19.次の事件
「ありがとうございましたー」
見ているだけで美味しそうでケーキ屋には何時間でもいられそう。それにようやくデートらしいデートをしているような……このままこんな時間が続いたらいいのにな。
ショウは上機嫌にカラフルなケーキが入った箱を受け取って店を出た。
中の保冷剤からひんやりと冷気が伝わってきて、アイスクリームを買ったときほどではないけれど早く帰らなくちゃと気持ちがはやる。
背後でドアベルの余韻が続く中、ライトのスマホが着信を知らせた。
着信音でわけているのだろうか。相手は知っている人だったようで、サッと懐から取り出すと画面を確認しないまま耳に当てた。しばらく聞いていたかと思うと彼の表情が引き締まる。
「はい……はい、ボス。わかりました。すぐ向かいます」
「ボスってあの……お仕事ですか?」
「うん。ショウちゃん、悪いんだけど先に帰って待っててくれるかな?」
ショウはちらりとケーキの白い箱を見やって、それから「ごめん」と手を合わせるライトに視線を向ける。
「いいえ。私も行きます。私、ライトさんの助手ですから」
集合場所までによぎった広場の時計台は十七時を指していた。
現場に到着すると、地面に倒れ伏す遺体のそばで指示を出していたボスが二人に気づき片手を上げる。
昨日も見たような風景だ。ショウの表情が少しこわばった。 あまり慣れたいものではないが諦めたほうが楽にもなる。
「おう、来たかライト。それにお嬢ちゃん」
「お嬢ちゃんじゃなくてショウでいいです」
「そうだったな。探偵助手のショウちゃん」
「死因は?」
挨拶もそこそこに本題へ移ると、前回の現場にもいた新米刑事がそれに応える。
「橋から転落。こーゆーのって事件じゃなくて事故なんじゃないすかねー。そのほうが処理も楽でありがたいんですケド……っていうか、ライトくんさあ。そっちのお嬢さんまた連れて来たの?」
「ええ。私、ライトさんの助手なんで」
「女連れなんていいご身分。そりゃあ刑事には真似できないですわあ」
「早く帰りたいなあ」と緊張感のないあくびをしてじろっとショウを見る。胡乱な新米刑事にショウは胸を張り、「助手」を特に強調して噛みつき返した。
言い合いに発展しそうなところで二人の間にライトが入り、ショウの目から遺体の姿をさえぎった。
「ショウちゃん、怖いでしょ。見なくていいよ」
やっぱりライトはリードとは別人なんだ。昨晩との対応の差に改めて実感がわく。わくと同時にのりかかった手前、強がって格好つけてもいいだろう。ショウはライトが気にかけて向けてくれた心配顔を吹き飛ばす勢いでふんすと鼻を鳴らした。
「大丈夫ですよ。昨日だって私、お手柄だったんですから」
そりゃあ見慣れたくもないし全く怖くないといえば嘘だけれど、それもこれから必要なスキルなのだ。ショウ自身だって幾分は腹をくくってここに来た。コンプライアンスは大切だが、助手という肩書から家政婦さんに即ジョブチェンジさせられては困ってしまう。
「お手柄……?」
「そうです。昨日の殺人事件は私のひらめきで……って、リードさんの報告にそれもなかったんですか?」
「聞いてないよ! リードのやつ、ショウちゃんに捜査させたってこと?! あいつ……!」
「共有してないんかい! 私のピンチも活躍もあいつにとっては本当にどうでもいいことなのね?!」
「『も』ってことはあいつ他にもまだ何か隠してるな……」
「さすが名推理ですね……」
「褒められたことじゃないでしょ」
そこに居ないリードに向けて毒電波を飛ばすショウの両肩に、ライトが気遣いを滲ませた笑顔で手を置いた。
そこからゆっくりと腕を撫で下ろし、その先の両手をすくい上げる。ショウの視線に合わせて少し屈んだライトは優しく彼女の瞳を覗き込んだ。
「危ないからこんなことしなくていいよ。書類整理とか、もっと事務仕事のほうでお手伝いしてくれたらいいから……」
「は、はい……」
リードと違ってやっぱり優しいな。ライトさん、ずっとこのままでいてくれたらいいのに。
本心から心配してくれているのが伝わって、ショウの頬がぽっと色付く。握られた手が熱くて熱くて、このまま時が止まればいいとすら思った。




