epilog
鼻歌でも歌いそうなくらい今夜は気分がいい。
何もかも自分の思い通り上手くいった。あの訳の分からない青年の存在は当初から警戒していたが、結局は自分の思惑通りに動いてくれた。おかげで自分にとって都合の悪い人間全て始末する事が出来たのだから、上々の結果と言えるだろう。
「……これで僕の邪魔をする人間はいなくなった。それにしても……馬鹿な男だよね」
あの忌々しい少女を心の中で思っておきながら、デリアと結婚が決まっていた男。にも関わらず自分からデリアを取り上げようとする図太い様は始末されて当然だ。如何にも賢しげな風で、少し揺さぶってやれば邪魔な人間を二人も殺したのだ。あの男は自分で復讐を決意したと思っているだろうが、それが自分の掌で転がされた結果だったとは、死んでも気付かないだろう。
そしてあの二人の阿婆擦れ達にいたっては奴以上に性質が悪い。友人面をしながら後々デリアの足枷になるだろう事は明白だ。
そう、全ては愛しい愛しいデリアのためにした事だ。
デリアを自分以上に愛している者はいない。彼女を守るのも傍にいるのも自分だけでいい。
たとえデリアが自分を認識していなくても、自分が彼女を愛している。彼女からの見返りなど、一つも必要としていないのだ。
「……ねぇ、デリア。これからは僕が君を守ってあげる。誰にも君を渡しはしない。誰よりも君を想っている僕以上に傍に居ていい人間なんていないでしょう?」
恍惚とした、どろりと甘さを含んだ声。それは情事の最中の恋人へ囁く睦言に非常に似ていたが、どこか聞く者を不快にさせる何かを孕んでいた。
しかしその声を聞く人間はこの場にはその人物以外存在しない。
しばらく無意味に部屋の中を歩き回っていたが、軽い足取りで部屋の窓際まで近づくと窓枠に腰掛け月明かりに照らされた窓の外を見つめる。その拍子にやけに明るい月光がその人物を照らし出した。
それは未だうら若き女性の姿をしていた。
茶褐色の髪と同色の瞳を持つ造作の華やかな女性。現在はやせ細り、痛々しい肢体となってしまっているが、通常の状態であればさぞ美しい女性であろうと思われる。
しかし常の彼女を知る人物が今のこの姿をみれば首を傾げるのでないだろうか。その違和感は彼女がやつれてしまっている事とは関係ない。
常の謙虚でありながら凛としており、しかしどこか危うさを感じさせる雰囲気とはまるで違う。今の彼女は自信に満ちた傲慢さ、狂気と見え隠れする暴力的な色が相対する者の背筋を寒くさせる。見た者に与える雰囲気だけで言えばもはや別人と言っても過言ではない程の変わり様だ。
彼女の細い肢体に纏わりつく夜着が風にはためき、白い肌が見え隠れする。通常の彼女なら持ち得ない妖しげな艶かしさは仄かな月光の下でも隠せるものではなかった。
「これからは誰も僕とデリアの間を邪魔する人間は居ないよ。ずっとこれからも一緒だ。ずっと……っっ!!」
足をぶらぶらと動かしていた彼女だったが、夜着を後ろからあり得ない強さで引っ張られ、身体が傾いでいく。しかしそれは本来あり得ない事だった。何故なら彼女の部屋は最上階、勿論の事ながら窓の外に人が立てる場所があるはずもなく、彼女の後ろに人が存在する訳がない。
彼女は宙に身体が浮くのを感じながら驚愕に染まった顔を上に向け、その視界に映ったものが何なのか理解し、激しい憤怒に顔を歪めた。
「お前は……っっ!!」
激しい怒鳴り声だったが、彼女はそれ以上言葉を口にするのは不可能だった。
何故なら、鈍い音を立て細い肢体が地面に強かに叩きつけられたからである。
彼女の顔は普段の彼女ではあり得ない醜さに歪んでいたが、その目が憎々しげに睨み付ける方向に薄紅色の柔らかな布が過ぎったのを、未だ夜明けまで時間のある中で見た人間は一人も存在しなかった。
――夜が明ける頃に誰のものとも知れぬ悲鳴が静寂を切り裂くのは幾分か先の事である。
「……依頼は全て完了した。もうここに居る必要は何もないだろう。早く去れ」
クリスは目の前で密やかに笑い続けるコンラートを鬱陶しげに眇めた目で眺め、犬でも追い払う様な仕草で手を振る。
「そっけないなぁ。私と君の仲だろう?」
「私と貴様とには顔見知りという以外に関係はないと思うが」
「何はともあれ、ありがとう。さすがアルだね。きっとあの方もこの結末に満足なさっているだろう」
そっけないを通り越して冷え冷えとした声も気にとめず、一見無邪気にも思える挙措でコンラート手を叩いた。
それにしても、と彼は尋ねる。
「何時から分かっていたんだい?全てが彼女の計画のうちだったという事に」
「……お前達もある程度掴んでいただろう」
「一連の件にコルネリウス商会が関わっていた事まではね。だから君にあの商会の調査を頼んだんだろう?さすがは関係者全てをそうと知られず手駒とした女狐だ、なかなか尻尾が掴めなくてね。それで私達は君に頼んだという訳だけれど」
そもそもがコンラートが持ち込んだ依頼というのは、始まりは7前の隣国との戦で皇太子が死亡するという事件まで遡らなくてはならない。
当時軍が壊滅的な被害を被ったのは皇太子が何者かのよって殺され、それが明らかに自軍の中に裏切り者が居たからに相違なく、その事によって動揺が広がったからだと思われている。しかし実際の真実を知っているのはクリスを含めてほんの少数だ。それは目の前のコンラートも含まれている。
実際は軍の被害は殺された皇太子が戦に便乗して行った実験に起因する。
当時の皇太子は第二皇子であった現皇帝に比べて母親の生家の格が高く、生まれたのも先であったためにその地位は揺るがぬかに見えた。現に他国との関係が安定しているとは言えなかった当時、先の皇帝は国内の混乱を恐れて第二皇子だった現皇帝が誕生してすぐに第一皇子に皇太子の位を授けている。
磐石かに思えた皇太子派だったが、そこに小さな波紋を投げかけたのは第二皇子の存在である。第二皇子の他にも皇太子には兄弟が存在していたが、その彼らのみならず皇太子を含めても第二皇子の能力の高さは桁外れだった。母親の生家の意向で他の兄弟達に比べて皇宮から距離を置いていたために、第二皇子自身が自分の異常性になかなか気付けなかったのが皇太子達にとっては不幸の始まりだったのだろう。幼少期を母親の生家で育ち、いささか自由な生活を送っていた第二皇子がある程度年を経たために皇宮に呼び戻され、自身が周囲から浮いている事に漸く気付いた時には既に手遅れで隠せる段階ではなくなってしまっていた。
一応は皇太子派との軋轢を恐れて手を抜くという事を覚えた第二皇子だったが、露見してしまった知性、何より天性の求心力を誤魔化せるはずもない。
皇太子派に属していない人間だけではなく身内からも密かに第二皇子を支持する人間が続出し、俄かに皇太子は焦ってしまったのだろう、彼は決して足を踏み入れてはならない領域に足を踏み入れてしまった。
彼らが目をつけたのはビッツィーという一見何の変哲もない野花に見える薬草である。この大陸の川辺で群生している花と非常に酷似していて、両者を見分けるのは根の色だけであるから非常に難しい。よほど薬草に詳しい人間でなければ存在も知らないであろう。
というのも山の奥深くの日の当たらない場所でよく群生しているが、量が採れるのに加えて効果は根を煎じて呑めば微かな幻覚作用や麻酔作用が得られるだけで、薬草としても毒草としても薬効には特徴がなく、いくら量が採れても他にも安価で効果の高いものが存在する中で、わざわざ使おうとする人間がいないからだ。
そんな何の特徴もない薬草にどうやって目をつけたのかは定かではない。あるいは何処かではこの薬草の有効な使用法が伝わってしいたのかもしれないが、今となっては確かめるのも難しかった。
しかし何の悪戯か、皇太子はその薬草を使った悪魔の様な薬を生み出してしまったのである。
当初はその薬草の持つ幻惑作用や麻酔作用を高めて、使用者に酩酊感をもたらす薬を求めていただけかもしれない。皇太子は良くも悪くもそういう点では意気地がない性質だったから、効能の薄いと言われているビッツィーに目をつけたのはある意味当然の結果だったと言えるだろう。
そして出来上がったものは皇太子の意図したものと一見合致した様に思われた。即ち軽い酩酊感をもたらし、使用者の思考能力を低下させる働きがあったのだ。
皇太子はおそらく何か目的があってそれを作った訳ではなったと思われる。あえて言うならば、ここぞという場面において自分に有利な発言を引き出すためのささやかな切り札、その程度の認識だっただろう。
しかしそれは常用すると恐ろしい効果を使用者にもたらした。自軍の一部の人間の食事に混ぜ込まれたものは、摂取量が増えるに従って軽い酩酊状態どころか摂取者に常に暗示状態の様なもの――分かりやすく言えば、命令すれば本人の意思に関係なく命令の遂行のために極端な行動をとり始めたのである。軍では上官の命令に絶対服従が義務付けられているが、それも限度がある。自分の頭で考えず、ただ命令を守るためだけに行動する人間が居れば軍内の規律は混乱する。さらには上官のみならず同格の仲間のふざけた命令であっても従うとあればその混乱は一進一退の戦の最中では致命的なものだった。
加えてその薬は直接体内に摂取するだけでなく皮膚吸収でも同様の効果をもたらす事も被害を拡大した大きな要因の一つだった。
被害が取り返しのつかない程悪化した頃になってようやくその薬が原因だと思い至っても、自軍が被った損害は計り知れなかった。
皇太子は深く考える事も強気とも無縁の性格をしていた。彼は漸く自分がした事を知ったが、その弱気さと不適格な自尊心は、皇宮に帰還した後に自身の過ちが露呈するのを許せなかったのである。加えて皇宮には自分よりも格段に優れた弟が居たのだから、全てが皇帝に知れれば皇太子の地位の剥奪も現実味を帯びてくる。
――結局それらに耐えられなかった皇太子は自身の命を絶ってしまった。
事の次第を知った所で皇太子が自殺した事もまして彼が行った実権も知られる訳にはいかない。
そこで自軍の壊滅的な被害と皇太子の死の時間軸を入れ換え、あたかも皇太子の死が原因であったかの様に思わせ、また目端の利く人間の目を逸らすためにグンドルフ・エーデルトラウト・フォン=アイブリンガーという名の‘英雄’を立てた。急に勢力を伸ばす人間が現れれば、目端の利く人間ほどそちらに目を奪われがちになる。
彼の‘英雄’は野心がありそこそこの能力を持っていたが、勿論の事ながら壊滅的な被害を負った軍を立て直す程の技量があるはずはない。彼が‘英雄’に選ばれたのはひとえに皇太子を発見したのが彼であり、その自殺を隠蔽する事が可能だったからに他ならない。彼を始末する事は簡単だが、彼の野心を利用する方が危険が少ないと判断されたのだ。
‘英雄’が都合の悪い行動を起こせば彼一人を始末すれば済む話であるし、‘英雄’という地位と引き換えに使うのは案外楽な男でもある。
そうした思惑によって‘英雄’の功績を作ったのも、しばらくして件の薬の過剰摂取が中毒死を招く事を知った後、中毒によって死んだ人間をあたかも戦死であったかの様に偽装したのも、実際に指示を出したのは他でもないクリスだ。彼が‘英雄’を殊更侮蔑している原因はその事に起因する。その薄っぺらい‘英雄像’の上に踏ん反り返っている男は彼の目から見ればさぞ滑稽に思えた事だろう。
そして皇太子の指示の下で密かにこの薬の研究を行っていたのが、コルネリウス商会の研究機関の一つだった。実際に研究していた人間はそれが何であったかはおそらく知らされていなかっただろうし、実際に依頼を受けた人間も依頼主の正体を知らなかっただろう。しかし何の偶然か悪魔の薬は完成してしまった。
今になって何故クリスに依頼が舞い込んだのか、それはこの研究施設が閉鎖され、製造された薬も全て厳重に廃棄されたかに思われていたが、現物が密かに流出しているとの噂が出たからだった。ほとんど未確認の薬であったために、少量でさえどんな影響を及ぼすか定かではない。
薬現物かその製造法、どちらが流出したのか定かではなかったが、調査を進めるうちにグンドルフ・エーデルトラウト・フォン=アイブリンガーから流出した可能性が挙がった。そもそもがその存在自体を知る人間もごく限られる。調査を開始して間もなく‘英雄’が特定された。
そして秘密裏に尋問を開始する準備を進めていた中で‘英雄’が不審死を遂げる。しかも調べてみれば未知の毒薬、件の薬を知るごく少人はその症状が7年前中毒死した自軍の人間達の症状に非常に似通っている事にすぐさま気付いた。それは死んだ当の‘英雄’も同様だった。
本格的に尋問が開始する前に口封じに殺されたのは明白であり、そして共犯の存在を調査する中で候補に挙がったのはコルネリウス商会である。
‘英雄’は件の薬を知っていたがその製法は知らず、そしてコルネリウス商会は製法は知っているがそれが何であるかは知らない。両者が手を結ぶ以外に流出する可能性は少なかった。
しかしクリスの‘特別な筋からの依頼人’の優秀な子飼いでも特定が難しい共犯者が簡単に見つかるはずがない。そこで件の‘依頼人’がコンラートを通じてクリスに依頼を持ちかけたのだ。
「それにしても、どうやってご令嬢が共犯者だとつきとめたんだい?君の能力を疑っているつもりはないが、全く見当がつかなくてね。よかったら教えてくれないかい?」
「……理由の一つ目はデリア嬢が私に持ち込んだ依頼内容にある」
「ふむ、何でも夢遊病に近い症状がある、という話だったよね?私はそれを理由に君が堂々と商会に接触できるかと紹介したのだけれど。今になって考えてみれば、この一連の事件を企てた様な女性が夢遊病などに罹るとはとても思えないけれどね。それとも君を巻き込むための自作自演だったのかな?」
「いや、あながち嘘だったとは言えない」
「というと?」
「彼女が自身の異常に脅えていたのは事実だ。……私達の前に現れていた彼女は本当に何も知らなかったのだからな」
自覚のない行動をするという症状はそれが目撃されたのが寝静まった時間であったために夢遊病が可能性として挙がった。しかしクリスは口にしなかったが、もう一つの方が可能性としては高いと初めから考えていたのだ。
「彼女はおそらくは解離性同一性障害患者だ」
「……つまり、普段表に出ていた人格とは別の人格が全ての事件を起こし、私達が対面していた彼女はその人格の存在自体も知らなかった、と?」
「そうだ。この症状を患った患者の中には自身の別人格の認識しておらず、そもそもが解離性同一性障害に罹っている事に気付かない人間も多く存在する。またうつ症状や摂食障害も派生しやすい。……デリア嬢の症状はこれに非常に近いと思われた。あの憔悴ぶりの理由は自身の異常に悩んでいただけではなく、それも病状の一種だった訳だ。また初めて会った時に彼女から感じたのは過剰な劣等感だ。一概には言えないが、誰もが羨む生まれであり、表向きはコルネリウス商会の一人娘。劣等感とは比べる対象となる人物が居てこそ膨らみ易いものであり、となれば彼女の劣等感の相手は既に亡くなった双子の妹だと考えるのが最も妥当だろう。……そこまで分かれば彼女が解離性同一性障害を患った原因が妹の死であると考えるのは当然の帰結であり、彼女が双子の妹の記憶がないのは事前の調査で判明していたため、彼女が妹の死に関係しているだろうと考えた」
「妹への過剰な劣等感、そしてそれによって殺害に及んでしまった事による精神的な衝撃によって別人格を生み出してしまった、と」
「別人格と言われているが、独立した人格の様に見えて実はその人物の一部だという。となればもう一人の彼女も彼女自身であると言えるのだろうが……」
実は調べる内に妹が死んでからデリアの周りの人間の何人かが死亡、あるいは行方不明となっている事が判明した。彼女自身が幼かったためにどれも彼女との関係性が疑われなかったが、彼女の別人格の存在を想定すれば、見えてくる真実がある。
「そして2つ目はエドヴァルト殿が利用した仕掛け時計。見た限り、あの鐘の部分だけ時代が新しい。彼が計画を実行するにあたってもとの時計の鐘と取替えたんだろう。問題はあの時計の装飾部分にある。……あの花が何だったか分かるか?」
「……オニユリだったかな?」
「そう。もうお前も気付いただろう。オニユリはアイブリンガー侯爵家の紋章の一部だ。あの仕掛け時計だけではなく、邸内の品のいくつかにオニユリの意匠を象った物があった。彼の‘英雄’は派手な生活をしていたと聞くからな、おおかた借金が嵩み所蔵の品をコルネリウス商会に売ったんだろう。……つまり隠してはいたが、両者には関係があったという訳だ。……そして最後は……」
クリスは不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「どこに件の品を隠しているのかと思っていたが、想像以上に大胆だったな。……コルネリウス夫妻、そしてエドヴァルト殿は試作品という香水をつけていた。独特の甘い香りのする香水だ。一番使うに相応しいデリア嬢はつけていなかったが」
「まさか……」
「そう、件の薬の特徴の一つは独特の甘みのある香り。最初は夫婦も関係しているのかと思ったが、あれを使っていた所をみると無関係だった様だ。おそらく娘の別人格の存在も知らなかっただろう。……知らなかったからこそ彼女はあれを使って誤魔化していたのだろうが。そもそもが不思議だったんだ。あの時計の仕掛けは知っていたが、容易周到な彼があんな稚拙な手段を計画の要とするはずがない。確かに多少の効果はあるだろうが、未だ研究も進んでおらず、エドヴァルト殿も専門家ではないのだから。その程度でデリア嬢の夢遊病が発生する確率など非常に低い。まして人一人の思い通りに動かすなど尚更だ。となれば、デリア嬢が件の薬を香水に混ぜて使い、エドヴァルト殿を思い通りに動かしたと考えるのが普通だ。……という訳で、肝心の薬の在り処も掴んだ。後始末はそっちが適当にしてくれ。それと……」
クリスは薄く笑いながら小首を傾げたコンラートを胡散臭げに見遣った。
「自分の子飼いを送りつけてくるくらいなら、私ではなくそちらに任せればよかっただろう。……あと、あれは分かり易過ぎだ。薔薇屋敷の存在ならまだしもどこに‘梟の方’という言葉を知っているただの軍人が存在するんだ」
「あぁ……彼には君に隠す必要はないと伝えてあったからね。そもそもが君への紹介するついでだったんだ。これからは彼を好きに使ってくれていいよ。彼は表の世界にも身を置く人間だからね、意外に使い勝手はいいと思って」
「何が目的なんだ」
「単純に私達の好意だよ。そもそも今回の事は当時のこちら側の不手際だからね。その迷惑料だと思って素直に受け取って」
クリスは肩を竦めただけで何も言わなかったが、何も言わないところを見ると件の人物の事を気に入っているのだ。もっともクリスを気持ち悪いくらい理解しているコンラートがその辺を外すはずはなかったが。
「何はともあれ終わり良ければ、とね。全ては君の思い描いた通りに進んでこっちも安心したよ」
「人聞きの悪い。私はあくまで演奏者であり、作曲者ではない。演奏者には楽譜に多少の要素を持たせる事は可能だが、作曲者の意図から極端に外れる事は許されない。私は真実の一片を語っただけで、後は受け取る側の問題だ」
「確かに実際に今回の一連の犯行を行ったのはエドヴァルト殿だし?デリア嬢の直接的な関与はなく、仮に彼女の犯行を証明しようと思ったらあの薬を表に出さなくてはならない。……そんな事、あの方は許さないよね」
「さぁ、知りたい事は知っただろう。帰れ。ここはお前の家ではない」
クリスは本格的にコンラートを追い出しにかかった。ここで甘い態度をとり続ければこの男が厚顔無恥にもこのままずるずると居座り続ける事は明白である。
久しぶりにここまで働いたのだから、しばらくゆっくり休ませてもらっても誰も文句は言わないだろう。しかしこの男が居れば休まるものも休まらない。むしろ精神的に磨耗していくだけだ。
……一連の凄惨な事件の後だが、この別邸は常の静寂を守り続けるのだろう。
――クリス達のもとにデリアの訃報が届いたのは間もなくの事である。
これにて第一幕は終了です。長い間お付き合いありがとうございました。
今後については後ほど活動報告に書かせていただきたいと思います。興味のある方はご覧下さい。
一応確認しているのですが、誤字脱字を見つけたらご報告くださるとうれしいです。感想もくださるとさらにありがたいです。
それでは今後もよろしくお願いします。
今日子




