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初めての方は初めまして、前作など読まれてる方はお久しぶりです。
Xでも告知していた通り、今日から『静寂のトリガー』の連載開始です。
よろしくお願いします。
唐突だが、推しのVTuberは誰だろうか。
オレ、百夜流なら『しののん』と答える。
というか、『しののん』こそ至高のVTuberだ。異論は認めない。
『しののん』はまず可愛い。
現実離れしたような見た目をした他とは違って、素朴な見た目だ。所々はねている茶髪のセミロング、ボンキュッボンではなく、控えめというか、純日本人らしい感じというか……うん、いい。
クラスに一人くらい居そうな、こっそり陰でモテるタイプ。親近感湧く感じだ。
次に、話してる様子も可愛い。
いつもワタワタしていて、オノマトペが話の八割を占める。とにかく一生懸命に何かを伝えようとしている、そんな印象で、『頑張れ』って気持ちが湧いてくる。微笑ましい。
トーク内容も平和そのもので、日常生活でありそうな事ばかりだ。
何が凄いって、全然男の気配を感じないこと。
年齢不詳とは言うものの、見た目と声と話す内容からして、18歳のオレより年下なはず。
なのにクラスの話も家族の話も一切出ない。
……特定を避けている、と言われればそれまでだが。
そして、何よりも声がいい。
あざとくないのも勿論だが、耳触りがいい。
というか、全VTuber……いや、今までオレが耳にした人の声全ての中で唯一『ノイズ』がない。
本当に『普通の女の子』とは『しののん』だろう。
VTuberらしい個性がないと言われればそれまでだが、寧ろ、だからこそ、オレは『しののん』が最推しで、『しののん』しか勝たないんだ。
『必死で草』
掲示板で『しののん』への愛を語ってみたところ、そんなレスが返ってきた。
ふっ、所詮は社畜。『しののん』の尊さが分からないか。
掲示板を閉じて、息をついて背凭れに体重を預けた。
季節は夏。徒歩十分くらいの距離の小学校のプールから水飛沫や誰かが泳いでいるような音がするのに他の教室からは鉛筆の音が聞こえないあたり、多分夏休みだと思う。
カーテンを締め切ってるが、同様の理由で昼。
こんな暑い中、よく外に出れるものだと感心する。オレだったら絶対無理だな。外に出たら燃えて灰になって消える自信ある。吸血鬼じゃないが。
プールで涼める小学生はまだいい。
だが、高校生以上になったらどうだ?
高校は夏課外なんて教師陣の正気を疑うものがあるし、社会人はそもそも夏休みなんて概念がない。
ああ、恐ろしや。
その点、オレは何の心配もない。
なんせオレは高校中退のヒキニート!
冷房完備!日光は一切ささない!同居人から浴びる針のような目線さえ我慢すれば光熱費も食費も無料!
オレは勝ち組だっ!!!
……はぁ。アホらしい。
別に好んでヒキニートになった訳じゃない。
騒音、ノイズ塗れ。完全遮音性のヘッドホンをつけていないと、頭が割れそうな程に痛くなって、視界が回って、意識が飛んでしまう。
このヘッドホンをつけていて初めて、オレは『普通』の会話ができる。
ただ、人が話してる時もノイズが走るし、無音の空間にいても耳鳴りがして頭が痛い。
こんなに煩いのに、周りは聞こえていないのか、馬鹿みたいに平和ボケして表を歩いている。
そんな世の中に嫌気がさした。
……いや、それも言い訳か。
オレが聴覚過敏なだけだってことはとっくに気づいている。
耳がいいだけじゃ何も変わらない。何も出来ない。理由が、意味がないから腐っていくだけ。
そうだ。
毎日隣で聞くよく知った声と、聞いたこともないが敵意だけは痛いほど感じる声が話していて、誰かが誰かを突き飛ばしたような音の後に、人間がぐちゅりと潰れるような音がしても。
よく知った声の主の訃報を伝えられても。
『自殺』だと報じられても。
オレには、何も出来やしないんだ。
「……」
はぁ。考えたら鬱になってきた。
『しののん』の配信のアーカイブでも見るか。
そう考えた時に、噂していればなんとやら、『しののん』が配信を始めたという通知音が鳴った。
そうか。もうそんな時間か。とりあえずそちらを見よう。
預けていた体重を戻してパソコンに向かい直す。
『またもや白昼堂々の殺人。連続殺人鬼にはご用心』なんてネットニュースの通知を捌いて、動画サイトの通知から飛んで配信を見始める。
うむ。今日も『しののん』は可愛いし『綺麗』な声をしている。可愛いは正義っていうからきっと『しののん』がいる限りは平和だ。
さっきまで沈んでた気持ちが晴れていく。
『わこつです。さっきまでちょっと鬱になってたけど、『しののん』見てたら、いつも通り可愛いし声が綺麗だから元気でました。マジでありがとうございます』
コメントを送信すると、『しののん』は花が咲いたような笑顔で『わぁっ!』と喜んだ。
『常連さん、こんにちは!あたしの声で元気を届けられたみたいで良かったよ〜。今日は嫌なことばっかりで散々かもしれなくても、明日はいい日になるかもしれないから。一緒に頑張ろうね〜』
いいこと言うなぁ、『しののん』。本当に純粋な子だ。
ニマニマしながら配信を眺めていた。
……ふと、振り返る。
誰かが、家へ向かってきているような音がする。
やたら重いものを持っているようだが、恐らくオレよりちょっと年下くらいの……女の子か?足音からして体重が軽いというか、小柄な人だろう。
それだけなら『子どもが遊んでいるだけ』だとして気にも止めなかった。
だが、……なんというか、『重いものを軽々と担いでいる』ような衣擦れの音が、やけに気になって、嫌な予感がする。
その足音はオレの自宅の前で立ち止まり、
『ねーねー、ふうちゃん。ここが今回のお目当て?』
『ふうちゃんじゃなくて『諜報部長』。そうよ、そこが今回の標的の居所。この任務はしくじれないからね、分かってる?』
『むー。分かってるもん。言われなくてもぐちゃぐちゃにして愛してあげるってば』
『……今はあなたのその言葉だけが頼りよ。本当にお願いね』
なんて、トランシーバーでの不穏な会話が聞こえる。
……理由は分からないが、もしかしなくてもオレや家族の命が狙われている?
マジか。
本当、的中して欲しくない時だけオレの予感って的中するよなぁ。
冗談じゃない。
死にたい理由はないが生きたい理由もないなんてどうしようも無いオレだけど、『しののん』の配信が途中というこのタイミングで死ぬのだけはゴメンだ。
内心とは裏腹に、オレは椅子から立ち上がれない。ただ息を潜めて、その後の動向を『聞き取る』しかできない。
少女は『じゃ、いっくよー』と語尾に星がつきそうなくらい軽い調子で、早速扉を粉々に蹴っ飛ばしたような音を周りに轟かせる。
おいおい、白昼堂々としすぎだろ。周りの目とか気にしないのか?
少女の凶行は止まらない。
『だっ誰だ!?』
『手に持ってるものをっ、早くっ、放して!』
騒ぎを聞きつけた同居人が玄関へと慌ただしく走り、声を荒らげる。
『いーやでーす』
そのまま数発発砲音が響き、直後に濡れたものを叩いたような、肉に重いものが食い込むような音、そしてなにかの破裂音が二回。
そして重たい人形が自立できずに床に倒れるような音も二回。
以降、同居人の声はしなくなった。
「……は、」
思わず声が漏れる。
朝に同居人が部屋の外に置いてくれていたおにぎりが、胃酸が、食道を焼いて喉まで込み上げた。
嘔吐きそうなのを口を手で抑え込み、なんとか込み上げたものを胃へ戻した。
嘘だろ。朝まで、『いい加減外に出ろ』『は?外は煩いから断わる』『本当に厄介な耳よね』なんて日常会話をしてたんだぞ。
あんな一瞬で、もう、そんないつものやり取りが出来なくなったってのか。
少女は呑気に鼻歌を歌う。スキップまでしていやがる。
足が汚れるのも気にしていないのか、時々ぺちゃ、ぺちゃ、と液体を踏みしめるような音まで聞こえてくる。
『とりあえず二人ぐちゃぐちゃにしたよ!ふうちゃん、褒めて褒めてー?』
『ふうちゃんじゃなくて諜報部長。それに油断しないで。本命はまだ生きてるでしょ?確実にそいつを終了させないと、大目玉食らうわよ』
『ぶー。ケチ……』
そんな会話の合間にも、少女がオレの部屋に近づいてくるのがわかる。
オレの部屋は2階だが、階段で上がられたら最後、避難経路がない。かといって隠れられるスペースもないというか、隠れたところで壁とか扉ごとオレがぶっ壊されて終わりなのがよく分かる。
あまりにも手馴れた様子で殺してたように聞こえるから手練なんだろうが……一応年下の少女だ。不意打ちを仕掛ければワンチャンあるか?
警察を呼ぶことも考えたが、どうせ間に合わないし。
そもそも、オレは個人的な理由で警察を信用出来ない。
だから。
オレはヘッドホンをおもむろに外し、首にかけた。
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