか」
「……私は、お互いがお互いを支え合い、補い合い、愛し合う関係になることだと思っております」
良好な夫婦関係を保つ為にはそういう意識がお互いに必要なのだ。
ドラマや漫画などでたくさん見た失敗を反面教師としなければ、今後辛いだけの、人生の墓場と言いたくなる結婚となってしまう。
「病気や災いなどの悪いことは突然やって来るものです。椿の花の散り際はその様を表しているとも言えます。しかし、夫婦ならばお互いにお互いが散らした椿の花を受け止める必要があるのではないでしょうか。椿の花が地面に落ちるのを黙って眺めているような夫婦関係を私は望みません。だからこそ、お互いがお互いの散らした椿の花を受け止めると決意表明する為に、私は椿の花が私達の結婚パーティーに相応しい花だと思っております。シンディ様は如何でしょうか」
クサいと日本でなら言われるだろう。だが、ここではこれくらいのことを言わなければ愛がないと思われてしまうのだ。
それに何度も言うが、俺は相思相愛な夫婦となりたいのだ。あの俺様みたいに愛を当然と考えるような人にはなりたくないし、なれない。俺はイケメンではないのだ。
「テリー様……はい、椿にしましょう! 椿が良いですわ!」
この程度で心から喜んでくれるシンディとならきっと大丈夫だけど、この笑顔を曇らせない為にも俺は頑張らないといけない。
それから会場も、シンディのドレスも、何もかもを椿づくしにした。いや、なっていった。何せ椿好きのシンディが積極的に椿づくしにしていったのだ。お陰でまさかの料理にまで椿が使われている。
まさかここまで椿フリークだとは思わなかったが、幸せそうなので良いことにした。……いや、途中からせめて苦手な人の為に匂いくらいは抑えて貰おうと奮闘する羽目になったが、結婚パーティーの主役はお嫁さんだ。ある程度は妥協した。
尚、劇団の人と結婚当日のことを話し合う際、当日の会場の様子から椿の話になるとシンディがとても饒舌に俺から言われたセリフを始め、椿の素晴らしさについて語った。劇団の人に悪いかと思ったのだが、何故か劇団の人は大興奮し、劇に椿の話が盛り込まれることになったのだった。
結婚当日、俺とシンディは当然色んな人に挨拶周りをした。その際、必ずと言って良い程椿について触れられ、その度に俺は心の中で悶えることになった。
他人にクサい文句についての感想を言われること程恥ずかしいことはない。まあ、皆が皆感動したという旨のことを言ってくるので、シンディが幸せそうにしていたことだけは良かったと思う。
あれから1年以上経ち、ペッパー領の本邸に俺達は移り住んでいた。
庭には当然椿が植えられている。俺達は良くここを散歩するのだ。
「あっ」
ある日、偶然目の前で椿の花がポロリと落ちた。反射的にその花を空中で掴もうとして、弾いてしまい、花垣に椿の花が突っ込んだ。
「あら、ふふふ」
「お、落ちてはないだろ、うん」
枝に引っ掛かっている椿を改めて取り、シンディに手渡した。
「ふふふ。はい、ありがとうございます、テリー様」
手に取ったシンディはそれを嬉しそうに見つめる。
「……昔、私も椿を取ろうとしたことがあるんです」
「落ちる前に?」
「ええ、ポロリと散るというのは聞いていたのですが、その落ちたものを見たことがありませんでした。庭師の方が私の目に入る前に取ってしまっていたと言うのは後で気付いたのですが、小さい頃は分からなかったんです。だからこの花がそのまま取れると言うのは滅多にない珍しい現象だと思ったんですね。それでどうしても見たくて、私椿の木の下で落ちるのを待っていたんです」
本当に懐かしそうにシンディはそう語る。
「でも、待っているうちに私は疲れて寝てしまって。気付いて起きた時には、私の手に椿の花が握らされていたんです」
「おお」
「きっとどなたかが握らせてくれたのでしょうが、私は凄いことが起きたって皆に自慢してまわったんです。椿が好きになったのはその時でしたね」
「なるほど。そんなことがあったのか」
多分流石にゲームでもこんなエピソードはなかったはずだ。負ける令嬢の象徴としてポロリと散る椿が合っている程度だっただろうし。
「その後も私は椿の木の下で居眠りすると椿の花が貰えたんです。つまり私は椿に認められている特別な人なんだって思って、椿のことをいっぱい調べました」
「ああ、だからあんなに詳しかったのか」
「椿の花が散ることはそんなに珍しくないし私は特別なわけでもないと分かった時にはもうそんなこと関係ないくらい好きになっていました」
幼い頃の気持ちと言うものは結構残るものだ。シンディにとってもそうだったということだけなのだろう。
「いい家だな」
「ちょっと恥ずかしいですけど、でも優しい家だったとそう思います」
「だな。シンディがそんなに心優しい女性に育った理由が分かったよ」
「ふふ。ありがとうございます。テリー様もとってもお優しいですよ。特に結婚パーティーを椿づくしにさせてくれたお言葉は本当に嬉しかったです」
「あれはもう忘れたいんだよ……」
「ダメです。我が家の家訓としても良いくらいです。椿の花は地面に落ちる前に受け止めるべき、と」
「止めてくれ」
「ふふふ」
冗談だか本気だか分からないが、シンディはとても穏やかに笑った。
「子供が出来ましたら、そんな優しい家にしたいですね」
「ああ、そうだな。子供がのびのび暮らせる家が良い家だろう」
まだシンディは妊娠していない。そもそも王都に居た頃は少し気を遣っていたのだ。でも、こちらに来てからは遠慮はしていないのだから、きっとすぐにでも子供は出来るだろう。
「あっ、子供に椿モチーフのものを送るというのを子供を守る表明とするのはどうでしょう? きっと売れますよ!」
「だからこれ以上広めるのは止めてくれ! いい加減忘れたいんだよっ」
「あの劇が開かれている限りそれは無理な相談ですね。椿モチーフの商品、未だに売れているんですよ?」
「知ってるよっ!」
一時の流行だと思っていたのに、未だにウケているなんて本当にどうしてくれようか。
だけど初志貫徹と言うし、戒めの為には良いのかもしれないな。人は慣れるものだしね。
それに何よりシンディの幸せが一番だ。
シンディの手にある椿の花をそっと取り、シンディの頭に当ててみた。
「あまり椿は髪に飾るには適さないよな。枝がないし」
「ふふ。ええ、花粉も結構きついですからね」
「小さい頃花はどうしてたんだ?」
「桶に入れた水の上に浮かべていました」
「ああ、それはそれでいいな」
シンディの手に花を返しつつ、手を握った。
「そろそろ戻るか。手が冷たくなってる」
「はい、そうしましょう」
「……もう冬だな」
「ええ、椿的には見頃で良いのですけれどね」
「あんまり外に居すぎて風邪をひかないようにな」
「その時はテリー様が看病してくださるのでしょう?」
「ああ、今度はちゃんと受け止めるよ」
「ふふ、楽しみにしております」
きっとこれからも俺とシンディはこうして生きていく。
勿論、受け止められないことだってあるだろう。それでも、落ちた花を地面に放置したり、ましてや踏みつぶしたりしないよう、気を付けていきたい。
そしてこれからは俺がシンディの手に花を握らせていこうと思う。