13.最初の笑み
赤と黒。見つめる先、影になった建物と炎と煙でほとんどが二色。
強い熱風を表す光も、舞っている塵も、音を立てて激流を放水しているホースも、自分たちの前に立ちはだかる大きな壁のような消防車も、ショウには視界のすべてが化け物に見えていた。
どうせ部屋なんて寝に帰るだけの場所だから。そう思っていたはずなのに。
目の前の景色に失神しそうになり、過ごしてきた思い出の時間を奪って飲み込んでいく火災に、自分が思っているよりもずっと思い入れを感じていたことを知る。失って初めて気付くとはこういうことだったのだろうか。
「どうしよう……」
どうして? と言い間違えたのかもしれない。火事の原因はなんだったのか。放火であれば誰が何のためにこんなことを。
しかし、ショウには呆然と出た独り言を言い直す気力もなかった。腹を立てる余力も、失った部屋のことを考える元気も残っていない。
火事と言う巨大な怪物に飲み込まれて消えていくかつての居住を見守ることも息苦しい。
体を支える足の力が抜けてしまう。地面に膝をつきそうになり、急にぐいと腕を掴まれる。
「おい。なんて顔してんだよ」
今度の沈黙を破ったのはリードのほうだった。
「……へ?」
「泣いてりゃ解決することじゃないでしょ。ほら、来い」
今にも崩れて泣き出しそうだったショウを指摘すると、彼女の腕を乱暴に引っ掴み闇から引きずり出すようにしてリードは歩き出す。
ぶっきらぼうで乱雑な命令口調はショウのことを思っているとは言い難く、面倒くさそうに舌打ちをして車の前まで戻ると、
「乗って。うち帰るから」
ドアに押し付けるようにしながらショウから手を離す。
手が扉に触れた際のガチャというキーが開く音でショウもハッと我に返った。
「帰るって、私の家、ここで」
「アホか。あんなんなってて入れるわけないだろ。しばらくかかるぞ」
「でも」
「でももクソもない。いいから乗れ。早くしろ」
意見を許さない冷静な声に上から咎められ、泣きべそまみれになっていたショウの引きつり顔がウィンドウの中で歪む。
リードから車窓に映った惨めな顔を指摘されてぐっと唇を噛むと、渋々うなずき車に乗り込んだ。
「今日はうちに泊まればいい。落ち着いたら保険会社に連絡入れてやる。仮住まいの手続きもあるだろうし、今のおまえじゃまともに判断できないだろうから」
「そそ、そんなあっさり?!」
反対側から運転席に座ったリードの口から出たその言葉に、飛び上がるほど仰天するショウ。
「なに? 不服?」と、てきぱきと話を進めて聞き返しながら発車するリードの横顔を振り見てみる。
付き合ってもいない異性を部屋に連れ込むなんて外聞が悪すぎるのではないか。仮にリードがよくてもライトの気持ちはどうなるのか。
その答えをショウが聞くまでもなく、
「平気だろ。どうせライトならそうするって思うし」
リードはそっとほほ笑んだ。
初めて見せたわずかばかりの笑みに、「存外わるいやつでもないのかも」と息を飲んで直視できなくなるショウ。改めて彼の横顔を見ると胸がそわそわしてきたような気さえする。が、それも束の間のこと。
「……ってか、なに? その意外みたいな間抜け顔。おまえ、家燃えてラッキーとか思ってないだろうな? いい歳こいて何度も俺やライトの前で泣きやがって。さっきは否定したけどやっぱ抱かれるために計って来たわけ? まさか火事も自作自演?」
「ち、違いますってば! なんでそういうことばっか言うんですか!」
勝手な想像で失礼なことを言っておきながら、反論を興味無さそうに流すその態度にはとてつもなくムカっとくる。ムギギギと睨みつけてくるショウを見やってから、リードは嫌味っぽく鼻で笑った。
「でも、いま少しだけ期待したな。瞳孔がぶわーって開いてた」
「そ、そんなこと……っていうか運転に集中して! 私の顔見て事故ったりしたら……」
「見てないけど反応でわかる。全部声に出でるんだよ」
「は? からかわないでください!」
痴話喧嘩を繰り広げる二人を乗せた車は滑るように夜の街へと来た道を戻っていった。




