第二十一話
事実上の上司、俺は部屋に入る前に一度扉をノックする。
「どうぞ」
「失礼します」
中から聞こえる博人さんの声を聞いてから扉を開けて入室する。ミント系の匂いが鼻腔を刺激する。博人さんお気に入りのネフェティア独特の植物を使った芳香剤だ。
鎮静作用があり、ミントの匂いもしつこくなくどちらかというとアロマテラピーよりの効果があり、俺も博人さんからもらった事がある。恵理が熱心に成分分析を行っていた事があるが、作用する原因を解明できず興味が無くなったとばかりに放棄したことがある。
博人さんは自身の執務机に座って書類の整理を行っていた。相変わらずの寝癖まみれのぼさぼさ頭にふちの太いメガネだ。執務机と部屋の入り口の間に設けられている応接用のソファーには、何食わぬ顔の園が座っていた。
「おや?」
入室した俺を見て博人さんは怪訝な顔をする。ぼさぼさの髪の下に見える目はどこか眠そうに見えた。
「今日は休日じゃなかったっけ?」
「えぇそうなんですが、特にやることも無くてここに流れ着きました。やる仕事はありますからそれを片付けてしまおうかと」
我ながら酷い現状だとは思う。暇だから仕事場に来るのは無趣味の域を超えている。
そんな俺を見て博人さんはにこやかに笑った。
「そうか。だが若いんだから仕事にプライベートを食われないようにお願いするよ」
博人さんの言葉に俺は苦笑を返す。
「あぁそれと、園の事は申し訳なかったね」
「え、ご存知だったんですか?」
「そもそもこの子がいる場所は私の部屋か君の部屋のどちらかだからね、ハハハ」
「いや、笑うところじゃないですよ」
保護者としてそれで良いのか、と問いたくなる。博人さんはその業績もそうだが、遊軍の一員の例にもれずに実に愉快な性格をしている。話しやすさや、気遣いといった点で言えば、ネフェティア随一と言って良く、それ故に頼りにされているとも言える。
さすが人々が沈み込んでいる状態で陽気に拡声器で声を張り上げるメンタルの持ち主だ。
「まぁ別に悪さをするってわけでもないんだ、大目に見てくれたら助かるよ」
「えぇそれは分かってます」
当の本人はこっちを振り向きもしないがな。園は相変わらず何を考えているのか推し量る事が出来ない表情をしたままソファーに座っている。行動そのものが全て謎だ。
「ふむ、確かに園の行動そのものは謎だが、一応喜怒哀楽はあるんだよ」
博人さんの言葉に俺は焦った。ちょうど考えていた事を言い当てられたからだ。
「夕飯が好きな物なら嬉しがるし、嫌いな物なら不満そうにする。不器用だからそれを上手く表現できないんだよ。ただ怒ることに関しては一丁前だけど」
博人さんの言葉をなるほど、と納得する。それも、今園が博人さんを睨むような鋭い目で見ているからだ。憎い敵を見るように眼力が強い。
「というわけだ、そろそろ園がふてくされてしまうからこれくらいにしておこうか」
それ本人の前で言うのか。やはりこの二人の関係は良く分からない。
「それじゃ俺はそろそろ仕事に入りますので」
「頑張ってくれたまえ」
満足そうに笑いながら手を振る博人さんに一度礼をし、俺は部屋から退出した。その最中、園がチラッと俺の方を睨むように見た。
だが直ぐいつも通りに目線を外された。う~ん、やっぱり良く分からん。




